歩かない旅人

 彼がなした馬鹿げたこと・・・彼がなさなかった馬鹿げたことが・・・人間の後悔を半分づつ引き受ける。ヴァレリー

現在の価値で歴史を裁断する「政治的公正」を疑う 

2017-10-17 12:06:40 | 産経ニュースから記事を拾う

 

         

  

  靖国神社の存在を正しく日本人として認めない人は、私の中では政治家として支持できない最も大切な要素だと思っています。なぜ今、安倍首相の靖国参拝を阻む勢力が、与野党問はず一部にいる事は十分承知しています。自民党にもいます。

         

  人それぞれの考えですから、強制はしませんが自国の為に命を懸けて守った人を、国が最高の敬意を払うのは当然の行為だと思うからです。安倍首相もアメリカのアーリントン墓地を訪問したとき、アメリカは最高の四軍儀仗で迎えました。

        

  アメリカの軍隊の高級将校になるほど硫黄島でアメリカと戦った栗林中将を尊敬してやまないそうです。真珠湾攻撃をした日本軍のフェアな精神を、パールハーバー記念館館長、元海兵隊大佐は、日本軍の勇敢さと民間人を攻撃しなかったことを褒め称えます。

  その意味で、東京裁判は当時世界を圧巻したコミニズム的思想によって裁かれた裁判だと思っています。当時のGHQには多くの共産主義者が混じっていました。農地解放、大企業解体分割、そして共産主義的な憲法を、アメリカの都合によって押し付けました。

    

  そういう意味で16日の『正論』は実に面白く読みました。何回も見た映画『風と共に去りぬ』は、南北戦争を背景に描かれた、南部のかなり富裕層に属する女性が主人公の物語です。

  壮大なるメロドラマですが、映画の背景が歴史的に見て興味があります。内戦でありながら南北双方で70万人近い戦死者を生み出しました。しかしアーリントン墓地には共に祭られていると言います。日本も西南戦争での西郷隆盛も祭るべきです。

  そこにもおかしな風が最近吹いていると書いてあります。南軍の英雄リー将軍の像を撤去する運動の事です。アメリカでも様々な問題を抱えていることも分かります。奴隷制度賛成者というだけの底の浅い人権主義者のプロ市民と称する連中でしょう。

 

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【正論】産経ニュース・平成29年10月16日 付

擬似正義は社会の歪みもたらす 現在の価値で歴史を裁断する「政治的公正」を疑う 

  

        東京大学名誉教授・平川祐弘

     アンソニー・リーマンは1932年チェコで生まれ、ドイツ占領下と共産党支配下で育った。ソ連の侵入後、脱出し日本の大学へ留学したら教授が共産圏を天国のように話す。

     落胆しカナダへ亡命し、トロント大教授となり『万葉集』のチェコ語訳を完成。奈良で表彰され「生まれ変わったら日本人になりたい」と言った。

  今度出た英文の自伝 Eternal Pillow of Grass は面白い。もはや遠慮せずに語っている。題の『永遠の草枕』は、「父母も 花にもがもや草枕 旅は行くとも 捧(ささ)ごて行かむ」に由(よ)る。

   「父母も花であってほしい。その花を捧げて草枕の旅を続けたい」と万葉の歌に託して亡命者の心情を述べた。

≪『風と共に去りぬ』はタブーか≫

  リーマンが来日したころ、欧州留学から帰国した私も、新聞や知識人が共産圏に色目を使う日本で孤独に感じた。だが後に北米でも別種の政治的禁忌(タブー)があるのがうっとうしかった。リーマンもそんな「ポリティカル・コレクトネス」に反発する。

  例えば『風と共に去りぬ』を認めぬ米国の文学教授にリーマンは立腹する。批評家E・ウィルソンは南北戦争を扱った評論『愛国の血糊』でミッチェルの大作を無視した。

   

  黒人の女中マミーは献身的にオハラ家に仕え、戦後の奴隷解放にかえって戸惑う。それはありうる心理と思うが、ウィルソンはそれを南部の神話と一蹴した。奴隷制は悪で、その解放が善である以上「政治的公正」にそむく文学は認めない人もいる。

  『風と共に去りぬ』を私が夢中で読んだのは敗戦の年だった。東京は焼け野原、南部のアトランタも焼け野原。そんな戦後、闇商人のレット・バトラーは男前で(映画ではクラーク・ゲーブル)、バイタリティーに魅力があった。

  スカーレット・オハラは突然入ってきた北軍将校を銃で撃ち殺す。彼女の野性の力に圧倒された。

    

≪「正しさ」言い張り全てを裁断≫

  米国には「これが正しい」と言い張る勢力があり、現在の価値基準で歴史も文学も裁断する。だがそんな「政治的公正(ポリティカル・コレクトネス)」を私は疑う。米国を一日本少年に印象づけた一冊の本は『風と共に去りぬ』だと言ってきた。

  米国到着当初は英語になれようと、毎晩声に出して Gone  with the Wind を読んだ。

  バージニア州シャーロッツビルへ行った帰りに、南軍の総司令官リー将軍の広壮な館を見て、印象を深くした。小説に出てくるドッグウッドの花が夕闇に白く咲いていた。

  戦後の日本には口にしてはならぬ話題があり、例えば神道はタブーだった。だが故郷の中欧の霊的伝承を聞いて育ったリーマンは、日本の土着信仰に愛着を覚え、神道の重要性を指摘する。その辺が宣教師系統の英米学者の神道に対する無理解と違う。

   

  思うに英語圏で戦後、小泉八雲ことハーンが無視されたのも、ハーンが出雲の神道風俗を描き、アニミズムの霊の世界を怪談で英語に再話し、神道を日本解釈の基礎に置いたからだろう。

  「政治的公正」の禁忌を破ると反撃が怖い。だが戦死者の慰霊を考える際、無宗教の千鳥ケ淵で死者の魂が鎮まるのか。

  そうあやぶんで、私は神道的見地から弁明し「米国の国立墓地には奴隷制廃止のために戦った兵士も、奴隷制維持のために戦った将軍もともに埋葬されている。

  戦死も法務死もともに祀(まつ)る靖国神社は日本のアーリントンだ」と JAPAN Forward で発信した。

  すると一米国人が「アーリントンには戦犯や人殺しはいない」と靖国を批判した。だが勝者が敗れた死者を勝手に犯罪人や人殺し呼ばわりしてよいことか。

 ≪リー将軍も西郷さんも「悪者」≫

   1865年、南北戦争で敗れた南部の人は半世紀後、リー将軍の像をシャーロッツビルに建てた。西南戦争で敗れた西郷さんの銅像を上野に建てたと同じ和解の気持ちもあってのことだろう。近年の日本でも官軍のみか賊軍も靖国神社に祀れ、という主張がある。

    

  だがこの夏、米国では「政治的公正」を叫ぶ一派が、よせばいいのに、リー将軍像の撤去を決定したから、シャーロッツビルは大騒動と化した。

  1世紀半後の価値観でリー将軍は再び悪者とされた。こうなると西郷さんも、合祀(ごうし)どころか「征韓論を唱えた男の銅像を取り壊せ」と隣国が言うかもしれぬ。だが、それで騒ぎ出したら和解はないだろう。

    

  仁川(インチョン)には1950年9月、南下した北朝鮮軍の背後に米軍を上陸させ、韓国を救ったマッカーサー元帥の銅像がある。それを取り払え、と一部韓国人は叫ぶ。

    

   マッカーサーの父親は、米国が日本の朝鮮統治を認める代わりに米国のフィリピン統治を日本に認めさせた、そんな軍人総督の息子の像は倒せ、と「正義派」は主張する。

  歪(ゆが)んだ主張を許す社会には歪んだ未来しかない。擬似(ぎじ)正義の主張をうっとうしく感じるこの頃だ。

(東京大学名誉教授・平川祐弘 ひらかわすけひろ)

 

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  日本が神の国であり、しかも寛大な神であったため、日本では大規模な宗教戦は行われませんでした。豊臣秀吉以降、刀狩が行われ、寺社で武力を持つものは無くなりました。キリスト教を禁止したことも、ある意味賢明な処置だったと思います。

  日本という国が優れているという面で、天皇陛下という権威と権力者が分かれていたことも幸いしたとも言えます。権力者は平清盛が初めて、武力で権力を持ちましたが、何遍も内戦を繰り返し権力者は変わりましたが、権威としての天皇家は、永く続いています。

   

  これだけ統制のとれた民族は他に無いでしょう。しかも命令されたモノではなく、ごく身に付いた自然の姿と言う所が、大和民族のすごみです。その大基がごく自然に続いている天皇家の力で、国の精神的支柱になって居るのも、意識しないで備わっている凄みです。

  今回の選挙も知らない内に、自虐史観が自然に無くなっている様子が見えてきています。GHQの呪いが溶け始めています。日本のサヨクが消え始めていく最後を見られるかもしれません。


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