日々是好日日記

心にうつりゆくよしなしごとを<思う存分>書きつくればあやしうこそものぐるほしけれ

安倍晋三氏を殺した男の文章力

2022年07月25日 07時29分38秒 | 政治
 「ご無沙汰しております。『まだ足りない』として貴殿のブログに書き込んでどれぐらい経つでしょうか」で始まる文章、これは7月10日に安倍晋三元首相を私製ピストルで殺害した容疑者が松江市に住むルポライターの知人宛てに事件前日岡山市内で投函した手紙の書き出しである。いきなり本文を始める「構成」、筆者の切羽詰まった感情を伝える切迫感がよく表現されている。次いで「私は『喉から手が出るほど銃が欲しい』と書きましたがあの時からこれまで、銃の入手に費やしてまいりました」とし、「その様は」として自身が「敵」とする「宗教団体」に全財産を注ぎ込む信者たちの情念と同様の強さであると、自虐的にかつこれから起こす行動への高い熱度を表現する。ここが全体の起承転結の「起」にあたる部分だ。
次いで、これまで30年に及ぶという宗教団体(「統一教会」)と自分との確執、母の入信から1億円を超える寄進とそれによる一家破産・家庭崩壊の中で過ごした10代を振り返り、今の自分の自己崩壊の原因はすべてそこに有ったとまでいう。その崩壊の説明に入るが、ここでは全体を長期にわたる家庭内での惨憺たる確執・角逐情景を体言止めで語る。ここまでが起承転結の「承」の部分である。
ここから一転して彼が第一等の敵とする「教団」の説明に入る。通称「統一教会」の創始者の人柄について、その教団内での「現人神」という評価の、その外側でささやかれている長く語られてきた評判を述べ、これをこの社会が生み出した「人類の恥」と一括して吐き捨てる。この部分ではもはや経済破綻から生存時間の無い彼にとって、時間のみならず経済的にも手の届かない「ターゲット」を取り替えるしかない展開を述べる。ここで一気に彼の最終ターゲットが安倍晋三元首相しかないと一転するのである。
起承転結の「転」は文字通りの「転」で、彼にとって真の攻撃対象はこの新興宗教?教団を創始した故文鮮明氏につながる一族一家、韓鶴子氏とその子らであるが、どうやら一族の中に内紛もあって一家には堅固な一体性が無いために攻撃対象として集約し難いことを挙げてこれを対象から外すことを書いている。しかし、この段落は文脈の乱れもあって説得性が乏しい。後に警察などからの情報として韓鶴子氏がコロナパンデミックで訪日できないこと、容疑者自身渡航費が無いために韓国に行けないという二つの理由で文鮮明一族をターゲットから外さざるを得ない事情が明らかになってくる。
こういう論理をたどった上でついに「結」に至る。「苦々しくは思っていましたが、安倍は本来の敵ではない」、「あくまでも現実世界で最も影響力のある統一教会シンパの一人であった」という理由をもって暗殺対象に決定する。「安倍の死がもたらす政治的意味、結果、もはやそれを考える余裕は私には有りません」で終わる。この少々説明を端折った部分については捜査当局ではなく、法廷での供述に期待したい。
一片の文章としてみると、今どきのネットにあふれる若い人たちの貧弱な文章力とは段違いに、構文、文体、用語の使い方などしっかりしている。教育を受ける機会を与えてほしかった、という読後感が強く残った。