さかいほういちのオオサンショウウオ生活

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短編小説 木枯らしマン VS 日光マン

2017年12月02日 10時04分44秒 | 小説

木枯らしマン VS 日光マン

木枯らしマンが日光マンに言った。
「太陽の日差しが寒い北風に勝ったっていう昔話を知ってるよね?」
「ああ、あの旅人のコートを脱がせる賭けをして、太陽がウィナーになったっていう寓話だね」
「そうだ、あの話だよ」

木枯らしマンはコートの襟を立てながら言う。
「なんだねぇ・・・あの話は出来すぎてるよねぇ・・・」
日光マンが答える。
「まぁ、たしかに道徳的すぎるし、子供向けの話ではあるね」
「押してもだめなら引いてみな!みたいな話だよね」
「水前寺清子かって、つっこみを入れたくなるよ」
「1歩進んで、2歩下がる・・みたいな!」
ははははっ・・・と2人は笑う。
「だいたい太陽熱と北風じゃ、エネルギー量が違いすぎる!」
「桁違いだ・・」
と木枯らしマンが言う。

木枯らしマンといっても、渡世人でもなく長い楊枝も口にくわえてはいない。
空模様職人組合から木枯らしを空に描く仕事を請け負っている、水墨画専門の職人だ。
木枯らし吹く風景は水墨画のように描かれ、見るもの感動させ、一瞬の間でも寒さを忘れさせてくれる。
それから言うまでも無く、日光マンはあの東照宮とはまったく無関係である。
日光マンは、青空マンの描いた青空に、太陽の光を描いたり雨上がりの雲間から差し込む一陣の光のスジを描いたりしている。
空模様というのは分業で成り立っているので、一人の空模様職人で出来上がっているわけではない。
空は広いのである。

「北風が絶対零度くらいの寒さだったら、旅人のコートも一瞬にして凍りつきバラバラに砕け散って、北風の勝ちだろうな」
木枯らしマンがそう言うと、
「旅人も粉々になって死んじまってるけどね」
と日光マンが答える。
「ホラー映画だね、そりゃ!」
木枯らしマンが言う。

「あの話は、クーラーも自動車もないころのお話だからね、今だったら、急に太陽が暑くなったら大変だよ。紫外線に当たったら大変!ていうことで、みんな家に隠れちまうよ!」
「そりゃそうだ!」
「喫茶店とか、大繁盛じゃないか?」
「いや、金のかからないデパートとかスーパーが混雑するんじゃないかい」
「それより科学者なんか取り乱しちゃうね。太陽が急に変になっちまった!なんて、そりゃ、もう、大慌て!」
ははははっ・・・と2人は馬鹿笑い。

「だいたい旅人のコートを脱がせて勝負しようって、いったい何の勝負なんだい、わけがわからん」
「大自然の主たちが、旅人のコートくらいで人生賭けるなよなぁ・・・」
「まったくだ!」

「ところで・・・」と言いながら、木枯らしマンが日光マンに向かって神妙に言う。
「ほら、あそこに人が大勢いるだろう、ほら、あそこだよ」
木枯らしマンが遠くを指差して言った。
「おお、なんか大勢の人がたむろしてるね」
指さされた方向を眺めながら、日光マンがうなずいている。
「僕たちも勝負してみないか?あの人たちの服やコートをどちらが脱がせるかって勝負をさっ!」
「おお、それは一興だよね。でも、人生賭けたりしないけどね!」
ははははっ・・・と2人は、顔見合って笑う。

「じゃあ、僕が最初にトライだっ!」
そう言いながら、日光マンは空に一筋の光を描き出した。
その暖かい光の帯は、あの人々を直撃した。

人々は言う。
「冬だっつーにの、急に暑くなってきたねっ!!」
「なんだか、真夏のようだ!」
「あ、暑いいぃぃ・・・・・!!!」
そう言いながらも、なぜか人々はコートや服を脱ぐ気配すらない。

「こんなに熱くしたのに、誰も服を脱がないよ・・・へんだねぇ・・・??」
日光マンが木枯らしマンの方を見、首を傾げて言った。
「じゃあ、今度は僕がやるよ!」
そう言うと木枯らしマンは、空に淡い墨のような雲をいくつかサッサッサァッと描き、ビュービューと寒い寒い木枯らしを吹かせた。

下にいた人々に向かって、寒い木枯らしがビュービュー吹き始めた。
するととたんに、コートを脱ぎ服を脱ぎ、やがてはパンツ1枚になってしまった。
中にはパンツ1枚で、カキ氷を食う奴までいる始末であった。

「えぇぇ~~???どういうことだい!こりゃ??」
日光マンは仰天して、木枯らしマンに叫んだ。
「この人たちは、我慢大会をやってるんだよ!」
木枯らしマンは言う。
「えぇ?そりゃないぜっ!あきれたね!いまどき我慢大会って・・・君は、我慢大会って知ってたのかい?」
外国映画のように手を広げながら日光マンが大げさに言った。
「村おこしのイベントなんだよね!この我慢大会!」
木枯らしマンがニヤけて日光マンに言った。
「じゃ何かい、最初から日光マンの負けはきまっちゃっていたわけだね」日光マンが言う。
「そういうことになるね」木枯らしマンが言う。
「くやしいね、どうも」日光マンが言う。

「もう一度勝負するかい?」木枯らしマンが言う。
「今度の勝負は、真夏の我慢大会にやろうぜ!」日光マンが言う。
「こりゃ、一本とられたね!」木枯らしマンが言う。
2人は、また馬鹿笑いをした。

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短編小説 夜霧マン

2017年12月02日 10時04分37秒 | 小説

夜霧マン

夜霧にむせび泣く波止場で、トレンチコートの襟を立てながら朝夫は霧子に向かって言ったのだった。
「俺と別れてくれないか?」
突然の別れ話に戸惑いながら、霧子は問う。
「突然なにを言うの・・・」

「俺はやるべきことがあるんだ、今までのことは忘れてくれ」
朝夫は夜霧で数メートル先しか見えない海の方角を見ながら言う。
「やるべきことって、何なの?」霧子が問い返す。
「今まで黙っていたんだが、俺は夜霧マンというヒーローなんだっ!」
「そんなヒーロー聞いたことも無いわ・・・」呆然と霧子が言う。
朝夫は少し笑いながら言う。
「ヒーローというのは冗談だ。本当は、今日のこのような夜霧を作り出す職人なんだよ・・」
「夜霧なんて、ただの自然の霧でしょ?」霧子が不思議そうに問う。
「いや、違うんだ・・・自然現象のほとんどは空模様職人組合の職人が作り出しているんだよ」
朝夫の告白にたじろぐ、霧子・・・
「空模様職人組合って・・何なの?」
朝夫が言う。
「空にペンキを塗ってる芸術家のことさ、知らないのも無理ないが・・・
俺はそこで、時々夜霧を描くのを手伝ってたんだが、今度正式に組合に入ることにしたんだ。
今までのように、お前に気楽に会うことが出来なくなってしまうんだよ・・・」
朝夫の心が葛藤で揺れているのが痛々しいくらいに分かった。

「どこか、よその世界へ行ってしまうのね」
霧子が今にも泣き出しそうに言った。
「そうゆーことになるような、ならないような・・・」
朝夫が曖昧に答える。
「いきなり、ひどすぎるわ・・・・」
霧子の目に我慢しかねた涙が一粒の雫になって落ちた。

「泣かれると心がよけいに痛むよ・・・」朝夫が言う。
「二度と会えないっていうのに、微笑んでなんかいられないちゅーの・・・バカ!」霧子が言う。
「・・・・すまん・・・」朝夫が辛そうに言う。
「その空模様職人組合に女の人はいるの?」霧子が問う。
「たくさん居るようだよ」朝夫が答える。
「じゃ、わたしも空模様職人組合に入るわ、そうすれば何も問題は無いじゃないの?」
霧子は、朝夫の目をじっと見ながら言った。
しばらくして朝夫が言う。
「そうだよねっ!それだったら問題なしだよねっ!」
「でしょっ!」霧子が明るい表情になって言った。
「なーんだ、いきなり問題解決だよっ!!」朝夫が笑いながら言う。
「Good Job!」霧子も右手の親指を立てて笑いながら言う。
2人は腕を組みながら、夜霧の中へ消えていった。

今、霧子は朝霧レディーと名乗って、隠れた才能を発揮している。


短編小説 闇マン

2017年12月02日 10時04分32秒 | 小説

闇マン

この世界には漆黒の闇と呼ばれる「闇」が存在する。
文字どうり、黒い漆で描いたような何も見えない闇のことである。
微塵の光も感じさせない黒い空間には、時間すら無い様に感じてしまう。

闇マンは漆黒の闇を作り出す、空模様職人組合の職人であった。
空模様職人組合は、組合長の親方から依頼を受けて空模様を描く職人や芸術家の集まりである。
親方からの依頼を受けて、闇マンは両手に持った大きなエアスプレーで黒い絵の具を噴出し、世界に闇を作り出すのが仕事である。

闇といっても不吉なものではない。
闇に悪鬼は存在しないし、悪魔や幽鬼など居たためしもない。
そんな不吉で恐ろしい迷信を作り出したのは、人間の心の産物である。
見たくないものや忘れたいことを放って置くと、しだいにそのものは大きな恐怖へと成長していく。
何か悪霊が存在するわけではない。
目をそらす所に、闇が出来上がってしまうのだ。
避ければ避けるほど、闇は恐怖や不安の色合いを付け始める。

本来闇というものは、古代から自分自身を見つめるためにある空間なのだ。
何ものにも捕らわれず、自分自身の心を見つめる時間・・・それが本来の暗闇の持つ真意である。

しかし時代は進歩し、明かりが発明され、現代では闇を探す方が困難を極める。
どこへ行っても電気の明かりが射し、どこへ行っても闇など存在しないかのような時代になってしまった。

「大都市の大停電がおきるなんて、情報が早いですね、親方」
闇マンは両手のスプレーガンの調整をしながら、親方に言った。
「蛇の道は蛇という古いことわざがあるだろう」
親方は、古い諺を引用しながら闇マンに言う。
「蛇の目傘が蛇ですか・・・変な傘なんですね」
諺の意味を知らない闇マンが言う。
「・・・同類の者はその方面の情報によく通じているというような意味さ」
少しあきれて親方が言った。

「そろそろ、大停電になるぞっ!準備は言いか?」
親方が強く言った。
「はいっ!準備はOKです!」
闇マンが、大きなスプレーガンを両手にギュッと持って、漆黒の闇を作り出す用意をした。


短編小説 台風マン

2017年12月02日 10時04分26秒 | 小説

台風マン

「そーら!汚れた空気も汚いゴミも宇宙の彼方へ吹っ飛ばせ!!」
波が荒れ狂い風が逆巻く疾風怒濤の海岸沿いの防波堤の上で、台風マンは仕事を続けていた。
風になびく茶色のドレッドヘアーの前髪には、色とりどりのビーズやトンボ玉を結びつけ、額にはバンダナを巻きつけている。
革ジャンに革のズボン、ウエスタンブーツを履いた台風マンは、根っからのロックンローラーなのだ。
台風を描くとき流す音楽は、ローリング・ストーンズの「サティスファクション」に必ず決めている。
「I can't get no satisfaction♪  I can't get no satisfaction♪ 」
怒涛の波の音にも負けないくらい大きな声で、台風マンは歌を歌いながら渦巻く雲や空を描いていく。

「昔は裕ちゃんの(嵐を呼ぶ男)なんて映画があったけど、オイラは(嵐を描く男)だぜっ!」
「おいらはドラマー♪♪ やくざなドラマー♪♪ おいらが怒れば♪♪ 嵐をよぶぜぇ~!♪♪・・・なんつってな!」
「オイラも古い歌知ってんなぁ・・・」
台風マンは超ゴキゲンだった。
テンションをどんどん上げながら、空を灰色や黒色にがんがん塗りたくっていく。
時には調子に乗ってバケツごとペンキを空にぶちまけたりもするのだ。

「あんた、こんな所で何やってんの?」
突然、台風マンの後ろから大声が聞こえた。
「なにやってんのっって?オイラは台風を描いてるんだぜ!」
台風マンも大きな声で答えたが、2人の声は風にかき消され何を言っているのか判らないくらいだった。
「台風を描いてるって・・・?あんた、バカじゃないの?」男は言った。
「人のことバカ呼ばわりすんじゃねーよ、バカヤロー!」台風マンは言い返した。
「だいたいこんな台風の中、こんなとこにいるのは正気じゃないよ!」男は台風マンに言った。
「あんたこそ、こんなとこで何やってんだよ~!」台風マンも、大きな声で言い返した。
「テレビで台風の実況中継をやるんだよ!」男は言う。
男は、台風の実況中継をするテレビのレポーターだったのだ。
「そうかい!じゃあ突風で飛ばされないように気をつけな!」
台風マンは、親切に注意してみた。
「あんたも何やってんのか知らないけど危険だよ!」
レポーターの男は叫んだ。
「大丈夫だよ、オイラは台風マンだからなっ!絶対に安全なんだよ!」台風マンが叫ぶ。
風や雨が竜のように渦巻く防波堤は、荒れ狂う波に飲み込まれる海賊船ようにも見えた。

「なんで、あんただけ安全なんだ?」男は言う。
「だって、オイラは台風マンだからさっ!」台風マンが答える。
「台風マンって、なんなのよ~!」男が言う。
「空模様職人組合から派遣されて、台風描いてんの!わかんねーの?」台風マンが答える。
「空模様職人組合って何だよ??あんたの言ってることサッパリわからんよ!」
「別にわかんなくてもいいの!人間にはわかんない込み入った事情があんだよ!」
「あんたも人間だろーが?」
「人間じゃねーよ!」
「バカか?」
「バカバカ言う奴の方がバカなんだぞ!って、学校で習わんかったのか!?」
「面倒くさい奴だな・・」

風がどんどん強くなってゆき、今にもレポーターの男は飛ばされてしまいそうな状況だ。
「もう、お前、家に帰れ!風速100mの突風が、もう直ぐ吹き荒れるぞっ!!」台風マンが強い口調で言う。
「帰れるわけないだろー!ニュースの仕事なんだからな!」男が叫ぶ。
「あぶねーぞ!!」台風マンが叫ぶ。
「これが仕事なんだよっ!」男が言う。
「早く逃げた方が身のためだぜっ!」台風マンが叫ぶ。
そう台風マンが言い終えたとたん・・・・
ゴゴゴゴッと低い音を立てながら、空に黒雲がわきあがったかと思った瞬間、物凄い風がレポーターの男を海の中に吹き飛ばてしまった。

「だからあぶねーつったのに・・・」
台風マンは、やれやれといっ表情で、レポーターの男を助けにドブンと海に飛び込んだ。

台風の荒波にもまれ、沈んだり浮き上がったりアップアップしているレポーターの男をやっとの思いで台風マンは助けた。
たらふく飲んでしまった海水をゲーゲー吐いている男を見ながら、台風マンは言った。
「勘弁してくれよ、もう・・・これでも忙しい身なんだぜ!早いとこ台風を仕上げなくっちゃいけねーのによぉ・・」
「テンション下がるぜ、まったく!」
しばらく考えて・・・・
「しらけた!しらっけちまったよ!もう・・・今日の仕事はやめだ!やめやめ!最悪ぅぅ~~~!」
レポーターの男が、まだ海水をゲーゲー吐き続けているのを尻目に見ながら、台風マンは何処とも無く去っていった。



テレビのニュースが始まる。
レポーターの男が、マイクを手に持って、しどろもどろで言った。
「えぇぇ・・・今日は台風の実況中継をするはずだったのですがぁ・・・」
「突然に青空になってしまいました。雲ひとつ無い青空です。・・・・太陽も輝いています」
「台風の影も形もありません・・・不思議です・・なんで・・・??」
天気は晴天なのに、レポーターの男はずぶ濡れになったままで呆然と立ちすくんでいた。


夏物語 荒田川の主

2017年11月29日 10時17分07秒 | 小説

私の通っていた中学校の隣に荒田川という川が流れていた。
日本の公害訴訟第一号として教科書にも載っていた長良川の支流である。
その当時も川の水は汚れ放題で、夏の暑い日など悪臭が酷く、学校の窓など開けた状態ではいられないほどだ。
その様な水の状態にも関わらず、鮒や雷魚など多くの魚が生息していた。

(まだこの中学に入る前だが)小学校の休日には、この川によく魚を捕まえに来たものだ。
どす黒く汚れた水の中を手当たり次第に網をすくうと、必ず数匹の魚が網の中に入っていた。
斑の文様が気味悪い雷魚とか、10cmくらいの鮒とか、時には鯉なども捕獲できた。

ある雨上がりの日、荒田川に魚を捕まえにやってきた。
前日の雨で水かさが増し、濁流となった荒田川は危険な風景であった。
しかし、そのような状況でも子供は遊んでしまうものである。
私は、濁流の奥深く網を入れ、魚をすくっていた。
しかし、魚は一匹も捕獲できない。
何度も何度も、その濁流に網を差し入れるのだが、いっこうに魚は入ってこなかった。
その時、唐突に人間の頭部ほどの黒い生物の頭がボコリッ!と水面に浮かび上がった。
それは、見たこともないような生き物だった。
人間のような顔にも見えるし、巨大な魚のようにも見えた。
それは一瞬の出来事だった。
1秒にも満たない瞬間だっただろう。
その不気味な生物は、私の姿を確認したのかすぐさま濁流の奥深くに沈んでいった。

わたしは、その生物の話を友人に話したが、誰も信じてはくれなかった。

そんなことも忘れかけていた或る日、私はまた荒田川に魚を捕まえにそそくさと出かけた。
天気も上々、荒田川の水もそんなには濁っていない。
荒田川のすぐ傍には、田んぼに水を供給する用水路がある。
地下水を汲みあげているのだろう、直径5m水深5mくらいの井戸のような池が用水路の始発点だ。
滾々とポンプでくみ上げる地下水は、荒田川の水とは違い綺麗に澄んだ水で、深い池の底までハッキリと見えた。
その井戸状の池の深い部分には、大きな魚が悠々とたむろしていたが、私の網では救い上げるのは無理な深さだ。
底の横の部分には、ポンプの配管のような丸い口がポッカリと開いている。
その暗い口の中を、魚たちは入ったり出たり、私の心をあざ笑うかのように楽しげに泳いでいた。
その時、私はまた見てしまったのだ。
暗い丸い配水管の中から出現した黒い生物を。
その生物は、悠々と泳ぐ魚をサッと口にくわえ、すばやく一瞬に配水管の中へ入っていった。
あまりのすばやさに確かな形は確認できなかったが、両手両足とシッポがあったのが確認できた。
しかし、その時私は確信したのだ、あれがこの川の主であると。


地下室の巨大魚

2017年11月29日 10時17分00秒 | 小説


もう35年以上も前のことではあるが、不思議な生物を見た記憶が鮮明に残っている。
私は芸大受験のデッサンの練習のため、親類の家の一室を間借りしていた。
6畳一間の畳の部屋で、その下には工場として使われていた地下室がある。
その地下室は新築の工場が出来たため、もう放置された状態で雨水が天井近くまで溜まり、大きな水槽のような状況になっていた。
大きさは6畳一間の大きさで、深さは2メートル近く水が溜まり、水槽として考えればかなり大きな水槽である。
地下室なので光もあまり届かない暗闇の中の水槽である。
その水の中には、ボウフラの繁殖を防ぐために鯉や鮒が飼われていた。
上の部屋でデッサンをしている時など、下の地下室ではパシャパシャと魚の跳ねる音が聞こえた。
時折、大きな音で水の跳ねる音がして、ドキッとしたものだ。
いったいどれだけのサイズの魚を飼っているのだろうか?いつも訝しく感じていたのだ。
しかし、いつ地下室を覗いてみても真っ暗な水面が見えるだけだった。

工場であった地下室に水が溜まった水槽は、見るからに不思議な風景であった。
何かの小説や映画にでも出てきそうな雰囲気である。

或る日、あまりにも大きな音で水が跳ねる音がするので、デッサンの作業を止めて地下室の池を見に行った。
真っ暗な水面が、薄っすらと差し込む光に照らされて、ザワザワと波立っている。
その水の波紋が波のように大きいので、何事が起こっているのか理解できないでいた。
その瞬間、2メートルほどもある大きな魚がバシャッバシャッと泳いでいる影が見えた。
あまりの大きさに目を凝らして見つめると、ゴルフボールくらいの大きさの目玉が私をギロリと睨んだように見えた。
どう見ても、この地下室には大きすぎるサイズの魚である。
鯉であると考えても、大きすぎるように感じた。
時折水面に覗かせる背びれは、まるでジョーズを髣髴させた。
しかし、大きな魚を飼っているんだなぁ・・・というくらいの気持ちでいたので、私はそのまま上の部屋に行き、デッサンの練習を続けた。
この部屋の下にあんな大きな魚がいると思うと、ちょっと奇妙でドキドキした気分にさせられたが・・・。

後日、その魚の話を親戚の人に話したが、そんな大きな魚は飼っていないと言うことだった。
数年後、その地下室は取り壊されたが、2メートルもの魚は言うに及ばず、魚の骨すら発見されはしなかった。

今思うと、いったいあの魚は何だったのだろうかと思う。
単なる見間違いだったか、それとも異世界の怪物だったのだろうか。
あるいは妖怪の類の生き物だったのだろうか。
今となっては知るすべもない。


乳房と林檎とアングラ劇団と

2017年11月28日 21時21分19秒 | 小説

乳房と林檎とアングラ劇団と

1970年の頃、春。
岐阜の街は、まったりと平和だった。

今日の日曜の夕方、木本小学校の公民館にアングラ劇団「実験の会」の公演があるという。
いつも行く古本屋の、我楽多(がらくた)書房の2階に登る狭い通路に、そのサイケなポスターは貼ってあった。
アングラ劇団と呼ばれるだけで、ポスターも何か怪しげな雰囲気を醸し出しているようだ。
こんな地方でアングラ演劇など、めったに見れるわけではない。
そして俺は公演日を記憶し、今日、行って見ることを決心しているわけだ。

夕方になり、俺は小学校の、その公民館に行った。
公演までは、まだ1時間ほどほどあった。
公民館の入り口は、暗幕で閉まっていた。

小学校の庭など、なんとなく眺めていると、後ろで声がした。
「おまえも、来とったのか?」
隣町・大垣市のフォーク村の福来さんと相場君の声だった。
大垣フォーク村は、隣の町・大垣市で、フォークのライブなどを催したりしているサークルみたいなものである。
「古本屋にポスターが、貼ったったのでなぁ・・・」
俺は言った。
「ここのアングラ劇は、面白いらしいよ」
福来さんが話した。
聞くところによると、この「実験の会」は、トラックで全国を回りながら各地の地方都市で公演をしているという。

公民館の入り口付近で、とりとめも無い話に花を咲かせていると、暗幕の間から真っ白な男の顔が、ニューと現れて・・・
「もう少し待ってくださいね・・・」
と言いながら、真っ赤な唇を開いてニソッと笑った。
愛想は良かったが、白塗りの顔なので妙にシュールで不気味だった。

「ああ・・びっくりした!」
相場君がそう言って笑った。
俺も、福来さんも、顔を見ながら笑ってしまった。
「何か、期待できそうだね」
福来さんが、俺に向かって言った・・・
「アングラ演劇って、初めてみるんだよね・・」
俺も、期待しながら、そう答えた。

噂によると、このアングラ劇団はストーリーなどほとんどなく、ハプニングで進められていくらしい。
ハプニングとは、その時その時に対応して臨機応変に行われるパフォーマンスのことだ。
何が起こるかわからない・・・それがアングラ劇団の醍醐味でもある。

「林檎食べる?」
唐突に福来さんが、背負っていたリュックの中から真っ赤に色づいた林檎を出し、俺の目に前に差し出した。
「あっ・・食べる、食べる!」
そう言って林檎を貰うと、シャリッと一口食べた。
シャリシャリと林檎の果実と皮が一体となり、口の中に甘い果汁がジンワリと広がった。
福来さんも、相場君も、シャリシャリ林檎を食べている・・・・

ガブリ・・シャリシャリ・・・
ガブリ・・・シャリシャリ・・・・・
アングラ演劇の開始の前に、3人の観客が、林檎をカジッテイル・・・・
もうハプニングの一部が始まっているかのようだった・・・・

木本小学校の公民館の壁が夕焼けに染まる頃・・・・
観客らしき人々が、十数人ほど集まってきた。
入り口は、さっきより少しだけ騒がしくなった。

突然、公民館の入り口から、カランカランとベルを手で振りながら、さっきの白塗りの男が現れた!
「開演です~~~!開演です~~~!」
大きな声で叫びながら、男が観客の周りをカランカランと回っている。

これも劇の1部なんだろう・・・
もう劇は始まっているんだ・・・・・
そう感じると、自分も劇中に出演しているかのような興奮を覚えたのだった。

木戸銭をはらい、入り口の暗幕が開き、おそるおそる入場した。
ちょっと、ドキドキした気分だった。
中は暗くて、目が慣れるのに少し時間がかかった。

舞台は、客席と同じ高さにあり、今は弱いピンクの照明に照らされている。
客席とはいうものの、座布団をしいただけの簡素きわまりないものだ。

俺は、一番前の座布団の上に、あぐらをかいて座った。

ほかの客も全員座り終えると、照明が明るくなり、色とりどりに点滅しはじめた。
白塗りの男や女が、何かを叫びながら、怪しく照らし出された舞台に登場する。
ある男は踊りながら、ある女は泣きながら・・・
また、奇怪な衣装をまとった人物は、寺山修司の詩を朗読していた・・・・

「う~ん・・なんか凄いぞ・・・!」
俺は、ドキドキ紅潮した気分だ。

ストーリーらしいストーリーは無いようだったが、何もかもが意味ありげに思えた。
そうして、わけもなく妙に感動している、俺がいた。

そして、ストーリーなど無いまま、アングラ劇はどんどん進んでいった。

あるときは、照明が虹色に点滅し・・・
登場人物は意味不明な台詞を連発し・・・・
逆立ちをしたり、抱き合ったり、寝っころがったりしながら・・・・
観客を、不可解な世界へ引きずりこんでいくのだった。

アングラ劇も後半にさしかかったころ、俺にとっては最大のハプニングが起ころうとしていた。

白塗りの女が、踊りながら、やにわに俺の目の前に来た。
そうして、いきなりバサッと衣装を脱ぎ捨て、全裸になったのだ。
照明に照らされた上半身だけが、奇妙に白く光って見えた。
そして、そんな姿のまま、俺の方に、どんどん近づいてくるのだ。

俺の視線は、その女の視線と、ピーンと合ってしまった。
そして、視線をそらした場所には、白く輝くその女の乳房があった。
そんなに大きくはなかったが、神々しく見えた。

これが、ハプニングというものなのか!!
そう思った俺は、その女の乳房を、右手でギュッとつかんだのだった。

ムニュッ・・・と鷲づかみにした乳房は柔らかく、意外と大きく、シットリ汗ばんでいた。
そして、また、力を入れて握った。

女は、このハプニングを待っていたのだろうか・・・
赤い唇から歯を覗かせ、少しニッと笑って、こちらを見た・・・・

すごく長い時間が過ぎたような気がしたが、おそらく数秒の出来事だったのかもしれない。
もう女の乳房は、俺の手を離れて、舞台の遠方にライトに照らされながら消えていった・・・

俺の手の中には、女の乳房のあった虚の空間だけを残し、空虚に差し出されたままだ。

そうしていると、・・・・
そんな手の感触を味わう暇も無い瞬間に、すぐさま白塗りの男が、呆然とした俺の前にせり出してきた。
その男もの目線も、俺は捕らえてしまった。
男は、何か不明な台詞を叫んでいる・・・・
とっさに、左手に持っていた、さっき貰った林檎を、その男の口に無理やりくわえさせた!

男は林檎を、がっちり噛み、そのまま舞台の中央に下がっていった。
男は数口、林檎をかじると、いきなり床に叩きつけた!

バシーンッと、林檎は四方八方・・・舞台や観客の回りに砕け散った!

小さく砕けた林檎の破片や果汁が、観客の頭や服の上に、パラパラと霰のごとく降りそそいだ。
それと同時に、林檎の熟れた甘い芳香が、公民館全体に広がったのだ。

観客も、アングラ劇も、踊る男も、叫ぶ女も、眩しい照明も、すべて、林檎の芳醇な甘い甘い匂いで包まれていった・・・・

そうして、そのハプニングのまま・・・
アングラ劇は終了した・・・・

公民館の入り口を出ると、もう外は真っ暗だった。
三日月が、夜空に吊り下げられているかのように、か細く光っている。

帰り道に、なんだかんだと話しながら、福来さんと相場君と話しながら歩いていった。
3人とも、甘い林檎の匂いに包まれている。

俺の手は、熟れた甘い林檎の香りと、あの乳房の柔らかい感触だけが残ってしまったようだ。


砂丘の海に パンツよ さらば! 風に吹かれて嵐を呼ぶ本屋 その5

2017年11月28日 21時20分06秒 | 小説


風に吹かれて嵐を呼ぶ本屋 その5
砂丘の海に パンツよ さらば!



昨日知り合ったばかりの友だというのに、別れはなんだか寂しい。
19号台風で体育館に避難した時に知り合った友。
皆生温泉や麓の森の中で、一緒に歌を歌った友。
同じ19号台風の風に吹かれて大山山麓に偶然に集まり、同じ時間を過ごした友達。
コンサートは終わったが、妙に後ろ髪引かれる思いで一杯になっていく。

中上さんは、主催者のガンノスケと、別れを惜しんで抱き合っている。
俺も、この3日間で知り合った、あいつやこいつと、固い握手を交わしていた。
「また、どこかで会おう!」
「またなっ!」
「それじゃ!」
多くを語る言葉はないが、別れの物悲しい気分は皆一緒だろう。
握手をした手には「この人に幸あれ」と、心から願うヴァイブレーションが伝わっただろうか。
ただ今は、別れ行く良き人達の明日に、幸多かれと願うばかりである。

大山のコンサート会場の駐車場からは、日本中から来たであろう人々が、岐路につくために車を発車させている。
少し軽くなったピースアイランドの軽バンのギアを入れ、俺はアクセルを踏んだ。
ガタンガタンと揺れながら、我々は一路岐阜へと帰途につく予定であるが、我々の事である、どうなるか判らない。

夢のような3日間だったと思うが、過ぎ去った時間は現実でも夢でもたいして変わりは無いと思える。
グルグルと山道を下りてゆく車の窓からは、19号台風の爪痕といってもよい光景が、そこここに見受けられた。
倒れた松の木、泥だらけになって潰され折れた看板、高い木の上に引っかかった紙屑・・・・・かなり勢力の強い台風のようだった。
そんな台風の中、軽のバンを何時間も走らせて旅をするだの無謀という他はないのだが、その無謀さに快感を憶えてしまうのも青春の嗜好性である。



海沿いを軽快に走って行くと「ハワイ」の文字が目に付いた。
一昔前の純喫茶のような風情の「喫茶ハワイ」、木造の白いペンキも剥げ落ちた「ビリヤード・ハワイ」、懐かしい赤と青と白の看板の螺旋の円筒がクルクル回る「バーバー・ハワイ」。
「ここは、ハワイか?」俺は笑いながら言った。
「ワイキキが見えるかもな!」中上さんは、笑いながら答えた。
そんな昭和的風景の中を、しばらく走ると大きなアーチ状の門が目に入った。
『歓迎!羽合温泉へようこそ!』
そこは「羽合」と漢字で書く、紛れも無く正真正銘の日本の温泉郷だった。

「温泉・・行くか?」
「う~ん・・・どうしよう・・」
「時間が無いしなぁ・・・」
などと言ってるうちに、通り過ぎてしまった。
心残りな温泉だった。



そんなこんなで、また車を走らせると、「ようこそ鳥取砂丘へ!」の看板が目にはいった。
ここまで来て観光しないで帰るのも口惜しい、ということで鳥取の砂丘に拠ることになった
駐車場に車を止め、海を眺めようと、広大な砂の高原とでも言うべき平坦な砂丘を進んでいった。
だらだら歩いていくと、海岸近くには砂が風で集められ、小高い山のようになっていた。
そこには、見慣れた顔が数人見受けられ、相手も手を振りながら、こちらに向かって何か叫んでいる。

「お~~~いっ!」
「お~~いっ!」
こちらも他を振りながら答えた。
「やっぱり、来たんやね!」陶芸家の大沼なんが、砂の山の上で笑っている。
その隣は、三流ミュージシャンの横井君と真野君が笑っていた。
周りには、見た顔が数人、こちらを見て笑っている。
「誰でも、考える事は同じってことか」俺は、笑いながら独り言のように呟いた。

小高い砂の山から見る日本海は真っ青で、空と海とが世界を2分割でもしている感じだった。
風が強く、この風が砂をここに集めて砂丘を作っているのだ、という事を実感させてくれた。
沖には、鯨のような形をした小さな島も見える。

「泳ぎてぇ~!」大沼さんが大声で叫ぶと、いきなり海の方へ走っていった。
それに釣られて、我々全員が小高い砂の山を駆け下りていったのだった。
小高い山とはいえ、10メートルちかくはあるので、走るというより殆んど滑り落ちるといった感じだった。
サラサラと砂とともに滑り落ちる感覚は、あそこでしか味わえない快感だ。

砂の山を駆け下り、あっという間に大沼さんは素っ裸になり、ザブンと海の中にダイビングした。
続けて数人が服を脱ぎ散らかし、綺麗でもないお尻を丸出しにして、ザブリと海に入っていった。
中上さんも、いつの間にか素っ裸になり、海の中で泳いでいる。
「では、俺も・・」という訳で、俺もTシャツを脱ぎ、ジーパンを脱ぎ、パンツを脱ごうと思った。
が、しかし、人に自慢できような裸体ではないので、パンツだけは穿いて海に入っていった。

台風の影響がまだ有るのか、あるいは、いつもこのように波が高いのか分からないが、鳥取砂丘の海の波は高い波が押し寄せては返している。
観光客が少ないのでよいが、きっと素っ裸での海水浴は禁止であろう、いや、ここの砂丘で泳ぐこと自体が禁止だったかもしれない。
しかし、もう勢いで泳いでしまっているので、誰も止めようもない。
やはり台風の影響があるのだろう、時折大きな波が不規則に押し寄せてくる。

不意に、背の丈より大きな波が連続して俺の所に襲ってきた
「あぅ・・・!!」俺は、波に揉まれながら、顔を波の上の出し息をした
瞬間、不意打ちの波に顔を強く打たれ、掛けていたサングラスが波に浚われてしまった
「ああ・・サングラスは・・どこ・・?」といった感じに動揺したが、素早く海に潜り、眼鏡を捜した。
運良く、水中で目を見開いた方向に、眼鏡が水母のようにプカプカと沈みかけているのが目に入った。
俺は、とっさに眼鏡に手をやり、しっかり眼鏡のフレームを掴んだ。
その瞬間に、また立て続けに大きく強い波が、俺に襲い掛かった。
一瞬、体全体が波に飲まれ、水中で1回転してしまった。

「ゲッ・・!」俺は、海水をしこたま飲み込んで口の中が塩分で鹹くてしょうがない。
「死ぬかと思った」そう呟いている俺の下半身が、妙に軽い。
ハッとして、下に目をやると、案の定パンツが無いのである。
当然のことながら、遊泳用の海水パンツのゴムより、通常のパンツのゴムは緩く出来ている。
普通のパンツのゴムは、水中の浮力や圧力には無力で弱いのだ。
眼鏡は助かった、がしかし、不運にもパンツは波に浚われ、波に揺られ、どこか見知らぬ遠き島にでも辿りつくことだろう。
結局、全裸になってしまったので、最初から素っ裸であればよかったのだと、俺は強く思った。
時に羞恥心は、予測もつかない事態を引き起こすようだ。

それから、しばらく海水浴を続け、海から這い出て、そのまま服を着て、砂の山を登った。
砂の山の上りは、砂に足を取られ、登りにくいこと甚だしい。
歩行の地面を押す力が、砂に吸い取られ、通常の2倍ほどの体力を消耗するようだ。
10メートル近くの砂山を、やっとのことで登りきり、俺たちはさっきの駐車場までたどり着いた。

「ああ・・疲れたな・・」
「温泉でも行くか?」
「1時間もしない所に、湯村温泉があるで!」
「行こう!」「行こう!」
と話は決まり、数日前に寄った夢千代日記の湯村温泉に行くことになった。



夕暮れ時の湯村温泉は、鄙びて物悲しくて情緒たっぷりの風景だった。
川の近くの、コンクリートの柵で覆われた源泉には、卵や野菜が網の袋に入れられて茹でられていた。
その源泉からは、温泉の湯気がもうもうと空まで立ちこめ、そこいらにいる浴衣姿の温泉客の姿もゆらゆら揺れているように見えた。
黄昏て青くなった空に、街灯がポツリポツリと燈った情景は映画の中の一場面のようだ。

我々は、砂丘の海水浴で疲れた身体を、丸い円形の湯船に浸し、「ぶふぁぁ・・・」と、またもや心地よい溜息を吐いた。
熱めの湯には、そんなに長くは浸かっていられない。
十数分もすると、皆、真っ赤な顔をして、温泉から出てきたのだった。
もう、湯村温泉浴場から出てきた時には、空は夜空で無数の星星が点滅し、山中の清浄な空気で満たされていた。



数時間も走り続けると、もう中部地方の懐かしい匂いがしてくる。
大山へ行った時とは大違いに満天の星空が、湯村温泉から岐阜までズッと続いていた。
途中まで一緒に走ってきた、大沼さんが途中で瑞浪方面へ抜け、横井君や真野君も名古屋方面へと分かれていった。
我が家へ到着した時は、もう真夜中となっていた。
軽バンの側面に描かれたウサギとペンギンも、ほっと安堵の表情を浮かべているように見える。
真夜中の星空の下、そのウサギとペンギンに「サンキュー!」と呟いていた。


深夜の森に条件反射の歌が流れる 風に吹かれて嵐を呼ぶ本屋 その4

2017年11月28日 21時19分45秒 | 小説


風に吹かれて嵐を呼ぶ本屋 その4
深夜の森に条件反射の歌が流れる



夕暮れ時になって、1日半遅れでコンサートは始まった。
飛ばされひん曲がった雨よけのテントは取り払われ、青空天井のステージとなった。
その青空もしだいに夕焼けに染まり、ライトに照らされたステージは幻想的な雰囲気に包まれている。
均整のとれた雄大な大山をバックに、ライブは深夜まで続けられた。
会場は、出店のスパイスの効いたカレーの香りやフライド・チキンの香ばしい匂いが、時折風に乗ってフワリと漂い、どこか異国の情緒を醸し出している。
会場の中心部以外の周りは、いろいろな物売るフリーマーケット市場と化して、さながらバザールの様相だった。
月明かりが明るく大山を照らし、エスニックなスパイスの香りが漂い、音楽は深夜にまで鳴り響き、ここが日本だとは到底思えない大山の麓だった。
俺は、さながら異国にやってきた異邦人のように、このコンサート会場を楽しんだ。
そして、我らの野外絵本屋・大山支店も、そこそこ繁盛し、野外の絵本屋もそう捨てたもんじゃないと思わせてくれた。



「そろそろ夕飯にでもしようか?」と中上さんが言ったので、俺も賛同した。
我々は、コンサート会場から2分程度歩いた、山林の中にテントを張り、夕食の支度をし始めた。
森林の中は、無数のテントが張られ、ここも異国の風景が広がっているかのようだ。
そこここで、アウトドアの夕食の準備が始められ、食欲をそそるいい匂いが林の中に充満している。

「やっぱり、アウトドアには七輪やね!」
そう言いながら中上さんが、高山で購入したという真新しい七輪に、火を起こし始めた。
アウトドアに七輪があれば、天下無敵である。
常時、炭火が焚かれ、常にヤカンをかけておけば、いつも湯が沸いている状態で、好きなときにコーヒーが飲める。
また、調理をするにも、火力が携帯用コンロの比では無く、あっというまに料理が出来上がる。
飯ごうでご飯を炊くにも、一定の火力が維持でき、うまいご飯が炊き上がり、電気炊飯器の米と同じ米とは思えない美味さである。
あるいは、晩夏の夜に肌寒いときなど、この七輪の火で暖をとりながら、話に花を咲かせるのも一興である。
かように七輪はアウトドアには万能で最適な道具であので、俺は心の中でいつもこう叫んでいる「七輪を発明した天才に、栄光あれ!」。

俺は、昼に買出しにいった食材を出しながら、今日の献立を考えていた。
旅をしたなら、地元のスーパーに入るのが一番賢い買い物の方法だ。
土産物屋や観光用の市場に行っては駄目だ。
観光客用の店は、値段が高いだけでなく地元の食材さえ無いことが多い。
土産物に至っては業者が一括して卸しているので、広島の特産品と称するものが岐阜で作られていたり、北海道の物産とあるものが台湾で製造されていたり、それはもう興醒め状態甚だしいと言わざるを得ない。
そんな旅の失望感を味あわないためにも、地元のスーパーに趣いて珍しい食材を物色するのが達人のメソッドというものである。
地元の小さなスーパーに有るものは、地元で頻繁に食されている食材がほとんどである。
魚介類などにいたっては、見たことも無いような海の幸が日常的に並んでいたりするのを見つけた時など、旅の感動も倍増するのである。
野菜なども、まだ食べたことも無いような野菜を発見した喜びは筆舌に尽くしがたい!、と言うのは大げさではあるが、未だ食したことのない食品を発見した日には思わず購入してしまう衝動を抑えられない。
海岸沿いに、特にそのような食材が多いと思う。
「旅人は地元のスーパーへ行け!」これは旅の黄金律といっても過言ではないと信じる。

食材だけに及ばず、ホームセンターなどの道具類にも、同じような事が言える。
通常、平地の都市ではまったく使用しないような道具も、地元のホームセンターで発見できることがある。
雪深い土地では雪対策の道具が常備され、あるいは山深い土地では、林業に関する道具類が所狭しと並んでいたりもする。
また、妙にひなびた地元の雑貨屋などを見つけたなら、恥を忍んで一寸覗いてみるのも良い行動である。
店の奥にヒッソリと、埃を被ったまま死んだように眠り続ける昭和の道具達に遭遇する可能性も大きい。
昭和の時間が停止し凝固したような昭和の道具を発見した時など、使いもしないのに衝動買いし、後に後悔して落胆するのも旅の一部である。

そんな訳だから、名前も知らない未だ食していないような魚介類を七輪の網の上に乗せ、俺はジュウジュウ音をたたせながら焼いた。
魚の焼ける匂いと、醤油の焦げるいい匂いが、テントの周りに充満して、いやがうえのも食欲が増大してゆく。
匂いに吊られてか大沼さんや中上さんの友人や、友人の友人が集まり始め、そこいらは一大調理場と化した。
各自、思い思いの食材を調理し、料理の美味そうな香りと煙が、森の木々の間をユラユラと立ち上がってゆく。
森の中1人でジックリ孤独を楽しむアウトドアも良いが、こうやって大勢でワイワイ騒ぐアウトドアも、また楽しい。

飯盒がグツグツ煮えてきたので、逆さまにして蒸らす間に、魚や貝の海の幸を皿に盛り付けた。
カレーや味噌汁も出来上がったようだ。
「頂きます」の声もないまま、各自食事が始まってしまった。
誰だか知らないが、皿だけ持ってきてチャッカリ食事をしている輩もいる。
こう大勢居ると知り合いだかそうでないか判らないのだが、まあ、お祭り気分で許してしまおう。



食事が済み、食器を洗い、腹の虫も一段落したなら、俺は持ってきたギターをケースの中から出した。
そうすると、中上さんもすかさずギターを出し始め、これから盛り上がろうと考えているのだ。
こういう時にギターが弾けるというのは、とても重宝な才能であると思う。
どんな時にでも、ギターさえあれば退屈しない、そればかりか友人の輪も広がり、国籍すら超越してしまう。
本当に音楽、あるいは芸術というものは、人種や国籍を選ばないようだ。
70年代にラジオから流れていたロックやポップスは、ほぼ世界同時期で流行していた音楽である。
その共通の音楽を知っているというだけで、異国の人々に親近感を感じたりもする。

友人や友人の友人、友人の友人の友人が焚き火を囲んでのシング・アウト大会となった。
ボブ・ディランは言うに及ばず、70年代フォークの合唱の嵐となった。
誰かが「風に吹かれて」を歌い始めれば、誰彼ともなくハモッテしまう性分は、70年代を生きた世代の条件反射というべきものだろう。
懐かしい音楽というのは、何故こうも盛り上がってしまうのだ?
よく軍歌で盛り上がる高齢の集団を見かけるが、あれは戦争が懐かしいのではなく「青春」を懐かしんで歌うのだろうと思う。
「青春の歌」というのは、死ぬまで心の奥底に住み続け、時には生きる活力ともなる。
そんな沢山の歌を記憶していることに感謝したい。
歌の音や歌詞の襞の間に青春の出来事が事細かに住み着いている、そんな気がして心が熱くなる夜だった。

深夜近くなると一人抜け、二人抜け、焚き火の周りは、残り少ない人数となっていく。
暗闇の森の中、炭の赤い光が、各人の顔をユラユラと照らす。
焚き火の火も、チョロチョロと小さく燻ぶるような炎になっていき、「もう寝ろ!」と催促しているようだ。
もう少し唄っていたいと言うような、心残りを感じながら、我々はテントに入って寝た。
どこか遠くから聞こえる小さな咳払いの声が、森の静けさをより一層思い起こさせてくれるようだった。



台風で潰れたスケジュールをこなすために、朝早くからライブが始まっていた。
夕べ騒ぎすぎで、まだ重い眠い目をこすりながら、我々はテントから這い出し、顔を洗い、コンサート会場へと歩いていった。
会場への道を歩いて行く途中、あの転倒した黄色い軽のバンとすれ違った。
横のボディは凹んだままで、フロントガラスは全部取り外してあって、風通しが良さそうだ。
パフッ!とクラクションを鳴らしたのは、あの助けた髯男だった。
髯男の顔を見て俺はニヤリとして手を振った、髯男はクラクションを2度パフッパフッと鳴らし、俺の横をゆっくりと走り抜けていった。

会場には、朝も早いというのに、ステージの前は、もう数十人の観客達がライブを聞きながら踊っていた。
俺と中上さんは、昨日に場所にまた絵本を並べ、お祭り最後のピースアイランドを開店させた。
相変わらずダダ見客が多い本屋ではあったが、楽しそうに中上さんは店をキリモリしている。
徐々に店を開く人達も増え、ライブの観客も大勢になっていく。

最終日のコンサートは、盛り上がりと共に物寂しいような雰囲気も漂わせていた。
思えば、岐阜くんだりから遠路はるばるこの祭りにやってきたのだが、一気に起こった数々の出来事が旅の思い出としてどのようにインプットしたら良いのだろう。
これらは、まさに「無駄に中に価値が隠されている」という、哲学的命題の実践バージョンなのかもしれない。
あるは「青春」は永遠であるとの天啓か?
まぁ、物事は成るべくして成り、在るべくして在るということかもしれない。

突然、ステージのライブとライブの間の短い間に、ステージとは逆の方向に観客が集まっていった。
ザワザワと何かを見学しているようだった。
「何かあるのですか?」俺は、観客の一人に聞いてみた。
「パフォーマンスとかやってるみたいですよ」
「へぇ・・どんな、ハプニングなんですか」
「裸で、若い女が踊ってるそうですよ」
「ヌード・パフォーマンスですか・・・見たいなぁ!」
黒山の人だかりで、肝心なパフォーマンスが見られないのが歯がゆい。

そうこうしていると、裸体の女が踊りながらこちらの方向に移動してきた。
観客がモーゼの紅海の海割れのように左右に別れ、その真ん中をサロメのように踊りながら白い裸体が現れた。
このような裸体パフォーマンスをやる女というのは、70年代の生き残りのような年配の女傑が多いのであるが、その踊る女は意外にも若い女だった。
夏の眩しい太陽光線に黒光りする恥毛が眩しくて、目のやり場に困るが、ついついその部分に視線の焦点を当ててしまうのが男の性というもんである。
その全裸でクルクル踊る女は、アメノウズメのダンスのパフォーマンスをやっているのだそうだ。
真夏の大山の麓、現代版アメノウズメは、天照大神を目覚めさせたのではなく、男たちの情欲を目覚めさせただけのようであった。
中上さんも、いつの間にか現れた大沼さんも、みんなストリップ小屋の客のような表情で、そのパフォーマンスを凝視してた。
「ナンマンダブ・・ナンマンダブ・・・・・良いものを見せていただきました」
俺は、思わず拍手を打ち、八百万の神々に感謝したい心持になっていたのだった。

全裸パフォーマンスが終わってしまうと、群集はまた元のステージの方へと移動していった。
一瞬の出来事ではあるが、旅の思い出としては鮮烈なイメージを残したパフォーマンスであった。

昼過ぎになると、最後のミュージシャンのライブになった。
それまで出演したミュージシャンがすべてステージに上り、この「命の祭り」の大団円が始まった。
それを知ってか、大山山麓は凉風がゆっくりと吹き抜け、えもいわれぬ心地良い自然のオーラに包まれていくようであった。

I see my light come shining
From the west unto the east.
Any day now, any day now,
I shall be released.

ボブ・ディランの「I Shall Be Released」の大合唱で、大山の支離滅裂で魑魅魍魎なお祭りは終わりを告げたのだった。


ラッキョウ畑に宇宙が見える 風に吹かれて嵐を呼ぶ本屋 その3

2017年11月28日 21時18分34秒 | 小説


風に吹かれて嵐を呼ぶ本屋 その3
ラッキョウ畑に宇宙が見える



輝く晴天の中、我々は目を覚ました。
雲一つ無い空と呼ぶのに似つかわしい、純粋な晴天である。
大山の山の清浄な空気も加味され、素晴しい朝となった。
早起きは三文の得と言うが、元々あの諺は「早起きしても二足三文くらいの得にしかならない」という、朝寝好きの江戸っ子の諺であるらしい。
しかし、すがすがしい新鮮な空気に満たされた朝に包まれると、980円くらいの得をした心持である。

それから暫らくして、台風難民達のコンサート会場へと向かう民族の大移動が始まった。
だが大山の麓は温泉の宝庫である、こんな爽やかな朝に温泉に行かないという手はない。
朝湯に入って小原庄助を決め込み、湯船でぶふぁぁ~!っと叫びたいのである。
昨夜のネイティブ・アメリカンのメディスンマンの祈りの神聖な気分はどこぞに吹っ飛んで、俺はまた元の自堕落で能天気なニッポンジンに戻っていた。

「この近所に皆生温泉があるらしいぞ・・・」
中上さんが、俺に言った。
「おおっ!良いね!行こうぜ!」
という寸法で、早速皆生温泉目指して車を走らせ、ぐるぐると山道を下りていった。

台風一過の青空は、本当に目に沁みるような青さだ。
大山の山道は、昨日の荒れ狂う景色とはうって変わって優しい癒される風景であった。
オゾンとフェトンチッドに満たされた山道を走るピースアイランドの軽バンは、まるでスポーツカーにも思われた。
窓を開けて走れば、少し冷たい心地よい風が無精髭の頬をなでて、無条件に幸せな気分に浸らせてくれる。
寝起きの重いまぶたはパッチリ開き、旅心は盛り上がる一方だ。

麓の道を走り、皆生温泉に近づくにしたがって、海の匂いが感じられるようになった。
潮の香りが、なぜか子供の頃の海水浴の記憶を呼び覚ました。
碁盤の目のように几帳面に通る道路に、一見教会のような建築物があった。
それが海沿いの皆生温泉浴場だった、いわゆる銭湯のようなものである。
入り口で入泉料をはらい、温泉の匂いで充満した幸せな浴場へと急いだ。
皆生温泉浴場は意外に広く、大きな浴槽が真ん中にあり、お湯があふれんばかりに張ってあった。

我々は、飛び込むかのように湯船につかり、「ぶふぁぁ~・・・」と溜息をついたのだった。
「嗚呼・・・愛しき日本人!」などと、自らの習性に感謝したい心持である。
昨日の台風の襲撃も忘れ、体中の疲れが消滅していく瞬間は、心の台風一過と呼ぶに相応しいのだ。

無言のまま湯船に浸かっっていると、湯気の中からぬぅ~っと現れた男がいた。
「おお!皆来とったんか!」一見アイヌ人のような面構えの大沼さんだった。
大沼さんは岐阜県瑞浪の陶芸家であり、俺や中上さんとは旧知の仲であった。
「いつ来た?」湯気で見え隠れする大沼さんに言った。
「さっき着いたばかりや!すごい台風やった」温泉好きなら朝一に温泉に行きたがるもんである。
「あの台風の中、走ってきたんか?」俺は驚嘆して言った。
人のことは言えないが、大沼さんの性格は、無謀というか豪胆というか傍若無人な性格だった。
しかし、このような遠い場所で友人にバッタリ会ったりするのは、妙に素敵で愉快な気分である。

湯船で3人で、ナンダカンダと話に花が咲き、小一時間も温泉に浸かっていた。
手の皮が皺皺になり、湯当たりする寸前で温泉から出た。
外の空気は日本海の潮の匂いで旅情を掻き立ていたが、もう昼近くになってしまっていた。

「腹が減ったなあ・・・」中上さんが言った。
そういえば、昨日の夜の差し入れのオニギリ以降、何も口にしていない。腹が減るのも当たり前だ。
というわけで、食事をするために喫茶店に入ることになった。
遥々鳥取まで来て、喫茶店でカレーやスパゲティを食うなど無策にもほどがあるのだが、昨日から何も食べていない状況であるので、これも止むを得ない。

俺と中上さんと陶芸家の大沼さんの3人は、皆生温泉浴場の近くの喫茶店に入った。
案の定、鳥取とはまるで無関係なカレーやスパゲティを注文し、話の花を咲かせたのだった。
喫茶店の窓から見える景色は、果てし無く続くのではないかとも思えてしまう、一面の広いラッキョウ畑である。
日本海側の土地はラッキョウ栽培に適しているのであろう、おそらく日本海の北陸から中国地方の海岸はラッキョウ・ベルトと呼んでも差し支えないかもしれない。
ラッキョウ・ベルトは実在する・・・しかし実在した所で何の意味もないのだが、そんな光景を思い起こすと可笑しいような気分になり、人生が少しだけ楽しくなるというもんだ。
あのホムンクルスのようなコロポックルのようなラッキョウ達が、真っ直ぐに行進しいている光景をイメージしたなら、微笑ましいような気分に浸るのがノーマルな人の精神状態であると言えるだろう。
宮沢賢治の「月夜の電信柱」ではないが、ラッキョウ畑はさしずめ「砂漠の小人の行進」のようだ。
ドッテテ ドッテテ ドッテテド・・・・
ラッキョウは小さいから、トッチチ トッチチ トッチチト・・かもしれない。

こんなラッキョウ畑の話題で2時間近くも話が出来るなんて、我々はなんて能天気野郎で暇人なんだろう。
悩みのない人生が幸福であるのか?悩まないから幸福なのか?定かではないが、少なくとも人生の多くの時間を笑い転げるような馬鹿げた空想で過ごせる人は幸福だと断言できる。
物事は無味無感・無味無臭・何の色合いも無く、中立であり続ける。
そして、それらの事物は人の解釈によって悲劇にも喜劇にもなることは、古今の賢者達が口をそろえて唱えているが、あれは真実だ。
ただのラッキョウ畑も、想像力によって一つの荒唐無稽な宇宙を形成させてしまう。
・・・などと含蓄有りげにさせてしまうのも、旅の高揚した心の成せる技であろうか。



旅の友人が一人増えた我々のテンションは上がる一方だ。
大山のコンサートも、今日は開催されるだろう。
コンサート会場へ向かう途中、ホームセンターやスーパーで、食料やキャンプに使用する道具類や食料をそろえた。
妙にテンションの高い3人組は、平穏な日常生活を営む住民には異様に見えたかもしれない。

「大山椒魚の肉、売ってませんか?」
そんなありもしない事を、スーパーの店員に聞いている大沼さんを見た時は、俺は大笑いをしてしまった。
旅の恥はかき捨てと言うが、好んで恥を作り出すのは青春の特権と言うことで許していただこう。

恥をかき捨てながら、また、元来た山道を戻り、コンサート会場へと車を走らせた。
麓近くの小さな雑貨店で、見たような人物とすれ違った。
我々は、車を急停車させ、その雑貨店に言ってみた。

「海で泳いどったら水母に刺されてまってよ、痛いでかんわ!キンカンあらへん?」
聞いたような名古屋弁が、店の奥から聞こえてきた。
雑貨店の中は、店のオヤジの使う鳥取弁と名古屋弁がチグハグに飛び交い、意思の疎通が出来ているのか出来ていないのか怪しい雰囲気だった。

俺は後ろから声をかけた。
「よっ!」
名古屋弁の男は、ビックリしたようにこちらを振り返った。
「おおっ!あんたらも来とったんか?」
名古屋弁丸出しの男は、知人の3流ミュージシャンの横井君だった、それに横井君の親しい友人である真野君まで、そこに居た。
「何時着いた?」
「昨日の夜や」
「台風は恐かったで!」
「あんたらぁも、命の祭りに来たんか?」
「そーや!」
「ほんとか、偶然やな!」
鳥取の辺鄙な雑貨店は、一瞬だけ岐阜弁と名古屋弁が交差する東海地方と化してしまった。
そして、旅の仲間が2人増えた。


コンサート会場は、昨日一緒だった台風難民のヒッピー達で盛り上がっていた。
舞台は修復中で、まだライブは始まっていなかったが、お祭りの雰囲気は会場全体に行渡り、高揚した気分にさせてくれる。
スキー場の殺伐とした風景の中に、屋台のような出店がそこここに出現し、あたかもどこか東南アジアの町の広場のようだった。
何を隠そう!と言ったりするが、誰も何も隠しちゃいない軽バンの中の絵本の山は、ここで絵本屋を開いてしまおうという中上さんの計画だった。
なんで岐阜県の山奥から、鳥取の大山まで来て絵本屋など開こうとするのか?
それは絵本屋の執念なのか?ただのお祭り好きなだけなのか?それはもう他人の図ることの出来ない絵本屋の店主の果てしない精神の産物であるのだろう。
また、そんなことを追求した所で、誰も何の徳にもならないのが常と言っても過言ではない。
一見馬鹿げた事に隠れた真実が隠されているのかもしれない。

ピースアイランドの軽バンの扉を開き、何冊もの絵本を運び出した。
簡単に仕組まれたビニールテントが、ピースアイランドの臨時の大山支店となった。
俺たちは、運び出した絵本を、ビニールシートの上に、丁寧に並べた。
色とりどりの表紙で飾られた絵本達は、今日のこの冒険活劇のような野外の出店を喜んでいるかのようにも見えた。
標高の高い山麓とはいえ、夏の日差しは涼しいとは言いがたい。
台風が完全に過ぎ去った直後は妙に蒸し暑く感じて、そよそよとそよぐ僅かな風にも涼しさを感じたりする。
そうして、ナンダカンダ本を並べているうちに、もっともらしい体裁の野外絵本屋が出来上がっていた。
ピースアイランド・支店第1号店・鳥取大山支店の開店である。
本を出した瞬間から大勢の人が集まり、大繁盛の兆しムンムンだった。
無理もない、コンサートはまだ直ぐに始まる様子も無く、手持ち無沙汰の家族連れや子供達がドーッと集まってきてしまったのである。
とはいえタダ見の客が多く、飛ぶようには売れなかったが、店主の中上さんは、それでも嬉しそうだった。
何故、彼が絵本屋をやっているのか判ったような気がした、炎天下の大山山麓である。