
■ 焚き木拾いにはどんな道具が役立つか
少年たちの名前を教わった。
Sora君とKaede君で同じ小学5年生のいとこ同士だった。お母さんが姉妹だという。あとから加わったのはSora君の弟のShin君で3年生。静岡のF市からきているそうだ。
ぼくのテントへ再び、それも3人でやってきたのはプレゼントしたロープを使ってみたくなったからだったらしい。Shin君にも色違いではあるが薪拾い用のロープを作ってプレゼントした。
あとでお母さんのひとりから聞いてわかったのだが、もう、薪はたっぷりあって必要なくなっていた。ぼくにとっては彼らと遊べればそれでよかった。
前日、このキャンプ場に着いてすぐ少年たちはテントの中でゲームに興じはじめたらしい。それをどちらかのお母さんが、「せっかくキャンプにきたのだから、冒険してらっしゃい」とハッパをかけて追い出した。そして、ぼくと知り合ったというわけである。
ロープを使いたくてウズウズしている少年たちを連れて、もう一度、先ほどの渓流までいってみることにした。ぼくにはもうひとつ目的があった。
キャンプでの薪集めには、オノ(斧)よりも、ナタ(鉈)よりも、ノコギリ(鋸)がいちばん役に立つ。特に流木集めにはノコギリがいちばん頼りになる。なぜならば……。それを彼らに実演で教えたかった。
「よーし、もう一度、川へいって薪を集めよう」
提案すると少年たちは歓声をあげた。ぼくはすっかりガキ大将気分になっていた。
少年たちは元気な分、すぐに走りたがる。たちまち渓流へと着き、手頃な流木を集め出した。ほとんど手つかずの流木だから少年たちはまたたくまに自分たちのロープいっぱいの薪を集めた。ノコギリの出番がなくてぼくは苦笑いしたほどだった。
3人とも興奮していた。
きっと、自分たちのサイトの親や妹たちに成果を早く見せたかったのだろう、3人はでこぼこの道を再び走りはじめた。ぼくはあとから直径が3センチほど、長さが5メートルばかり、樹皮がなく、乾燥しきった流木を引きずりながら歩いて続いた。
これを持参のノコギリで20センチほどに切っておけば、ひと晩の焚火に使えるはずだ。一緒に切ってあとは彼らに進呈しようと思っていた。

■ 転んだ痛みと一緒に忘れずにいてほしい
いちばん先頭を走っていたSora君が転んだ。でこぼこの道をクロックスで走って足をとられたのである。よほど痛かったのだろう、ピクリとも動けずにいた。もしかしたらどこかケガをしているかもしれない。
「お父さんに知らせてきて」
Kaede君とShin君が自分たちのサイトへ走り去った。
近寄ったぼくは慎重にSora君を抱き上げて立たせる。骨折はないかそっと腕を動かし、「痛かったらいって」といいながら足を動かした。
幸い骨折はしていないみたいだ。もろに腹を地面に打ってしまい、呼吸(いき)がつまっただけらしい。ぼくも子供のころさんざん経験していた。
それでも、さすが男の子である。気丈に立ち上がり、弟たちが放り出していった薪の束を拾い、ロープごと提げてすたすた歩き出した。しっかりした足取りだった。
駆け去った少年たちが、今度はふたりのお父さんを連れてやってきた。ぼくの前をすたすたゆくSora君を遠くから見て、みんな安心したようだ。お父さんたちの顔を見てSora君も気がゆるんで痛みが出てきたらしい。片足を引きずっていた。
かくして、初日の楽しい時間は終わってしまった。取り残されたぼくの気持ちは消化不良のままだった。気がつくと長い流木を持って自分のテントに戻っていた。拾ってきた流木はしばらくテントの脇に放り出しておいたが、夕方、折りたたみのノコギリで20センチくらいずつに切った。
石で簡単な炉を組んでいた昔は、拾ってきた焚き木をわざわざ切り揃えるような手間はかけず、長いままの数本を炉の中に突っこんで燃やし、燃え尽きそうになったら少しずつ動かしていたものだった。
しかし、いまやキャンプ場での直火は禁じられ、焚火台やバーベキューコンロを使っての焚火となる。面倒だし、野趣はなくなる。薪となる木はある程度の長さに切り揃えたほうが使い勝手がいい。
ぼくはといえば、最近は荷物になる焚火台は持参していない。今回もノコギリを使って薪を作るのは楽しんだが、燃やす楽しみは少年たちにまかせることにした。切った流木の束を彼らのテントに持っていったがサイトは無人だった。
よけいな真似をしているとの自覚はあった。親御さんたちにしてみたら、せっかく家族でたのしいでいるのに他人のぼくが入り込んで迷惑かもしれない。それでも遠慮がちにテントの裾に薪の束を置いて引き返した。

■ また一緒にキャンプができたらいいね
翌朝、早々と3人がやってきた。Sora君も元気だった。転んでぶつけたあたりも大丈夫だという。
そのSora君が、前日届けておいた薪をぼくがどうやって切ったのか訊いた。ノコギリを使ったのだと教えた。ノコギリを見たそうにしていたが、すでに駐車場のクルマの中だったので、あとで見せると約束した。
彼らのお母さんのひとりがやってきて立ち話をした。昨日到着した彼らは明日帰るのだという。ぼくらは今日帰ると話していると、しゃがみこんでいたSora君がうつむいたまま身体をかたくして動かない。明らかに涙ぐんでいるのがわかる。
家人がSora君とハグをして、再会を約束した。ぼくも彼と軽くハグを交わした。昨日、彼が転んだときに抱き起こしたときにも感じたのだが、細い彼の身体がこの年ごろのぼくとそっくりだった。
「また会おうね」と約束しながら、もう会える機会はないかもしれないと思ってもいた。学校の行事やら何やらでゴールデンウィークのキャンプそのものがしばらくはできそうにないと彼らのお母さんから聞いたばかりだった。
もうひとつぼくの年齢を考えれば、あと何年キャンプができるかわからない。それでも、会いたいね、会えたらいいね、との願いをこめて約束をした。
ぼくはSora君にノコギリを進呈した。 こんなジジイとの別れを惜しんでくれたのである。ほんとうは長年愛用してきたぼくの分身ともいうべきナイフを受け取ってもらいたかった。だが、ナイフにナーバスな反応を示す大人たちも少なくない。もし、また会える日があったらご両親にうかがってからプレゼントしようと思った。
昼近くに撤収を終えた。キャンプ道具を満載したをクルマを約束どおり彼らのテントが見える場所まで走らせ、「またねぇ~!」といって手を振った。昼食を食べていたSora君が飛び出してきて、「さようなら!」と大きく手を振りながら見送ってくれた。
「また会えるといいわね」と家人がつぶやいた。
「一期一会、それもまたいいじゃないか」
強がりを口にしながら、また一緒にキャンプができたらいいなと心から思い、かすんだ視界を指でぬぐった。