画竜点睛

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続・どうでもいい話

2011-06-05 | 雑談
深夜3時近くのことだったでしょうか。イヤホンで音楽を聴きながら少しずつ書き進めているブログの記事を開いて文章を練っているとき、チューンという音がしたかと思うと突然舞台が暗転したように目の前が真っ暗になりました。停電したのです。

「しまった、工事停電があるの忘れてた」

と後悔しても後の祭り。心の中でいくら悪態をついても電気は付いてくれません。仕方なく真っ暗闇の中を手探りしながらおっかなびっくり玄関まで進み、取っ手を探り当ててドアを開けると、幸いなことに廊下の明かりは消えていませんでした。そのままドアを開けていれば一条の明かりが部屋の中に漏れてくるのはいいのですが、だからといってずっと体でドアを支えていてもどうなるものでもありません。分身の術が使えるわけではないからです。諦めてドアを閉め、再び闇に閉ざされた部屋の中に戻りました。

その日は夜にうたた寝してしまったせいで、眠気は全くありませんでした。とりあえず停電が何時まで続くのかを確認してから今後の身の振り方を決めようと思い、停電のお知らせのチラシを置いたと思しき場所をほとんど当てずっぽうに手でまさぐってみます。最初に手に触れた紙片をつまみ上げ、玄関に取って返してドアを開け薄明かりの下で見てみると、奇跡的なことに最初に探り当てたそれがまさに停電のお知らせのチラシでした。

ほかのときならこの引きの強さににやけた笑いの一つも出そうなところですが、こんな状況では笑う気にもなれません。チラシには停電時間が午前3時から6時までと記載されています。えーっ、3時間も停電するのか、まいったなあ、と思いながら中に引き返しました。

部屋に戻り、椅子に座って考える人のポーズで考えを巡らせます。このときにはすでに停電が終わるまで起きていようという決心がついていました。しかしこう真っ暗では部屋の中では何もしようがなく、時間のつぶしようがありません。他に考えられることとしては、コンビニで雑誌を立ち読みするくらいのことしか思い浮かびません。こんな時間に外に出るのは億劫ですが、部屋の中でじっとしていても埒が明かないので結局外に出ることにしました。

その前にまず躓かないように用心しながら部屋の奥に進み、財布を探してポケットに収めます。ついでにカーテンを開けて外の様子を見てみると、向かいのビルの窓にはいくつか明かりがともっており、その光で部屋の中の様子がシルエットのように浮かび上がりました。雨が降っていたので出掛けに傘を持つのを忘れませんでした。

エレベーターも当然使えないので非常階段で1階に下ります。コンビニの方向に近い裏口に通じる扉を開けると作業着姿の人が三、四人おり、変電室の扉を開けて何やら作業(もしくは作業の準備)をしていました。その前をそそくさと通り過ぎたあと傘を広げ、裏口を開けて道路に出ます。外の様子はいつもと変わりなく、何となくほっとした気分になりました。

時間が時間なので、歩いて2分のところにあるコンビニには人影が全くありません。以前は深夜でも客足が絶えることはなかったような気がするのですが、これも震災の影響でしょうか。中に入ると雑誌棚の前に店員が一人いてダンボールを開け、商品を取り出してせっせと運んでいました。

適当に雑誌を一冊手に取り、パラパラとめくってみます。斜めうしろの店員の気配を気にしつつ記事に目を走らせてみるものの、あまり頭に入ってきません。最初は立ち読みで何十分か粘るつもりだったのですが、5分も経たないうちにもう降参という気分になってきました。

結局読みかけの雑誌とお茶を買い、入店して10分も粘れないうちにすごすごとコンビニをあとにしました。停電しているといっても非常灯などは点っているので、少々暗くても雑誌を読むくらいならさほど支障はないだろうと判断したのです。

マンションに戻り、非常階段を上ってとりあえず3階の踊り場に腰を落ち着けることにしました。

周りが暗いせいか、非常階段の照明でもそれなりに明るく感じられます。お茶の蓋を開けて一口飲んだあと、買ってきた雑誌を照明の下で広げました。

記事の中で気になるのは、やはり原発事故関連のものです。これについてはいまだに疑問だらけで、断片的ないくつかの事実から一つの結論に安易に飛びついていいものかどうかという思いが拭い切れません。新たな事実が明らかになるたびに疑問が解消されるどころかむしろ増殖していくばかりで、どこまでいってもこれが核心だと思える手応えが感じられないのです。はっきりしているのは放射性物質の拡散予測が事前に知られていながら避難指示が出されなかったこと、想定される事態に対して打てる手が何一つ打たれていないということです。要は何もせず放置されているのと同じことです。(唯一なされたのは知り得た情報を故意に言い落としたことだけです)

記事を読みながらもやもやした思いでそんなことを考えているうちに、ずっと立ちっ放しなので腰が痛くなってきました。また裸眼で小さい文字を追っていたせいか、目も疲れてしょぼしょぼします。雨は相変わらず降り続いており、風があるせいで霧のような水滴がときどき腕に当たるのを感じました。今何時頃だろうと思っても腕時計を持っていないので、時間を知るためには部屋まで戻るしかありません。ちょっと早すぎかなとも思いましたが、時間の確認がてら一旦部屋に戻って眼鏡を取ってくることにしました。

僕の部屋があるのは8階で、3階から5階分上がるのは結構体に応えます。ドアを開けてとりあえず傘を置き、中に入って眼鏡を胸のポケットに入れました。目覚まし時計で時間を確認すると、ようやく4時を過ぎたところです。うわっ、あと2時間もあるのか、とげんなりした気分で元の場所に戻りました。

眼鏡をかけると雑誌が格段に読みやすくなり、文章を読む速度が上がりました。さして興味があるわけでもない記事も舐めるように読み尽くし、時間をつぶすことにのみ専念します。長時間霧雨交じりの風にさらされたため体が冷え、気のせいか喉の奥に違和感を感じ始めました。

雑誌を読むのにも疲れぼけっと下の道路を眺めていると、新聞配達と思しき自転車がとまっているのが目に付きました。見るともなく見ていると案の定配達の男性が戻ってきて自転車にまたがり、左方向へと去っていきました。

時間の経過とともに忍耐力も低下し、5分と同じことをしていられません。6時までにはまだ1時間程度間がありそうだとわかっていても、そろそろ6時に近いんじゃないかいう根拠のない希望的観測が働いてもう一度時間を確かめたくなってきます。その甘い誘惑に抗し切れず、またぞろ時間を確認しに8階まで上がることにしました。

鍵を掛けていないドアを開け中に入って時計を見ると、やはり5時を少し回ったところです。希望的観測は無残に打ち砕かれました。唯一救いに感じられるのは、窓を通して見ると曇天の中にも鈍い光が兆し始め、部屋の中がぼんやりとした輪郭を取り戻しているように思えることです。

非常口を開けて外に出るとまだあたりは暗く夜明けの気配は微塵も感じられないのに、踊り場の照明は明らかに輝きを失い色褪せたように見えます。まさか時間帯によって照明の明るさが自動的に調節されることもないでしょうから、外が明るさを増したことによって相対的に非常照明の照度が落ちたように感じられるのでしょう。

雑誌を広げてみても明らかに薄暗く感じられ、文字が読みづらくなったように感じられます。が、慣れとは恐ろしいもので目はすぐにこの薄暗さに順応しました。

もはや熱心に記事を読む気力もなく漫然と字面に視線をさまよわせていると、下のほうから人の上ってくる気配がしました。一体誰だろう、と疑問に思う間もなく姿を現したのは、先ほど道路の先で見かけた新聞配達の男性でした。何階まで上がるのか知りませんが、エレベーターが使えずご苦労なことです。

数分後新聞配達の男性が下りてくるのをやり過ごしたあとは、再び退屈との我慢比べの始まりです。とはいえ残り時間は1時間を切っており、空からも着実に闇の色が失われつつあります。下車する駅が近づいてきた旅行者のように自然とそわそわした気分になり、思いははや停電後のことに飛んでいました。

しばらくするともはや照明が照明の役割を果たさなくなり、階段の踊り場にとどまっている意味もなくなってきました。今はもう部屋の中も同程度の明るさになっているはずですから、同じ待つなら部屋の中で待つほうが断然いいに決まっています。

いよいよ踊り場から撤収する決意を固め、雑誌と飲みかけのお茶を持って階段を上がりました。

部屋の中に入り雑誌やお茶や財布を適当な場所に置き椅子に落ち着くと、やれやれという気持ちになりました。もっとも時刻はまだ5時半で、万一工事が延長される場合を考えると少なくとも30分以上は待たなければならないことになります。むろん予定より早く終わるケースも考えられなくはありませんが、それは最初から期待しないほうがよいでしょう。

部屋の中でもやれることといえば、結局雑誌を読むか本を読むかしかありません。今さら雑誌を読む気にもなれないので、窓に近いベッドの端に腰を下ろして読みかけの本を読むことにしました。この読みかけの本のことについて書き始めると長くなりそうなのでまたの機会に譲ります。

最初はさほど熱心に読むつもりもなかったのに、読み始めるとついつい引き込まれ、停電などもうどうでもいいという心境になっていました。こうなると時間の経つのは早いものです。あっという間に6時を過ぎ、突然響いてきたウィーンという異音に我に返りました。FAX電話が起動し始めたのです。時刻は6時を5分ほど過ぎたところでした。

電気が通じると一斉に電気製品が稼動し始め、部屋全体が息を吹き返したように感じられました。こうしてわずか3時間の停電を経験しただけでも、電気が当たり前のように使えることがいかにありがたいかを身に沁みて感じました。

その後も結局30分近く本を読み続け、疲労も限界に達したところでようやく寝床に就きました。翌日(というか当日)の昼間は頭が重く眠気を抑えるのに苦労したことはいうまでもありません。

次に停電を経験するのはいつになるかわかりませんが、再びこういう目に遭わないようランタンの一つくらいは備えておこうと思った次第です。

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