福島大学の飯田史彦教授は、体を離れたあと、「ふと気づくと、私の前に、ものす
ごくまぶしい光が、現れてきました。」と語っています。
その内容は、飯田史彦 著 「ツインソウル-死にゆく私が体験した奇跡-」
PHPをご一読ください。
ここでは、
体を離れたあと、光との対話をされる間までの飯田史彦教授の体験を紹介します。
飯田史彦教授は、自室のベットに横たわる自分の肉体の上方に浮びながら、同時に
妻子のいる自宅1階のリビングにも存在し、「あらゆる存在」と繋がっていること
を、体験されたあと・・・
「家族や友人とつながり、自分が、あらゆる存在とつながっていることに気づいた
私は、自分が感謝すべき多くの方々に、一瞬にして、同時に、深い感謝の念を送り
ました。」と語っています。
飯田史彦教授は、
「魂の姿で、いろいろな人の意識と『つながった』私は、好きだった人でも、嫌い
だった人でも、今回の人生で『縁』のあったすべての方々に向かって、感謝したり、
謝ったり、励ましたりと、純粋に『愛』の念を送ることができました。」
「肉体を持って生まれていた時に、たとえどれほど人を裏切り、傷つけてきた人で
あっても、いざ死を迎えて『魂』の姿に戻れば、愛に満ちた本来の性格に戻って、
あらゆる存在に感謝し、謙虚に謝罪することができるようになるのです。」と、お
っしゃっています。
先生の場合は、
「ただし、私の場合は、なぜか、『これで今生を終えて死んでいく』という感覚が
乏しかったため、多くの人々につながって感謝の念を送りながらも、『また逢える
んだから』という気持ちも、強く感じていました。」そうなんです。
そこで、飯田史彦教授は、
「もしも、私が今生を終えて死んでいく運命にあったならば、おそらく私は、縁の
あった多くの人々に向かって『今生の別れ』の挨拶をしたことでしょう。」
「この時の私は、なぜか『ちょっと旅に出ますね!』という感じの、簡潔なメッセ
ージを送っただけだったのです。」とおっしゃっています。
飯田史彦教授は、今生で出会った方々に感謝の念を送ったのちに・・・
「私は魂の姿で、感謝の涙にむせんだのです。(もちろん、物質的な涙を流したわ
けではなく、精神的な、心の涙でしたが・・・)」
そして、
「すると、私は、まるで自分がまぶしい光を発しながら大爆発して、一瞬のうちに
宇宙全体にまで広がっていくかのような、奇妙な感覚に襲われました。」
「そして同時に、まったく違う次元(魂の世界のひとつ)へと、自分がつながって
行くのがわかったのです。」とおっしゃています。
飯田史彦教授は、もう少し分かりやすくと、
「物質世界的な言い方をすれば、『次の瞬間、私は、自分が光となって、どんどん
まぶしく輝いていくのを感じ、気がつくと、この物質世界とはまったく違う、どこ
か別の世界へと移動していました。』という表現になるでしょうか。」と語っておられます。
そこは・・・
「私は特定宗教の信者ではなく、宗教的なイメージにも詳しくないので具体的なも
ののビジョンは、特に何も浮びませんでしたが、建物もなく、お花畑も見ず、川
が流れているわけでもなく、お釈迦様やキリストが出迎えてくださったわけでもあ
りません。」
「しかし、具体的なビジョンは浮ばなくても、私にはそこが素晴らしいところで、
宗教でいう『極楽』や『天国』のような世界であることは、ごく自然に理解できて
いました。」
「ただそこにいるだけで、魂としての自分に、どんどん、エネルギーが充填されて
いくような、そんな気持ちになったからです。」と、飯田史彦教授は、違う次元に
つながったときの感覚を語っておられます。
・・・
そして「ふと気づくと、私の前に、ものすごくまぶしい光」が現れたんだそうです。
飯田史彦教授は、
「私には、直線的に進む『時間』という感覚が失われていましたから、物質世界の
時間に直して、どのくらいの時間、そこに浮んでいたのかは、表現のしようがあり
ません。また、私には、上下左右に広がる『空間』という感覚も失われていました
ので、『そこに浮んでいた』という表現も、本当は適切ではありません。」とおっ
しゃっておられ、先生が臨死体験したときの感覚を、この世(物質世界)の表現で
表すことの難しさも語っています。
・・・
本書や色々なスピリチュアルな書籍に目を通してきまして、物質世界(この世)と
非物質な世界(あの世、精神世界、中間生)との繋がりに随分と確信が持てるよう
になってきました。同時に「今、生かされている『このとき』をどう生きるか、生
き抜くか、生き切るか」をあたらめて考えさせられました。
ごくまぶしい光が、現れてきました。」と語っています。
その内容は、飯田史彦 著 「ツインソウル-死にゆく私が体験した奇跡-」
PHPをご一読ください。
ここでは、
体を離れたあと、光との対話をされる間までの飯田史彦教授の体験を紹介します。
飯田史彦教授は、自室のベットに横たわる自分の肉体の上方に浮びながら、同時に
妻子のいる自宅1階のリビングにも存在し、「あらゆる存在」と繋がっていること
を、体験されたあと・・・
「家族や友人とつながり、自分が、あらゆる存在とつながっていることに気づいた
私は、自分が感謝すべき多くの方々に、一瞬にして、同時に、深い感謝の念を送り
ました。」と語っています。
飯田史彦教授は、
「魂の姿で、いろいろな人の意識と『つながった』私は、好きだった人でも、嫌い
だった人でも、今回の人生で『縁』のあったすべての方々に向かって、感謝したり、
謝ったり、励ましたりと、純粋に『愛』の念を送ることができました。」
「肉体を持って生まれていた時に、たとえどれほど人を裏切り、傷つけてきた人で
あっても、いざ死を迎えて『魂』の姿に戻れば、愛に満ちた本来の性格に戻って、
あらゆる存在に感謝し、謙虚に謝罪することができるようになるのです。」と、お
っしゃっています。
先生の場合は、
「ただし、私の場合は、なぜか、『これで今生を終えて死んでいく』という感覚が
乏しかったため、多くの人々につながって感謝の念を送りながらも、『また逢える
んだから』という気持ちも、強く感じていました。」そうなんです。
そこで、飯田史彦教授は、
「もしも、私が今生を終えて死んでいく運命にあったならば、おそらく私は、縁の
あった多くの人々に向かって『今生の別れ』の挨拶をしたことでしょう。」
「この時の私は、なぜか『ちょっと旅に出ますね!』という感じの、簡潔なメッセ
ージを送っただけだったのです。」とおっしゃっています。
飯田史彦教授は、今生で出会った方々に感謝の念を送ったのちに・・・
「私は魂の姿で、感謝の涙にむせんだのです。(もちろん、物質的な涙を流したわ
けではなく、精神的な、心の涙でしたが・・・)」
そして、
「すると、私は、まるで自分がまぶしい光を発しながら大爆発して、一瞬のうちに
宇宙全体にまで広がっていくかのような、奇妙な感覚に襲われました。」
「そして同時に、まったく違う次元(魂の世界のひとつ)へと、自分がつながって
行くのがわかったのです。」とおっしゃています。
飯田史彦教授は、もう少し分かりやすくと、
「物質世界的な言い方をすれば、『次の瞬間、私は、自分が光となって、どんどん
まぶしく輝いていくのを感じ、気がつくと、この物質世界とはまったく違う、どこ
か別の世界へと移動していました。』という表現になるでしょうか。」と語っておられます。
そこは・・・
「私は特定宗教の信者ではなく、宗教的なイメージにも詳しくないので具体的なも
ののビジョンは、特に何も浮びませんでしたが、建物もなく、お花畑も見ず、川
が流れているわけでもなく、お釈迦様やキリストが出迎えてくださったわけでもあ
りません。」
「しかし、具体的なビジョンは浮ばなくても、私にはそこが素晴らしいところで、
宗教でいう『極楽』や『天国』のような世界であることは、ごく自然に理解できて
いました。」
「ただそこにいるだけで、魂としての自分に、どんどん、エネルギーが充填されて
いくような、そんな気持ちになったからです。」と、飯田史彦教授は、違う次元に
つながったときの感覚を語っておられます。
・・・
そして「ふと気づくと、私の前に、ものすごくまぶしい光」が現れたんだそうです。
飯田史彦教授は、
「私には、直線的に進む『時間』という感覚が失われていましたから、物質世界の
時間に直して、どのくらいの時間、そこに浮んでいたのかは、表現のしようがあり
ません。また、私には、上下左右に広がる『空間』という感覚も失われていました
ので、『そこに浮んでいた』という表現も、本当は適切ではありません。」とおっ
しゃっておられ、先生が臨死体験したときの感覚を、この世(物質世界)の表現で
表すことの難しさも語っています。
・・・
本書や色々なスピリチュアルな書籍に目を通してきまして、物質世界(この世)と
非物質な世界(あの世、精神世界、中間生)との繋がりに随分と確信が持てるよう
になってきました。同時に「今、生かされている『このとき』をどう生きるか、生
き抜くか、生き切るか」をあたらめて考えさせられました。
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