Seiji Ninomiya (二宮正治)

Let me tell "JAPAN NOW"

二宮正治の短編小説 秀樹のクラリネット 第18回

2011-04-25 02:26:40 | 日記
「二人ぼっちよ」
 愛子が秀樹に釘をさすようにこう言った。
「分かってる」
 秀樹が答えた。
「二人ぼっちの歌をつくろう」
 秀樹はクラリネットで即興演奏をした。
「う、う、う、う、う」
 秀樹は突然泣き伏した。
「泣いちゃ駄目」
「悲しい涙じゃないんだ。嬉し涙だ」
「でも泣かないで」
「分かった」
 このやり取りの後、秀樹は涙君さよならを愛子のために演奏するのだった。
演奏し終わった後、秀樹は愛子を見て微笑んだ。
「ありがとう」
 今度は愛子が涙をこぼした。

二宮正治の短編小説 秀樹のクラリネット 第17回

2011-04-24 02:17:20 | 日記
「天涯孤独な男とはぼくの事だ。ひとりぼっちだ」
 秀樹は自分に言い聞かすようにこう言った。
「二人ぼっちよ」
 愛子が秀樹に言い返す。
「本当にそう思ってくれている」
 秀樹は真剣な眼差しで愛子に聞いた。
「本当も嘘もないよ。江戸っ子女は本音しか言わない」
 愛子は歯切れの良い下町言葉でこう言った。
「ありがとう」
 こう言うと、秀樹の目から大粒の涙が零れ落ちた。
「泣いちゃ駄目」
 愛子はこう秀樹に言葉を返したが、目には涙がたまっていた。
「ありがとう」
 秀樹はもう一度愛子にこう言った。
「うん」
 愛子が優しく言葉を返す。
孤独な秀樹にとって愛子はなくてはならない存在になったのである。 

二宮正治の短編小説 秀樹のクラリネット 第16回

2011-04-23 04:14:24 | 日記
「この先ぼくの人生はどうなるんだろう」
 秀樹はこう自問自答した。
「正直なところ生きる事が辛い」
 新しい中学校の人気者になった田村秀樹だったが、心は晴れなかった。
生まれ故郷の福島県いわき市の風景を思い出しながら、井上陽水の少年時代をクラリネットで吹くと心が落ち着いた。
「もう故郷には帰れないんだろうか、多分そうだろう。この江戸川を故郷だと思って生きよう」
 決意を新たにする秀樹だったが、なぜか涙がこぼれた。
「江戸川はぼくの故郷、このすばらしい緑、青い空」
 即興で詩を作り歌を唄いながらクラリネットを吹いていると、新しいクラスメイトの村田愛子が現れた。
「村田さん」
 秀樹がこう呼ぶと、
「止めて村田さんなんて言い方」
 愛子が秀樹にこう言った。
「愛子ちゃん」
 秀樹がこう言うと村田愛子はにっこりと笑った。
秀樹もそれにつられて愛子を見て笑うのだった。 

二宮正治の短編小説 秀樹のクラリネット 第15回

2011-04-22 03:37:19 | 日記
 江戸川区内の中学校は盛り上がっていた。時間が経ち閉幕する時が来てしまった。中学校の生徒会長が被災者の人々にこう話しかけた。
「みなさん、心が落ち込んだ時はどうぞこの中学校に遊びに来てください。江戸っ子はあなた達の味方です。今日のプログラムも最後になりました。最後の歌は江戸川を深く愛した町の音楽家モンティーミヨシが今回被災した人々の心を癒すために作詞作曲した歌をみんなで唄いましょう。簡単な歌ですのですぐ唄えます」
 生徒会の役員が歌詞を書いたプリントを配り始めた。そのプリントには、
「明日を信じて」
 と題が記してあった。

1、   今日を大事に    生きようよ
     家族の絆      大切に
     手を取り合って   過ごしたら
     明日は必ず     来るだろう

2、   今日を大事に    生きようよ
     地域の絆      大切に
     力を合わせ     過ごしたら
     明日は必ず     来るだろう

3、   今日を大事に    生きようよ
     仲間の絆      大切に
     心通わせ      過ごしたら
     明日は必ず     来るだろう

この歌をジャズ研究会の伴奏で合唱部が歌って聞かせた。二度唄うと被災者の人々もすぐに覚えた。
「みんな涙をこぼして唄っている」
 被災者の人々も、中学生たちも、先生方も。
復興に向けての確かな第一歩になったのである。  

二宮正治の短編小説 秀樹のクラリネット 第14回

2011-04-21 04:27:34 | 日記
 江戸川区内の秀樹が新しく転校してきた中学校は、被災地からの避難者を迎えてのコンサートで盛り上がっていてその興奮は最高潮に達していた。
 鉄腕アトムを演奏し終わった後、小学校の低学年の少女が声をかけてきた。
「秀樹にいちゃん、がけの上のポニョお願い」
 声の主は秀樹が福島県いわき市に住んでいた頃近所にいた女の子だった。
「無事だったのか」
 秀樹は思わずこう声をかけた。
「うん」
 このやりとりに人々は拍手を惜しまなかった。
秀樹とその新しい仲間達ががけの上のポニョを演奏し始めると小学生達が大声で歌い始めた。
 中学校の生徒会の役員が小学生達に前に出て唄うように促すと、小学生達は秀樹たちの横に並んで唄い始めた。
「災害何するものぞ」
 というパワーである。
この子供達のパワーにつられて大人たちもポニョを歌い始めた。
 五回演奏した後、
「大きな古時計」
「どらえもん」
「あんぱんまん」
「手のひらを太陽に」
 子供達の歌を秀樹は演奏したのだった。
「小学生はすごい、中学生が負けるわけにはいかない。がんばろう」
 秀樹は演奏しながら、心の中でこう思うのだった。