もう一か月以上前のニュースですが、国際研究チームが、銀河の中心にある巨大ブラックホールの撮影に初めて成功したと、報じていました。それは地球から約2万7000光年の距離にあって、「見かけの大きさは月の上のドーナツ(直径8cm程度)ほどの大きさ」なのだそうです。
わかりにくい表現ですが、月面に8センチほどのドーナツを置くとして、それを地球から見たときと、同じくらいの小ささだという風に理解しました。撮影されたブラックホールが、ドーナツのポンデリングのようにも見えるので、このような表現になったのでしょう。
銀河の中心が、世界の中心というわけではないかもしれませんが、仏教の世界では世界の中心に、須弥山という山があるとされています。その山の上空には兜率天という天界があり、弥勒菩薩が修行をしています。
釈迦の後継者の如来となることを約束されてはいるものの、未だ悟りの境地にはない菩薩なので、まだまだ修行が必要なのです。
この弥勒菩薩が、いつ菩薩から如来になるかというと、56億7千万年後という気の遠くなる将来の話です。
ちなみに、この途方もない時間は、地球を含めた太陽系が消滅するまでに残された時間とほぼ等しいのだそうです。
これを文字通りに捉えると、どうなるのかと、愚にもつかないことを考えてみました。
偉大なる後継者が降臨したときには、もうすでに太陽系は消滅していると捉えるか、如来が大破局から救ってくれると捉えるか、あるいは、我々は弥勒菩薩とともに宇宙が果てるまで修行すると捉えるか。
私は最後のように考えると、何ともしれぬ伸びやかな気持ちになりました。
西洋人が仏教に初めて接したとき、人生は「苦」だという教えにひそむ、厭世的な恐怖主義を嫌悪し遠ざけました。明日にも裁きの日が訪れるという強迫観念を普通とするのならば、メシアならぬ弥勒菩薩の話は許されざる虚無の極みであったでしょう。
光の輪に囲まれた、歪な穴をじっと見ていると、そこで弥勒菩薩が修行をしている姿が見えるようです。