
キャンプへ椅子を持参するという贅沢を覚えたのは、クルマでキャンプに出かけるようになった30歳のころからだった。荷物を背負い、電車やバスを利用して出かけていたころには思いもよらなかった贅沢である。
それまでのキャンプは、椅子などないのがあたりまえだからグランドシートを敷いた地面に坐ることになる。これが苦痛でならない。すぐ腰にくるからだ。テントサイトの近くに適度な高さの木の切り株なんかがあって腰かけることができたら狂喜した。
カッコつけるわけではないが、十代のわりと早い時期から、わが家では畳にぺたりと坐る生活習慣をしていなかったのでなおさらだった。
30歳で運転免許を取り、クルマを買うと、まっさきにキャンプで使えそうな椅子とテーブルを探した。
当時のキャンプ道具は登山用品店で買うのが当然であり、水道橋、神田、新大久保、四谷、新宿追分、新宿駅ビルなどにあった店に足繁く通った。どこもいわゆる“山屋”相手の店だから椅子など売っているはずがない。
当時のぼくはかなり時間が自由になったので、仕事のあいまに都内のあちこちの家具屋をまわって使えそうな椅子やテーブルを物色した。なんでもいいわけじゃない。やっぱりアウトドアに似合いそうな製品がほしかった。
すでにアルミのパイプとキャンバス地で作られた折りたたみの小さな椅子は出まわっていたが、見るからに貧相な粗悪品で、とてもじゃないけど使う気にはなれなかった。
アウトドア用かどうかは知らないが、イギリス製のバギーチェアという折りたたみの椅子の存在は知っていたが、実物を見たことがないし、どこへいけば買えるのかわからない。ライセンス生産の国産品もあると聞いたが、お目にかかっていなかった。
いまも主に量販店で“ピクニックテーブル”とか“レジャーテーブル”などの商品名で売られている4つの椅子とテーブルが一体化した折りたたみ式の製品を使っている仲間がいた。当時のはたしかドイツ製で、ずいぶんいい値段だったと記憶している。しかもスチール製だから頑丈だけど、重いことおびただしい。
結局、ぼくが選んだのは、ディレクターズチェア――映画監督がロケ現場で使っている、ウッドとキャンバス地で造られた例の椅子だった。テーブルにはもっと苦労した。さいわい、女房が観葉植物を置くために使っていた木製の折りたたみテーブルを、キャンプのときだけ強引に持ち出した。
このふたつだけでカローラのラッゲージスペースはほぼいっぱいになってしまった。だけど、ほかはそれまで背負っていたフレームザック1個に収まるギアだから、なんの不便もない。道具類はコンパクトでも、椅子とテーブルがあるだけで信じられないほど快適になった。
それからおよそ10年後、つまりいまから20年ばかり前だが、「オートキャンプ」という和製英語が広く流布し、最初のキャンプブームがやってきた。満足はできないものの、すでに安価なフォールディングチェアが何種類か発売されており、ぼくもいくつか持っていた。
クルマも、ギャランからクラウンに変わっていた。愛用のキャンプ用品はクルマの収納スペースの向上にあわせたわけではないが、膨張が進行しつつあった。つまり、余計なものが増えていた。タープが増え、コンパクトタイプだけどコールマンのツーバーナー、そして、ランタン類……。
このあたりで装備の膨張に気づき、ダウンサイジングの必要性がでてきた。同時に品質の向上にも色気がなかったとはいいきれない。
とにかく、ちゃんとした椅子とテーブルがほしかった。当時、最高の水準を望めば、ガダバウトチェアとスノーピークのフォールディングテーブルの組み合わせだった。幸い、大口の臨時収入があったので目をつぶってこれらを買った。
ガダバウトチェアには、グリーン、レッド、ブルー、ブラウンの4色がある。迷ったけど4脚ともブルーにした。折りたたむとコンパクトになるので4脚あってもクルマの積み込みはかなり楽になった。
スノーピークのテーブルも天板がふたつにたためるし、スタンドはマルチスタンドを流用しているのでかさばらない。
かくして、ぼくのテントサイトはかなりグレードアップしたはずだったのだが……。
(この稿つづく)