2014年7月13日放送 日曜美術館(NHK Eテレ)
色彩はうたう ラウル・デュフィ
[出演]日比野克彦氏(アーティスト)
[VTR出演]茂木健一郎氏(脳科学者)、ソフィ・クレプス氏(パリ市立近代美術館 主任学芸員)
色は本物の画家の唯一の手段だ。
真の画家は絵具だけで対象を作ろうとする。
対象とは場所、大きさ、形、固有の性質をもったなにかで、そのすべてが、目に見えるもののうちでこれほどはかないものはない、と思えるものによって表現されるのだ。
―――アラン 『芸術の体系』 (光文社古典新訳文庫、長谷川宏訳、350頁)
20世紀フランスの「色彩の魔術師」、デュフィ。
豊かで妙なる色の調べを奏でた画家は、同じく「色彩の魔術師」と謳われたマティスに強く感化されたひとりであった。
二人はともに、野獣主義(フォーヴィスム)の画家に数えられる。
フランスの港町ル・アーヴルに生まれたデュフィは、こんな言葉をのこしている。
「絵画は海洋性気候からしか生まれない」。
「海洋性気候」という言葉の真意ははかりかねる。
海が作品制作の霊感源であったとも考えられるし、波の揺らめきを色彩の移ろいになぞらえているのかもしれない。
しかし少なくとも、実際、デュフィは青い色をよく用いた。
さて、トップに貼った作品(《ヴァイオリンのある静物:バッハへのオマージュ》)は一方で赤が目立つ。
これはあくまで推測の域を出ないが、マティスのある傑作が画家の脳裏にあったのではないだろうか。
このマティスの作品には面白い話があって、もともとカンヴァスはすべて青色で埋め尽くされていた。
それを、のちに画家が赤色で塗りつぶした。
実際、端のところにはまだ少し青色の絵の具がみえている。
またタイトルも《赤い部屋》ではなく《青い部屋》だった。
以前に何かのテレビ番組で特集されていたように思うが、このマティスの絵画を使ってある実験が行われた。
この作品をいままで一度も見たことのない被験者を集めて、2グループに分ける。
一方には背景が青色のかつてのバージョンをみせ、もう一方には現在の赤いバージョンをみせる。
そして被験者の脳波を測定したところ、《青い部屋》よりも《赤い部屋》の方が圧倒的に「癒し」の効果がみられたという。
デュフィもまた、マティスの「癒し」を享受した一人だったのではないだろうか。
カンヴァスの大部分を占める赤色は、力強くも穏やかだ。
共感的(sympathetic)な色彩感覚をもった画家の作品をみて、鑑賞者は結びつく色同士の交わりに安らぎを感じる。
冒頭に引用したアランは、同書のなかでまたこう述べている。
「一枚の絵が完成するには、絵が色の結びつきだけでまず人を惹きつけなくてはいけない。(・・・)さらにいえば、最初の感情が形をなし、多少とも色と結びつくすべての思考を、その形のうちに保持し、色という豊かな土台の上に共同の感情の宇宙を展開しなければいけない」(354頁)。
アランの言う「共同の感情の宇宙」が展開された作品こそ、デュフィの最高傑作といわれるこの作品だろう。
この巨大な作品の全体は、こちらのサイトで確認できる。
ラウル・デュフィ、色彩のハーモニー。