
いうまでもなく、ビクトリノックスとウェンガーはスイスアーミーナイフの二大メーカーである。“事件”自体がバカバカしくてそんな感想くらいしかなかった。
この国は権力も民衆もナイフに対して潜在的に異常なまでの怖れを示す。今回の逮捕劇の主役となったスイスアーミーナイフなど、たかが刃渡り10センチ足らず(報道によると8.6センチ)のおもちゃのようなナイフである。家庭の台所にある包丁のほうが武器としての有効性ははるかに高い。
それでもナイフというと大騒ぎをするのは、権力が民衆の武装を極端に怖れるからだろう。秀吉の刀狩り(1599年)以来の伝統であると同時に、男の本能が失われつつある国らしい現象だ。
現実には、法律(銃刀法)で、業務その他正当な理由による場合を除いて刃渡り6センチメートルを越える刃物の携帯が禁じられている。刃渡り8.6センチメートルを携帯した“正当な理由”を警察官に納得させられないとなると、売れっ子漫画家さんが「御用!」を食らってもしかたあるまい。運がなかった。
以前、キーホルダーに「クラシック」という、全体で6センチに満たない小さなスイスアーミーナイフをつけていた時期があった。ナイフと爪ヤスリ、ハサミ、ツースピック(楊枝)、ピンセット(刺抜き)しかないが、何かとしごく便利だった。まわりの仲間もあいついで真似をした。
だが、そのひとりがパクられた。銃刀法ではなく、軽犯罪法で挙げられたのである。
たとえ、6センチメートル以下でも、軽犯罪法ならリッパに引っかかるというのをはじめて知った。ナイフの寸法に関係なく、やっぱり“正当な理由”なくして携行すると犯罪になる。
それを知ってから「クラシック」はキーホルダーから外し、通勤に使うバッグにさえ入れていない。ぼくが正当と思う理由が世間では非常識になることくらいよくわかっているから抵抗する気はさらさらない。法律がナンセンスだと嘲笑してみても、これが日本という国の基準なら従うしかない。
でも、あえていう。スイスアーミーナイフは、さまざまな便利ツールにナイフのブレード(刃)が含まれているという程度の代物である。ブレードの品質は高いが、武器としては物足りない。
スイスアーミーナイフという小道具には、むろん、物を“切る”というナイフ本来の機能も求められるが、あくまでもそれ以外のハサミ、ドライバー、缶切り、栓抜き、ドライバーなどのコンパクトな工具類が魅力なのであって、ナイフのブレードはそれらと同列に位置する。
これらのかわいい工具類は、シビアな作業に対してだと限界があるだろうが、キャンプをはじめアウトドアなどの非日常の状況下ではなにかと重宝する。それと、アウトドアにかぎらず、一般の旅のお供にちょうどいい。
単身出張のパリで、帰国を翌日に控えた日の昼、たまたま荷物を置きに戻ったホテルの部屋でギックリ腰になってしまったことがある。取引先に電話をして、その日の午後から夜にかけてのミーティングを全部キャンセルし、ホテルのフロント経由で医者の往診を依頼した。そのあと、ぼくがやったのは帰国のための荷造りだった。
痛みをこらえてクローゼットに掛けたスーツやコートを床に放り出し、ワードローブの中から下着やらワイシャツ類を取り出し、翌日に使うための必要最小限を残してスーツケースに詰め込んだ。こんな作業は意地でも他人にやってもらいたくない。
ほかにも書類やら商品見本などを持ち帰るもの、航空便で送るものと分けて荷造りをした。包装紙は持参した社用の大型の封筒をばらし、クラフトテープで作った。それらを縛ったのは非常用に携帯していたパラシュートコードだった。床を這いまわり、寝転がりながら、スイスアーミーナイフを使ってこれらの作業をこなした。
戦場で傷つき、動けなくなった兵士が、身を隠すシェルターを作るような心境だった。常々、本物のナイフはこんなヤワなもんじゃないとスイスアーミーナイフを侮っていたが、あのときは切れ味のいい薄いブレードがなんとも頼もしかった。
ただ、いまならぼくはスイスアーミーナイフではなくてレザーマンのツールナイフを持っていく。ツールナイフの出現でラジオペンチの携行が不要になった。
ぼくがもっているツールナイフはレザーマンのシリーズのいちばん最初のバージョンだからまだまだ完成度が低い。
ときどき、2本目をどれにしようかと、ほかのメーカーのものも含めてカタログを眺めたり、ショップで実物を見ながら検討しているが、このところ、海外出張は若い人たちにお任せしているのでなかなか買う理由が見つからない。かといって、実際のキャンプでは専用のナイフやプライヤーがあるからツールナイフ自体の出番がさっぱりない。
本当は災害などに備えてクルマのグローブボックスやコンソールボックスにツールナイフを放り込んでおきたいのだが、刃渡りが6センチを越えると、「銃刀法違反なのだ! 逮捕なのだ!」と職務に忠実なおまわりさんにインネンをつけられてしょっ引かれる可能性がある。
災害など、いざというときに頼れそうな小道具なだけに悩みどころである。
<参考>
「銃砲刀剣類所持等取締法」
第22条 何人も、業務その他正当な理由による場合を除いては、内閣府令で定めるところにより計った刃体の長さが6センチメートルをこえる刃物を携帯してはならない。(以下略)
「軽犯罪法」
第1条 左の各号の一に該当する者は、これを拘留又は科料に処する。
1.(略)
2.正当な理由がなくて刃物、鉄棒その他人の生命を害し、又は人の身体に重大な害を加えるのに使用されるような器具を隠して携帯していた者(以下略)
ツールナイフを意外と使います。ライト付きだと
夜間の車中の捜し物などで重宝します。
今まで警察官さんの職質からは無縁でしたが、運が
良かっただけなのかも知れません。
ナイフの刃を落としてオリジナルのものにする工夫を
したいです。
何か良い方法はありますか?