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Dr.K の日記

日々の出来事を中心に、時々、好きな古伊万里について語ります。

「新集成 伊万里 ー伊万里やき創成から幕末までー」

2024年01月14日 13時57分53秒 | 古伊万里

 「新集成 伊万里 ー伊万里やき創成から幕末までー」(小木 一良著 里文出版 平成12年改訂版(平成5年初版))を買いました。

 小木 一良さんの主要な著作物の殆どは既に所蔵してはいるのですが、この本は持っていなかったのです。

 ところが、最近、ブログ仲間の「遅生さん」や「酒田の人さん」もこの本を持っていることを知り、慌てて、購入することにしたわけです(~_~;)

 と言いますのは、ブログを通しての古伊万里の話題の中で、時折、ご両人が、この本に触れるわけですが、私はこの本を持っていませんから、その内容を知りませんので、話題の内容に少々チンプンカンプンという所があるのです。

 それで、「これではいけないな~。勉強をし直す必要があるな~」と痛感し、ご両人に遅れをとらないようにと、慌てて購入に及んだわけです(~_~;)

 さっそく、昨日、ネットで注文したのですが、もう、今日、到着しました。今は、早いですね!

 そんなことで、今日、到着しました「新集成 伊万里 ー伊万里やき創成から幕末までー」という本は、次のようなものです。

 

カバーの表面

 

 

カバーの裏面

 

 

 ところで、私が、何故、今まで、この本を買わなかったというか、買えなかったかといいますと、この本の値段にあります(><)

 「定価 本体20,000円+税」とあるからです(><)

 

カバー裏面の定価部分の拡大

 

 

 「20,000円あれば、ちょっとした古伊万里が買えるな~」との思いが先に立ち、ついつい買いそびれてしまったというわけですね。貧乏コレクターの悲しい話です(><)

 もっとも、今回、買おうと思ったのも、否、買ってもいいかな~と思ったのも、その値段でした。中古品だと、かなり安く買えることを知ったからです(^-^*) これまた、貧乏コレクターの悲しい話の続きではありますね(~_~;)

 これから、ゆっくりとこの本を読み、古伊万里に関する勉強の復習をし、古伊万里に関する知識を整理しようと思います(^-^*)

 

本体をカバーから出したところ 


染付 白抜草花文 大皿

2024年01月05日 15時27分12秒 | 古伊万里

 今回は、「染付 白抜草花文 大皿」の紹介です。

 この大皿は、正月2日の日に、ネットショップを覗いていましたら、「あれっ!」と思ったものですから、ついつい注文のクリックをしてしまったわけです(~_~;)

 この大皿は、私が敬遠する、江戸後期の伊万里の大皿なんですが、、、!

 私は、そもそも江戸後期の伊万里にはそれほど興味が無いうえに、大皿は、展示するにも、それを保管するにも、大きなスペースを必要とするので、敬遠しているんです。

 ところが、先月21日に紹介しましたように、先月の20日には「金襴手 花束文 大皿(大鉢?)」を買ってしまい、またまた、今回も、日頃敬遠している江戸後期の伊万里の大皿を買ってしまったわけです(~_~;)

 意に沿わないものが続いてやってきたことになりますね(~_~;)

 まっ、コレクションというのは、そんなものなんでしょうね。それも「縁」ということでしょうか。

 それで、はるばる遠方より「ゆうパック」でやってきて昨日到着した「染付 白抜草花文 大皿」というものは、次のようなものです。

 

 

表面

 

 

表面中心部の拡大

12時や3時の方角にはピンホールが、7~8時の方角には降り物がみられます。

 

 

側面

これだけの大きさとなりますと、やはり、若干の歪みがみられます。

 

 

 これ、なんの変哲も無い、ありきたりの江戸後期の伊万里の大皿ですよね(><)

 しかも、この大皿には、大きな箱まで付随していました。しかも、漆塗りの、普通の大皿に付随しているようなありきたりの箱よりはずっと格上の古い立派な箱でした。これでは、箱は邪魔だからといって捨てるわけにもいきません(><) 箱などなければ、大皿を重ねて保管出来ますから、保管スペースの問題は若干は解決するわけですが、、、。こんな立派な箱が付随していては、保管スペースの問題で、さらに問題を重ねるわけです(><)

 

 

付随していた漆塗りの古い立派な箱

大きさ:40.0cm×40.8cm×13.0cm

 

 

 では、なぜ、日頃敬遠している、こんな何の変哲も無い江戸後期の伊万里の大皿に興味を抱いたかといいますと、それは、この大皿の裏面にあったのです(^_^)

 

 

裏面

 

 

やや斜め上から見た裏面

 

 

高台部分

 

 

 以上の裏面の写真を見て、何故、私がこの大皿に興味を抱いたかが分ったでしょうか、、、?

 それは、この高台内に描かれた(書かれた?)「銘」にありました。

 その部分を、次に、拡大してみます!

 

ジャジャーン!!!

 

 

 

 「黄金鎚 白玉鑿」とあったからです!

 普通、高台内の「銘」には、「大明年製」とか「大明成化年製」といった中国の年号、或いは「富貴長春」といったようなお目出度い文言が使われることが多いわけですね。しかも、文字等知らなかった陶工は、しばしば、「大明」を「太明」と間違い、「「太明年製」とか「太明成化年製」としています。これらは、文字を書き入れたというよりは、単なる文様として描いているわけですね。

 ところが、これはどうでしょう! ちゃんと、「黄金鎚 白玉鑿」となっているではありませんか。しかも、この陶工は、文字を知っていたようで、「鎚(ツチ)」、「鑿(ノミ)」を漢字で正確に表現しています。これは、もう、「銘」を文様として使用していたのではなく、「文字」として書き入れていると言えるわけですね。

 更に、これは、普通見られる年号やお目出度い文言ではなく、卑近な大工道具の「鎚」と「鑿」を、黄金で作られた「鎚」、白玉で作られた「鑿」と表現し、それを「銘」として使用ているのです。

 私は、このような「銘」を初めて見ましたので、「これは珍しい!」と思い、ついつい、日頃敬遠している江戸後期の伊万里の大皿を、先月に引き続きまた買ってしまったということです(~_~;)

 この「珍しい!」という文言に、コレクターは弱いんですよね(^-^*)

 

生 産 地 : 肥前・有田

製作年代: 江戸時代後期(天明・寛政頃)

サ イ ズ : 口径36.5cm 高さ6.5cm 底径18.3cm


金襴手 花束文 大皿(大鉢?)

2023年12月21日 19時39分54秒 | 古伊万里

 今回は、昨日の古美術品交換会で競り落としてきた「金襴手 花束文 大皿(大鉢?)」の紹介です。

 最近では、古伊万里の人気が無いようです。特に、大きな物は、飾ったり保管したりするためのスペースを必要とするためか、殊更に人気がないようです。江戸後期の大皿などは、その顕著な例でしょうか。

 私は、もともと、江戸後期のものにそれほど興味がなかったことに加え、最近では、やはり、大きな物は、保管するためのスペースに困るので、江戸後期の大きな物は極力買わないようにしていたところです。

 ところが、昨日は、上手の、なかなか見所のある大皿(かなりの深みがありますので大鉢としたほうがいいのかもしれませんが、、)が登場してきましたので、ついつい、競り落としてしまいました(~_~;) ホント、これからの保管に困るんですよね(~_~;)

 ということで、昨日、手に入れました「金襴手 花束文 大皿(大鉢?)」というものは、次のようなものです。

 

 

金襴手 花束文 大皿(大鉢?)

 

立面の正面(仮定)

牡丹が描かれた面

 

 

立面の正面から右に120度回転させた立面

菊が描かれた面

 

 

立面の正面から左に120度回転させた立面

紫陽花が描かれた面

 

 

見込み面

 

 

 この大皿(大鉢?)は、比較的に薄作りで、造形は厳しく、大きな割にはそれ程の重さを感じさせません。

 全体が5角形に作られ、口縁の先端が垂直に立ち上がり、口縁は輪花となっています。

 造形的に、全体を5角形にしたり、口縁の先端を垂直に立ち上げたり、口縁を輪花とするなど、厳しく、また手が混んでいるわけですが、それ以上に、見込み面いっぱいに煩雑なほどに文様が描かれ、手が混み過ぎた感があり、見ていると息が詰まります。ただ、わずかに、中心部に若干の余白を置くことで、息詰まり感を解消させています(~_~;)

 

 

見込み面の中心部の拡大

若干の余白を置くことで、息詰まり感を解消させています。

 

 

 

 

見込み面周辺部の拡大(その1)

菊が描かれた面

 

 

見込み面周辺部の拡大(その2)

菊(?)が描かれた面

 

 

見込み面周辺部の拡大(その3)

花(何の花か不明)が描かれた面

 

 

見込み面周辺部の拡大(その4)

菊(?)が描かれた面

 

 

見込み面周辺部の拡大(その5)

椿(?)が描かれた面

 

 

見込み面周辺部の拡大(その6)

羊歯が描かれた面

 

 

口縁分の拡大

口縁の先端が垂直に立ち上がっています。

 

 

底面

 

 

牡丹が描かれた外側面

 

 

菊が描かれた外側面

 

 

紫陽花が描かれた外側面

 

 

口縁付近の外側面

口縁の外周部分にまでビッシリと文様を描いています。

 

 

高台付近の拡大

高台の外周部分やその付近にまでビッシリと文様を描いています。

 

 

生 産 地 : 肥前・有田

製作年代: 江戸時代後期

サ イ ズ : 口径35.7cm 高さ10.5cm 底径18.7cm


色絵 唐獅子・牡丹文 輪花形小皿

2023年09月22日 16時40分28秒 | 古伊万里

 今回は、「色絵 唐獅子・牡丹文 輪花形小皿」の紹介です。

 この小皿も、一昨日の古美術品交換会で落札したものです。

 

 

色絵 唐獅子・牡丹文 輪花形小皿

 

表面

全面甘手ですが、比較的に薄作りです。

唐獅子と牡丹が描かれていますが、色絵部分の各所にかなりの釉剥げが見られます。

 

 

 

釉剥げの目立つ部分の拡大

唐獅子の右前足、左後ろ足、尾の部分の色釉薬がかなり剥げ落ちています。

特に尾の部分の釉剥げが大きく、一見、何が描かれているのかと迷うほどです(><)

また、牡丹の上方の茎部分の色絵も剥落してしまい、牡丹の蕾部分が空中に浮いて

いるように見えてしまいます(><)

 

 

唐獅子部分の拡大

特に、唐獅子の左後ろ足部と尾の部分の色釉薬が大きく剥げ落ちていることが分かります。

 

 

 ところで、このような状態がどうして生じてしまったのかと、その原因を考察してみました。

 皿の角度をあちこちと変え、いろんな角度から日にかざして見てみますと、色釉薬の部分が、ちょうど鏡が割れたような状態になっていました。その状態は、上の写真のようになっていました(なかなか上手く写せないのですが、だいたいの状況は分かるかと思います)。

 薄く小さな色ガラス片を多数張り合わせて唐獅子の文様を作り出したかのような状態になっていたわけです。

 経年劣化で、色釉薬の部分がピリピリと、無数のガラス片に割れてしまったわけですね(~_~;) そして、そのガラス片の幾つかが剥がれ落ちてしまい、釉剥げになってしまったのですね。

 

 

側面

比較的に薄作りなものですから、小皿なのに、かなりの歪みが見られます。

 

 

 

裏面

高台内銘:二重角福

 

 

やや斜め上方から見た裏面

 

 

 なお、この裏面を見て、「あれっ?」と思いました。

 あまりにも状態が良すぎますし、綺麗過ぎるんですよね。

 それで、「この小皿、もしかして、後絵物!」と思ったわけです。

 でも、生地の状態、色絵の状態やタッチなどの状態、それに、造形的に比較的に薄作りで厳しい作りであることから、江戸時代前期の作であることに間違いはないように思えるわけです。

 そこで、もう一度、ジックリと再点検してみました。

 表面には大きな釉剥げが見られますが、それは、使用によって生じたものではなく、どうやら、経年劣化で、自然に生じたように思われました。表面に、ほとんど使用擦れが見られないからです。

 結局、この小皿は、ほとんど使用されることなく、いわば、デッドストックされてしまったのではないかと考えたわけです。そうであれば、ましてや、裏面など日光に当たることもなく経過したわけで、裏面の色絵も綺麗な状態で残ったのではないかと、、、。

 ということで、この小皿の製作年代は、江戸時代前期として紹介いたします。

 

 

生 産 地 : 肥前・有田

製作年代: 江戸時代前期

サ イ ズ : 口径14.8cm 高さ2.2~2.4cm(歪みがあるため) 底径9.0cm


色絵 丸散文 草花陽刻 瓢簞形小皿

2023年09月21日 18時34分00秒 | 古伊万里

 今回は、「色絵 丸散文 草花陽刻 瓢簞形小皿」の紹介です。

 この瓢簞形小皿は、昨日の古美術品交換会で競り落としてきたものです。

 5客揃いならよかったのですが、残念ながら、これ1客のみです(~_~;)

 

 

 

色絵 丸散文 草花陽刻 瓢簞形小皿

 

表面

瓢簞形に成形され、白い生地には全面的に草花と思われる文様が陽刻されています。

そこに、「花」と「釣り人物」と「梅に鶯」を丸で囲んだ文様が三つ散らされ、

口縁には口紅が施されて、全体をギュッと引き締めています。

 

 

 

上半分の拡大

陽刻文は何を陽刻したのか、よくは分かりません(~_~;)

 

 

 

下半分の拡大

陽刻文は何を陽刻したのか、よくは分かりません(~_~;)

 

 

 

「花」と「釣り人物」を丸で囲んだ文様部分の拡大

 

 

「梅に鶯」を丸で囲んだ文様部分の拡大

 

 

 

側面

 

 

 

裏面

高台内銘:二重角福

 

 

 

瓢簞の尻側から見た裏面

 

 

瓢簞の首側から見た裏面

 

 

生 産 地 : 肥前・有田 → 加賀・大聖寺 → 肥前・有田

製作年代: 江戸時代前期 → 江戸後期~明治初頭 → 江戸時代前期

サ イ ズ : 口径13.2×12.5cm 高さ2.8cm 底径8.0×7.5cm

 

 

 


追 記(令和5年11月12日)

 ごく最近の11月10日のことですが、ネットショップを眺めていましたら、或る古美術店で、これによく似た手のものが、江戸後期~明治初頭に作られた大聖寺伊万里として売られていることを発見しました。しかも、大量の17点も販売されていたのです!

 私としても、これを買うに際しては、「江戸前期のいわゆる古九谷様式の伊万里と断定するには、ちょっと腑に落ちないところがあるな~」と思ったところではあります。

 しかし、最近作られたものではなさそうだし、伊万里には多くの窯があったことでもあるので、典型的な古九谷様式のものからはちょっと外れたような、このような物も作られた可能性があるのかもしれないと判断し、購入に及んだものです。

 でも、こうして、プロの方が、この手のものは「江戸後期~明治初頭に作られた大聖寺伊万里」だとして売っておられるのを拝見しますと、「なるほど~~」と納得するものがあります。

 したがいまして、この小皿の「生産地」を「加賀・大聖寺」に、「製作年代」を「江戸後期~明治初頭」に変更いたします。

 

 


追 記(その2)(令和5年11月13日)

 ネットショップの或る古美術店(以下「古美術店A」とします)が、つい最近の11月10日に、この瓢簞形小皿によく似た手のものを江戸後期~明治初頭に作られた大聖寺伊万里として、しかも、大量の17点も販売したことを知り、ショックを受け、かなり動揺し、ついつい、昨日、「追記」してしまったところです。

 しかし、その後、一日が経過し、気持ちも落ち着いてきますと、「やはり、この瓢簞形小皿は、江戸後期~明治初頭に作られた大聖寺伊万里ではないのではないのかな~。やっぱり、有田で江戸前期に作られたものなのではないのかな~」との思いが強くなってきました。そのように思うようになってきた気持ちの経過は、次のようなものです。

 

 この瓢簞形小皿は、9月20日に交換会で競り落としたわけですが、その際、私は、少々違和感を覚えました。と言いますのは、私がいわゆる典型的な南京手古九谷瓢簞形端皿に抱いていたイメージとはちょっと違っていたからです。私がいわゆる典型的な南京手古九谷瓢簞形端皿に抱いていたイメージというものは、造形的にはもっと力強く、このように上品にこじんまりとまとまっていませんし、色絵の色調ももっと淡く温和なものだったからです。図録等に登場する典型的な南京手古九谷瓢簞形端皿というものは、有田の楠木谷窯で作られたといわれる、そのようなものでしたから、、、。

 でも、有田には多くの窯があることだし、私の抱いていたイメージとは若干異なっても、江戸前期の有田ではこのようなものが作られたのだろうと考え、9月21日には、この瓢簞形小皿を江戸前期の有田製として紹介したところです。若干の不安を抱きながら、、、。

 ところが、それから間もなくの10月1日のこと、古美術店Aとは異なるネットショップの或る古美術店(以下「古美術店B」とします)が、よく図録に登場してくるような楠木谷窯作と思われる、私が典型的な南京手古九谷瓢簞形端皿に抱いているイメージ通りの瓢簞形小皿を売りに出したのです。その小皿は、江戸前期作(正保~承応)(1640~1650年代)として売りに出されました。あたかも、私の紹介した瓢簞形小皿が偽物だよと言わんばかりのタイミングで、、、。もっとも、たまたま、そのようなタイミングになったのでしょうけれども、、、(笑)。だって、私のブログはそんなに注目されるほど有名ではないですものね(><)

 しかも、その3日後の10月4日には、今度は、古美術店Bとは異なるネットショップの或る古美術店(以下「古美術店C」とします)が、またまた、典型的な南京手古九谷瓢簞形端皿を売りに出したのです。

 そんなことがあって、私としても、この瓢簞形小皿を有田の江戸前期の作とすることにだんだんと自信を無くしてきていたところでした。

 そういうところに、今回の11月10日の古美術店Aの大量販売が登場したものですから、私としては、完全にパニックに陥ってしまったわけです(~_~;)

 

 しかし、冷静さを取り戻して考えますと、やはり、この瓢簞形小皿は、有田で江戸前期に作られたものだろうと思うようになりました。ただ、古美術店B及び古美術店Cが売りに出した物は江戸前期の中頃に作られたもので、この瓢簞形小皿は江戸前期の終り頃に作られたものなのだろうと、、、。

 したがいまして、この瓢簞形小皿の生産地及び製作年代につきましては、元通りの、「生産地:肥前・有田」に、「製作年代:江戸時代前期」にいたします。

 この手の瓢簞形小皿というのは、何時までも人気があったのですね。古美術店Aが売りに出した大聖寺伊万里にまで続くのですから、、、(^_^)