【合計特殊出生率が2.95=1.2×2・4!】岡山県奈義町の出生率はなぜこんなに高いのか?奇跡の町とメディアは礼賛するが、それは必然だった
2024年6月7日
梶田美有(Wedge編集部 Wedge編集部員)
厚生労働省が人口動態統計を発表し、2023年の「合計特殊出生率」(1人の女性が生涯に産む見込みの子どもの数)が1.20と、統計がある1947年以降過去最低となった。
少子化に歯止めがかからない中、どうすれば出生率が上がるのか。
Wedge2023年8月号の特集「日本の少子化対策 異次元よりも「本音」の議論を」では、子どもたちの笑顔があふれる空間を訪れ「本音」を聞き、本当に必要な支援や政策を探った。特集内の記事を再掲する。
岡山県勝田郡奈義町
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は、鳥取県との県境にそびえる那岐山のふもと、人口約5700人の小さな町である。
だが、この町の合計特殊出生率は、2.95(2019年)。メディアからは〝奇跡の町〟とも称され、2023年2月には岸田文雄首相も視察に訪れた。
なぜ、これほど高い出生率が実現できるのか。小誌取材班はその理由を確かめに6月下旬、奈義町を訪れた。
そこには、20年以上かけて、行政と町民が一体となり、試行錯誤や創意工夫を重ねながら、独自の子育て支援を広げていった歴史があり、町全体が自然と「子どもが欲しい」と思える空気感と安心感に包まれていた──。
「奈義町の存続のためには、『人口問題』は最大の課題であり、現在の人口を維持することが目標でした」
奈義町情報企画課の荒井祥男さんはこう語る。
02年、平成の大合併が各地で進む中、同町は住民投票の結果、「単独町制」を選んだ。
だが、この町が抱える高齢化と過疎化による人口減少は町を存続させるには死活問題だった。
こうした良質な危機感から、同町では独自の少子化対策として、経済面や住宅面などの支援を進め、05年には1.41だった合計特殊出生率が19年には、1.41まで高まった。
「奈義町では子育て世代だけでなく、高齢者も一緒にこの課題を考え、12年には『奈義町子育て応援宣言』を議会採択しました。
財源を確保するため、議会の議員定数を14から10に減らすなどして、子育て支援策に回してきました。
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(14-10=)4÷14=0.28:3割削減
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『町が元気であるためには子どもがいることは大切』というのが町民全体の認
識なんです」(荒井さん)。
奈義町には現在、24もの子育て支援策がある。
だが、出生率の回復は単に子育て支援のメニューの多さだけに起因するものではないことを「なぎチャイルドホーム」で垣間見た。
07年に運営を開始した同施設では誰でもいつでも利用できるスペース「ちゅくしんぼ」が開放されている。
また、2歳半から就園前の幼児と保護者を対象にした自主保育「たけの子」が1世帯年会費100円で利用できるほか、子育て援助を希望する人(おねがい会員)が支援できる人(まかせて会員)に一時預かりをお願いできる「すまいる」というサービスもある。
利用料は子ども1人あたり1時間わずか300円だ。
美容院や通院のために数時間だけ預かってほしい時や、子どもを少し遊ばせたい時など、お母さんたちが保育園と使い分けをしながら柔軟に選択して利用できる体制が整っている。
小誌取材班が訪れた金曜日の午前中も、施設内はさまざまな用途で利用するお母さんや子ども、スタッフたちの声でにぎわっていた。
5カ月の子どもを連れていたAさんは「ここはおもちゃなどもそろっていますし、上の子が通う幼稚園も近いので、上の子を送ってからはほぼ毎日、ここに来ています」と言う。
地元が岡山市というBさんも5カ月の子どもと通う常連だ。
「結婚して奈義町に来た当初は、知り合いもいませんでしたが、ここですぐにママ友ができました。
スタッフさんとも年齢が近いので育児の相談もしやすいです」(Bさん)。
「実はここのスタッフは、元々は利用者だった人が少なくないんです」
こう教えてくれたのは07年の設置当初からこの施設に携わり、3人の子どもを持つスタッフの貝原博子さん。
自身も子どもが幼稚園に上がったタイミングでスタッフになり、今は〝先輩ママ〟としてサポートに回る日々を過ごしている。
「お母さんたちがその時の状況に合わせて、出たり入ったりしていて、持ちつ持たれつの関係性が自然にできています。
無理のない範囲で周りを頼りながら子育てができるので、『もう一人産んでも大丈夫、なんとかなる』と思えるんですよね」と笑顔で話す。
チャイルドホームの利用者はお母さんだけに限らない。
今年4月、奈義町産業振興課に転職し、家族でこの町に移住した榎谷仁志さんもその一人だ。
前職時代の転勤で、岡山の県北に赴任した際、子育てのしやすい奈義町に魅せられ、移住を決断。
現在は、役場から自転車で10分のところに住んでいる。
『たけの子』でジャガイモ掘りや川遊びなど、いろいろな経験をさせてもらえて、年会費もたった100円です。
妻もこうしたコミュニティーの中で、この町に自然となじむことができています。
何よりも子どもが楽しそうに遊んでいる姿を見られるのは、親としてうれしいです」(榎谷さん)
〇奇跡〟というより〝必然〟奈義町の高い出生率の秘密
奈義町には、子育ての合間など、「ちょっとしたスキマ時間に働きたい」というお母さんのニーズに応える施設もある。
16年に運営を開始した「奈義しごとえん」では、清掃や書類の封入作業、スマホ教室のスタッフなど、「ちょっと手伝ってほしい仕事」を町の依頼者から請け負い、登録者とのマッチングを行っている。
登録をしている子育て中のお母さんは「いくらかわいいとはいえ、子どもだけとコミュニケーションをとるのはつらい時もあります。ここで大人と話すだけでもストレスの解消になっています」と言い、子育て中に社会とつながることの大切さを実感する。
代表理事の桑村由和さんはこうした施設の活用について「ここで働くのも、預けるのも、家で育てるのも、それぞれの希望に合わせて選べばいいと思っています。ただ、いずれにせよ社会的に孤立しないことが重要なんです」と話す。
奈義町の高い出生率は、こうしたさまざまな子育て支援策を20年以上にわたって町全体でアップデートし続けてきた努力の賜物だ。
メディアは〝奇跡〟と礼賛するが、むしろ〝必然〟というのが正しいのではないか。
こうした支援策を利用した町民が無理のない子育てを実現し、日々の交流の中で「なんとかなる」という空気感と安心感が広がる。
そしてそれらが新しい命の誕生への後押しとなる──。
奈義町にはこうした目に見えない好循環があった。
奈義町以外にも成功例はある。
石見銀山に抱かれるようにある島根県大田市大森町
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は、人口約400人の町だが、10年ほど前から若い世代のU・Iターンの増加によって「ベビーブーム」が起きている。
実は、この背景には地元企業の存在がある。衣食住といった暮らしにまつわる事業を展開する石見銀山群言堂グループがその一つだ。
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大森町にある本社では、社員約60人のうち、3分の2がU・Iターン者というから驚きである。
代表取締役社長の松場忠さんは「いい地域をつくればおのずと人は増えていくもの。
子育てをしながら働く人にとって、いい地域となるには、制度や施設も時代に合わせて最適化を図っていくべきです。こ
の町で根のある暮らしをつなぐ企業として、そういった進化を後押しするのも役目だと思っています」と話す。
松場さんの妻で大森町出身の奈緒子さんも、「いい地域づくり」に一役買っている。
進学を機に上京、忠さんと出会って結婚をし、東京で第一子を出産したが、「東京での育児は本当に孤独でした」と当時を振り返る。
心労が重なり、「育児うつ」状態にもなった奈緒子さんは、東日本大震災を経て、家族で大森町に戻ることを決意した。
この町に帰ってきて10年以上がたった松場夫婦には現在、5人の子どもがいる。
奈緒子さんは、今、笑顔で子育てができている理由について「『そんなに気を張らなくても子どもは育つよ』と子育てを卒業したおばちゃんが言ってくれたり、3人目の産褥期に、散歩に行きたがる長女と玄関ですったもんだしていたら、近所のおばあちゃんが連れて行ってくれたこともありました。
助けてほしいときに町の誰かが助けてくれたんです」と話す。
そんな経験をした彼女が「この町になじみのある自分のような人だけでなく、Iターンの子育て世代と町をつなぐ架け橋になりたい」と15年に立ち上げたのが子育てサロン「森のどんぐりくらぶ」だ。
月1~2回、さまざまな企画を通して子育て世代の交流の場を設けている。奈緒子さんは言う。
「保護者が主催者なので、自分たちがやりたいことをやって子育てを一緒に楽しんでいる感覚です。
おじいちゃん、おばあちゃんも一緒に活動をします。
こうやって地域全体を巻き込むことが、子どもたちに対する温かい空気につながると思っています」。
町の目指す暮らしを体現する企業と、それに共感した人々が受け継ぐ町を思う気持ち。そんな温かな空気感がこの町のにぎわいをつくっている。
〇地方だけでなく都市部でも広がる新たな動き
「ここにいたら10人でも子どもを産める。さすがにそれは冗談ですけど、ほんとにそれくらいいても大丈夫だと思えます」と話すのは、東京で3人の子どもを産み、育てた山下由佳理さん。彼女が住むのは、東京都多摩市
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北部に位置する京王線聖蹟桜ケ丘駅から徒歩5分のところにある「コレクティブハウス聖蹟」
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である。
コレクティブハウスでは子育て中の家族、一人暮らし、大人だけの世帯が共に暮らしている。
シェアハウスとは異なり、マンションのようにそれぞれが独立した専用住居を持ちつつ、居住者全員が使える共用スペースを設けることによって生活の一部を共同化するという暮らし方だ。
20の住戸がある聖蹟のハウスには現在、0歳から70代の大人20人、子ども7人が暮らす。
共用の廊下やホールには子どもたちが学校や保育園で作った作品が飾られている。
大人たちは共用ダイニングで本を読んだり、時には他の住人とお酒を飲んだりして過ごし、子どもたちは共用ロフトや庭で遊ぶ。
月の半分ほど開催されている共同の夕食づくり(コモンミール)などでは大人も子どもも同じ時間と空間を共有している。
「ここは多世代の暮らしだから、困りごとがあるのが育児世帯とは限らないんです。
高齢の方に自分ができるサポートをすることもあれば、逆に子どものことを手伝ってもらうこともある。
お互い様だからこそ卑屈にならずに済むのが心地よい」と山下さんは話す。
取材中、子どもたちは共用ダイニングを走り回っていたが、その遊び相手をしていたのは、そこに居合わせた住人たちだった。
ある住人は、「お願いしなくても誰かの目が自然と子どもに向いているので、とてもありがたいです」と話す。
コレクティブハウス聖蹟には、居住者がそれぞれのあり方を許容し、互いに居心地のいい空間を作る〝良き隣人〟のような関係性があった。
〇今の時代に必要なのは「安心感」と「選択肢
小さな町にも都会の中にも、子どもを暮らしの中で受け入れている空間は存在する。
そういった空間では血縁関係によらず、そこにいるみんなが子どもを見守り、子どものいる暮らしを楽しんでいるように見えた。
子どもへの温かな空気を日々、肌で感じているからこそ「自分もここでなら何とかなる」と思えるのだろう。
だが、こうした空間の中で生まれる安心感は一朝一夕で醸成されるものではない上、子育て世代の全員がこうした環境に身を置くことができるわけでもない。
仕事の都合がある人もいれば、〝ご近所付き合い〟のような近い関係性が苦手という人もいるだろう。
そういった夫婦が安心感を得るためには、出産・育児の専門家を頼ることも、選択肢の一つになり得る。
本特集のイントロダクションでも紹介した、民間の産前産後ケアセンターであるVitalité House(川崎市中原区)には24時間助産師が常駐しており、サポートが必要な時や不安になった時に日夜問わず、いつでもお母さんに寄り添ってくれる。
施設長で自身も助産師である濵脇文子さんは「赤ちゃんも1年生なら、お母さんも1年生。
お母さんだから育児の全てを知っているわけではありません。
両親を頼ることができない人が多い中、必要なのは縦だけでなく、〝斜め〟の関係です」と、血縁だけに依らない関係性でのサポートの重要性を指摘する。
こうした専門家による〝斜め〟からのサポートが、夫婦にとって心強いことは確かだ。
だが現状、民間の産前・産後ケア施設の利用料金はすべて自己負担であり、利用者の経済状況によっては、高額でハードルが高い。
こんな時こそ、国の出番である。
政府は少子化対策の予算
=議員定数3割削減による予算増か!=
の多くを、今回の施策の目玉となる経済的支援の拡充に充てる予定だ。
だが、金銭面の支援に傾倒せず、本質的なことに予算を配分し、夫婦が安心して育児をスタートできる環境を整えるべきだ。
濵脇さんは言う。「『子育ては楽しいけど大変』を『大変だけど楽しい』にしたい。
そうすれば、自然と2人目も欲しいと思えるようになっていくはずです」。
結婚も出産も、あくまで自由意思であることは論を俟たない。
だが、不本意にもその機会を逃してしまう人たちが多くいるのが現状だ。
そういった人たちを減らすために、今やるべきことは、若者、夫婦、子育て世代を取り巻く環境を直視して、彼らの「本音」に寄り添い、安心して出産・育児をできるような選択肢を用意することだろう。
それが、「これなら子どもを育てられる」という安心感を醸成し、結果として子どもを持つことへの後押しにつながるのではないだろうか。