☆・☆・☆富貴屋倶楽部☆

高齢者の目から見た、身の回りの出来事を、
そこはかとなく書き連ねました。

◆ 岩手県『三陸旅情』よ 再び

2021年10月03日 | ▼平成二十三年東北地方太平洋沖地震

●「三陸旅情」 (ビクター) 歌 高田 和明
             荒川利夫作詞・水島正和作曲・竜崎孝路編曲




高田和明 『三陸旅情』




 今は、震災の甚大さに、政府も後手後手でもどかしいですが、必ず「三陸旅情」の歌詞にある♪こんなきれいなふるさと持った♪と誇れる復興が実現できると確信します。

●三陸海岸(さんりくかいがん)は、東北地方の太平洋側、青森県南東端から岩手県沿岸部を経て宮城県の牡鹿半島までの海岸の総称。
総延長600km余り。
日本有数のリアス式海岸で、観光および世界三大漁場「三陸沖」などでの漁業が主要産業となっている。

●震災前の三陸沿岸(読み込みにチョット時間がかかります)


DiamondsM37's channelを使用させていただいています。
(2011/04/14 にアップロード
今から1年7ヶ月ほど前、友人と三陸海岸を旅しその美しい景観を映像に収めました。2­011年3月11日の午後、この全てが一瞬にして消えてしまいました。)
とコメントが付記してあります。

●震災後も祭りを大切な事として再開し、復興への気力・団結を盛り上げています。




●本州で最も東に位置している重茂半島(オモエハントウ)にあるトド(魚偏に毛)ヶ埼灯台
東経142度4分21秒・北緯39度32分48秒
映画「喜びも悲しみも幾年月」のゆかりの灯台としても有名
 

●高田松原(たかたまつばら)
日本の岩手県陸前高田市高田町の海岸に設けられた江戸時代以来の防潮林であり、
白砂青松の景勝地であった。
2kmにわたって続く弓なりの砂浜に松林が形成されていた。
 その砂浜は、西進して広田湾(ひろたわん)で太平洋に注ぐ気仙川(けせんがわ)が形作ったものである。
背後には氷上山(ひかみさん、標高874m)が聳える。



 2枚の写真の上の写真は震災前。松原が景観をなし、海には多くの 養殖イカダ が浮かぶ。
       下の写真は震災後。7万本も植えられていた松原は消えた・・・。
 
●震災前に7万本あった松並木も      1本だけ奇跡的に残った松    (復元された一本松)だけになりました。
              
●東日本大震災被災地復興への願いを込めて、国内自動車メーカー14社が製作した10分の1サイズの「希望の一本松」
         

コメント (2)
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◆ 驚きました! 岩手県陸前高田市 復興10年目の姿が 凄いです!

2021年09月25日 | ▼平成二十三年東北地方太平洋沖地震
岩手県陸前高田市 復興10年目の姿 Vol.1 ~まちづくりの軌跡をたどる~

 ユーチューブですので、画面を タップ あるいは クリック して ご覧下さい。
岩手県陸前高田市 復興10年目の姿 Vol.2 ~高田地区・今泉地区~


東日本大震災から10年・復興と課題/現地写真レポート(文・写真:山村武彦氏)

https://bo-sai.co.jp/10nen.html(クリックで上記の 筆者山村武彦氏の貴重な記事・写真が見れます)
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◆ 保存版写真集・「未来へ伝えたい 陸前高田」~おらぁやっぱりここがいい~のご紹介

2011年12月15日 | ▼平成二十三年東北地方太平洋沖地震

           おらぁやっぱりこごがいい
           大津波で全部なぐなっても
           地震でぼっこっされでも
           やっぱこの街が好ぎだ
           やっぱこごに居だい
           こごぁ一番だ
           二度と同じけしぎぁ見れねぁども
           二度と同じ建物ぁただねぁべども
           おらどの目にぁしっかり焼ぎついでいる
           わっせるごどねぁ あの景色
           おらどの街
           やっぱりこごがいい

※この詩は出版元の「タクミ印刷有限会社」の 社長さんが
書かれたものです。
 岩手弁で書かれてるだけに、音読すると思いがより強く伝わります。
「タクミ印刷有限会社」タウンページ記載一冊1500円です。
被災前の街並み、写真集に・・・
※この写真集は、夫は出席できませんでしたが、予定していた還暦祝いを急遽、今回の大震災で命を落とされた「同級生を偲ぶ会」として開かれた「昭和41年度卒気仙中学校学年同窓会」から送ってきたものです。
※全96ページのA4判で、
◎最初の51ページは「思い出の陸前高田」で、
「おらどの目にぁしっかり焼ぎついでいる わっせるごどねぁあの景色   おらどの街」が、
・高田松原 ・古川沼 ・第一球場 ・氷上山からの眺望 ・広田湾 ・45号バイパス沿い
・高田町の街並 ・今泉 ・米崎町 ・小友町 ・広田の漁港 海水浴場
・高田高校 旧広田水産高校 ・今泉保育所 気仙小学校 気仙中学校
・高田小学校 小友小学校 広田中学校 小友中学校 ・陸前高田駅 竹駒駅 ・脇ノ沢駅 小友駅 ・行事イベント ・高田町うごく七夕 ・気仙町けんか七夕 ・高田町五年祭
・気仙町今泉五年祭 ・懐かしのイベント と
美しい写真で紹介されています。
◎次の見開きは「3月12日の朝」で
 地震と大津波が過ぎ去った翌朝の「変わり果てた街」のシルエット。
◎次の見開きは「2011.3.11 15:28」で
 必死に津波に耐える高田松原の松を超えて、気仙川を遡り建物をなぎ倒す津波
◎次の見開きは「津波」で
 分毎に街を襲う津波の猛威。
◎次の見開きは「2011.3.11 15:28:32」
 高田松原の松が・・・踏ん張って立っているのは4.5本・・・
 街を飲み込む津波。
◎次の見開きは「津波」で
 最大の津波が「異様な匂いと煙」を巻き起こしながら街を襲う。
 誰かがつぶやく「高田は終わりだ・・・・」
◎次の見開きは「2011.3.11 15:40:50」
 ・・・・・・・・・言葉もない・・・。
◎次の10ページは空撮での「被災後の陸前高田」
 一ヶ月半後の陸前高田の各地区・・・
◎次の8ページは「震災後の変わり果てた風景」
 いたる所に大量のガレキが・・・。
◎次の14ページは「被災前の風景」と「被災後の風景」
見比べて見ながら、ここに暮らしていた人々のことが思われました。
◎最後は「発刊にあたり」
 震災で このタクミ印刷有限会社も被災し、撮り続けてきた写真データも
 全て流出したものの、再開して3か月が過ぎた頃、W様が沢山の写真を
 持参してくれ、「被災前は当たり前だった様々な場所の写真を見て涙が
 溢れ」「この風景を歴史の中に残しておきたい・・・という思いが強くなり
 この写真集の製作がスタート」したのだそうです。
そして「これを機に私たちも気仙復興と、やっぱりここがいいと自慢できる街づくりを目指して微力ながら努力していきたいと思います。」と決意で締めくくってあります。
 この写真集に目を通す人達にも、気仙復興の決意がみなぎることと思います。 、

 
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◆ 原発放射線廃棄物、廃棄・リサイクル の怖さ。

2011年11月02日 | ▼平成二十三年東北地方太平洋沖地震
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◆ 日本郵便って 凄い!震災地・避難所宛ての 手紙 はずーっと届けてくれてた!

2011年04月01日 | ▼平成二十三年東北地方太平洋沖地震
被災地への郵便事情は、郵パックは回復が遅れたけど、
避難所宛ての 手紙 は届けてくれてました!

郵パックや、宅急便は3月22日に被災地に届くようになりましたが、
手紙は、被災直後から、道路状況が可能な限り、避難所宛てでも届けてくれています!
日本って 凄い国だと、改めて感動しました。

 以下は 日本郵便 のサイトから。
●お知らせ

東北地方太平洋沖地震による郵便物の送達遅延等およびゆうパック等の引受けの停止について(3/13 17:00現在)
平成23年3月13日

3月11日(金)に発生した東北地方太平洋沖地震により、郵便物、ゆうパック等につきましては、以下により引受け停止等のお取扱いをさせていただいておりますが、本日、北海道あておよび北海道からの引受けにつきまして、一部サービスの提供が可能となりましたので、お知らせします。
ご利用のお客さまには大変ご迷惑をお掛けしますが、ご理解賜りますようよろしくお願いいたします。

郵便物の送達遅延等
青森県、岩手県、宮城県、福島県および茨城県の太平洋沿岸地域を中心に、車両通行制限、立入り禁止地域、当社施設の被災等により、配達ができない場合が下記配達困難地域内に生じております。
当社としては、このような地域にあっても、郵便が重要な通信手段であることから、避難所等が設けられたところには配達先を調査の上、配達に最大限の努力をいたしますが、引き受けた郵便物をやむを得ずお返しせざるを得ない場合がありますことにご理解を賜りますよう、よろしくお願いいたします。(赤字表記は当方でしたものです。原文は赤字ではありません。)

  ●☆知人の方の避難所が判明したら、励ましのお手紙を!
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◆ 地震と津波後の 岩手県陸前高田市気仙町福伏あたりの 空中写真です。

2011年03月21日 | ▼平成二十三年東北地方太平洋沖地震
↓画面が見にくい時は最下段にあるスライダーを利用してご覧ください。↑














       ↓見にくい時は最下段のスライダーでスライドさせてください。
         

         

 実家は 少し高台にあります。
 岩手テレビのホームページの被災・安否情報の名簿で岩手の実家の兄夫婦と長男の嫁(長男は出漁中で沖合いの船にいて無事)の無事をようやく確認できました。
避難してたのは、近くの月山神社の道場でした。
 これで、兄弟姉妹家族だけの無事は全て確認できました。
親戚の安否情報は、まだつかめていません。
名簿がネットでも見れるようになりましたので、順次閲覧していきます。
3月22日追記
携帯電話がつながる様になり、連絡が直接とれました。
あの、地震・津波・大火の気仙沼の姉二人の家も倒壊せず無事。出先の店舗は街中の為焼失。陸前高田気仙町の本家の家も高台の為無事。ただ、陸前高田市高田の3番目の兄の家は津波で破壊、兄嫁は実家に避難して無事。
携帯の情報では、食べ物がなくなってるそうで、カップめん 見たいなのが希望の品だとのこと。缶詰も缶きり同封で宅急便で送ります。
黒猫大和は動き出してるそうです。
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◆ 本州は東に243センチ(8フィート)動いた!!!!!マグニチュードも9.0に修正!!!

2011年03月13日 | ▼平成二十三年東北地方太平洋沖地震

 今回の大震災の凄さが分かる記事です!!!
2011年03月12日18時48分
提供:ロケットニュース
『巨大地震発生から24時間以上がたった。津波警報が発令され続ける中、救助活動は懸命に続けられている。

海外メディアは今現在もトップニュースでこの地震を報道しているが、地震の大きさ、津波の凄まじさを考えると、地震、津波対策がされている国、地域だった故に、被害は少なくすんでいると報じている。

今回の地震は多くの死傷者を出してはいるものの、昨年ハイチを襲った大地震の700倍という大きさににも関わらず、ハイチでは22万人以上の死者を出しているのに比べれば、その被害は少なく済んでおり、それは地震、津波への意識、対策が高い日本だからこそであったと海外メディアはレポート。アメリカ地質研究所のデイビッド・アップルゲート氏は「このレベルの地震に耐えられるとすれば対策がしっかりとされている日本くらいだ。」とコメントしている。

この地震のエネルギーはアメリカの1ヶ月の消費エネルギー程度という凄まじさで、今回のこの地震により本州は東に243センチ(8フィート)動いたとアメリカ地質研究所は発表している。 (原文 The force of the quake was so strong that it moved the island of Honshu 8 feet to the east, said USGS geophysicist Ken Hudnut.)

またNASAによれば地球の自転も1000万分の16秒早まったといい、この地震の大きさがうかがえる。』

●3/13追記
 マグニチュードが9.0に修正された!!!
●3/18追記
 記事より引用
東北沖大地震:観測点4メートル移動 宮城・河北、史上最大
 東北沖大地震を受け、政府の地震調査委員会は11日午後9時から文部科学省で臨時会を開いた。臨時会の開催は、09年8月の駿河湾地震以来。

 委員会では、国土地理院が地震直後から2時間の全地球測位システム(GPS)によるデータを解析し、河北観測点(宮城県)で最大4メートル東南東に移動する地殻変動が確認されたことを報告した。国土地理院の斎藤隆・測地観測センター長は「(変動幅は)観測史上最大ではないか」と述べた。同地点が、約70センチ沈んだことも確認された。委員長代理で地震予知連絡会会長の島崎邦彦・東京大名誉教授は臨時会終了後、報道陣に「(全体像の把握には)今後何度か議論をする必要がある。我々の想像を超えた事態が起きた」と硬い表情で答えた。

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◆ 東北地方太平洋沖地震(気象庁の命名)・東北関東大震災(報道の呼び方)の 地震直前前兆現象?

2011年03月13日 | ▼平成二十三年東北地方太平洋沖地震
 ↑新聞掲載の写真

今回の地震の凄さと被害の甚大さに、テレビ画面に釘付けになりながら、心臓はドキドキ、からだは震え、手は冷たくなりました。
津波の恐ろしさ、あの家の中には、車の中にはきっと人がいると思われるのに、飲み込まれ流されていく・・・。
それに加えて怖さを増大させているのは、何箇所かある 原発!
人間が、都合よく想定した安全対策は、地震に対しては無力に等しい!
冷却水を冷やす発電機が動作しない・・・。
チェルノブイリの悪夢がよぎる・・・。
●3月13日訂正追記
チェルノブイリの事故でなく、スリーマイル原発事故と同じ事故
だと、
ブログ・北の国から猫と二人で想うことの記事から知りました。
▼炉心溶融・メルトダウンとは?
 「炉心溶融」は「メルトダウン」とも言われ、原子炉で想定される最悪の事態といわれ、32年前、アメリカのスリーマイル島で起きた原発事故がこれだそうです。

 1979年3月28日、アメリカ北東部・ペンシルバニア州のスリーマイル島原子力発電所で起きた事故は、機器の故障や人為的な操作ミスが重なった結果、「メルトダウン」が起きたのだそうです。

 冷却水が失われて原子炉の水位が下がったことで、燃料棒が水面に露出し、中の放射性物質の熱が冷却されなくなって蒸発が促進され、原子炉が一種の「空焚き」状態となった結果、温度が上昇し、燃料棒が溶け出したのだそうです。
水蒸気爆発を起こす可能性もある、極めて危険な状態なのだそうです。
 この時、検出されたのが、ウランの核分裂によって生じる核物質「セシウム」
今回、福島第一原発の周辺で検出されたものと同じです・・・

▼今にして思えば、私の身の回りで地震の直前前兆現象らしきものがおきていました。
毎夜聞く、NHKラジオ深夜便 が途中から聞こえなくなり、チャンネルをどんなに合わせても雑音や、韓国か中国の電波を拾う ことが ここ数日ありました。
 知人の飼い犬(室内飼い)が 数日前から、原因不明の・・・医師によると「自律神経失調症?」・・・で 神経質になり 何かを怖がっていた、ということです。
 今回の地震でお亡くなりになられた方々の ご冥福をお祈りします、とともに、
被害にあわれました方々の ご心痛をお察しいたします。
 政府の万全な 救援、支援と復興対策を 切に希望します。
政党対立を超えて、国民のため 協力し合い、智慧を出し合って、団結して対処して欲しいと、思います。
コメント (8)
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