
『もーれつア太郎』の連載終了から、中四週のインターバルを挟み、『ギャグ+ギャグ』連載中の第32号に、満を持しての新連載『ぶッかれ*ダン』が登場する。
『ぶッかれ*ダン』は、妻に先立たれた、子連れの年上男性と結婚した新妻が、様々な苦難に晒されながら、妻、母親、学生として懸命に生きてゆく姿を描いた富島健夫のベストセラー小説で、その後、関根恵子(現・高橋惠子)、麻田ルミといったフレッシュな若手女優を主演に抜擢し、映画、テレビドラマと相継いで映像化されたことにより、大人気を呼んだ『おさな妻』からヒントを得て挑んだ意欲的なシリーズだ。
小学生のダンは、アイちゃんという同じ小学生の可愛い女の子と一つ屋根の下で暮らす妻帯者だ。
学校では、腕白三昧のダンだが、家では亭主関白を気取りつつも、その実、アイちゃんには全く頭が上がらない。
一方のアイちゃんは、料理が上手で、掃除も洗濯もバッチリこなす出来た女房であったが、ダンが他の女の子と話すだけでカリカリきちゃう強烈なヤキモチ焼きだった。
二人は、時には仲睦まじく、また時には衝突し合い、子供でありながらも、その絆を深め合っていたが、ある日、家出同然でダンの押し掛け女房となったアイちゃんは、田舎のパパが雇った探偵にその居場所を突き止められ、パパはアイちゃんを連れ戻すとともに、ダンをブチ殺してやろうと、二人が住む家へとやって来る。
愛娘を拐かしたことへの怒りだけではなく、ダンの家とアイちゃんの家は、一〇〇年も前から憎しみ合う因縁の間柄だったのだ。
アイちゃんのパパは、あまりにも理不尽且つ直情的な性格で、怒り狂うと、平気でライフルをぶっ放す、ガンマン被れのアブナイ人間だ。
アイちゃんがパパに連れ去られたことで、二人の仲は引き裂かれてしまうが、ダンは腹を括り、アイちゃんを連れ戻すべく、担任のゲスペタ先生や悪ガキ仲間を引き連れ、アイちゃんの実家のある田舎へと乗り込んでゆく……。
果たしてダンは、アイちゃんを連れ戻し、再び愛の巣で、二人だけの幸福な生活を送ることが出来るのか……。
子供同士の夫婦が一軒の家に住み、新婚生活を送るというシチュエーションに限っては、これより何年も前に、既にアイデアとしてキープしていたというが、当時、少年漫画誌で絶大な人気を博し、赤塚ギャグの好敵手として意気軒昂な活躍を見せていた永井豪の『ハレンチ学園』、『あばしり一家』等、所謂ハレンチ漫画への対抗意識も、内在する要因としてあったのかも知れない。
主人公のカップルが小学生とはいえ、漫画で同棲問題を取り上げたという点は、やはり同棲という若者の一つの生き方を世間的に認知させ、後に、時代風俗を象徴するタイトルとして注目を浴びた上村一夫の『同棲時代』の先駆的作品となったと言えなくもないが、『ぶッかれ*ダン』に関しては、時代の空気を体現したドラマにはなり得ず、その作劇作法においても、実験精神の発露とは無縁な穏和性に準拠する、極めてホームドラマ的な要素への傾斜を深めていった。
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既に飽食の時代を迎え、あらゆる文化が混沌と息づく昭和元禄というインタラクティブな季節にあって、思春期の少年達の興味やエネルギーの対象は、テレビ、週刊誌等、情報メディアの発達に伴い、空腹を満たすものから、性的興奮を与えるものへと露骨なまでにスライドしていった。
即ち、永井豪のハレンチ漫画は、そんな時代の必然的産物でもあったのだ。
そうしたブームの下地もあり、「サンデー」編集部は、永井作品を超える陽気なハレンチ表現を標榜した『ぶッかれ*ダン』のヒットを確信したというが、いかんせん、アイちゃんは、読者が求めるエロティックな魅力をアピールする永井豪ヒロインとは掛け離れた旧世代児童漫画特有の、些か湿り気を帯びた少女キャラクターだった。
『天才バカボン』や『もーれつア太郎』、後に描くことになる『レッツラゴン』を通読すれば、はっきりと見て取れるが、永井豪、ジョージ秋山といった新世代の漫画家が、立体的なディテールを併せ持つタッチで、少年読者のセクシャルな欲望や即物的な妄想を享楽的な笑いへと特化し、週刊誌メディアに新たなギャグ漫画のスタイルを構築しつつあった60年代後半以降、旧世代漫画の最終形態であるタッチの赤塚漫画がヒットを臨むには、その表現方法において、従来のギャグ漫画の境界域を突破し得る、巨大な起爆力が必要だったのだ。
確かに、ダンとアイちゃんの同棲生活を覗き見して収まりがつかなくなったり、見境なく小学生の女子児童に結婚を迫る担任のゲスペタ先生は、それまでの赤塚キャラにはない、突出した変態性を際立たせていたし、八年間風呂に入っていないという徹底した不潔ぶりから、顔に蠅の大群が群がるようになり、素顔が全く見えないゲスペタ先生の学友の登場は、そのキャラクター設定に、群がる蠅をマスゲームの如く操り、様々な物体に変身させる特技を持たせることで、日常の秩序に混乱を投げ込む、グロとナンセンスを一体化した不浄の笑いを取り込んではいた。
だが、ジメジメとした陰気なスケベぶりを更に拗らせ、露呈させているゲスペタ先生よりも、何の躊躇いもなく、猥褻な欲望を剥き出しにして女生徒に迫るヒゲゴジラやマカロニ先生(いずれも『ハレンチ学園』の教師キャラクター)の方が、より生々しくアグレッシブで、少年読者の性的な欲求不満を浄化するカタルシスを振り撒いていたことは明らかであるし、極めてグロテスクな存在であるものの、簡略化されたデフォルメにより、日常から乖離した不条理性を植え付けているゲスペタ先生の学友よりも、ゴキブリ入りのお握りや小便で泡立ったビールを余裕で口にする『オモライくん』の主人公のダーティさの方が、更に少年漫画のタブーを突き破り、生理的嫌悪感と表裏一体とも言える開放的なエンジョイメントを輝かせていたのは、紛れもない事実だ。
どんなに衝撃的で新奇性に富んだギャグセンスでも、それが読者に浸透した途端、漫画表現における一つのセオリーとなり、その系譜を辿る、パタナイズされたジョークや筋立てでは、記号化された絵柄によるリアリティーを喪失した作品世界にあって、ドラマ本来のダイナミズムを失うだけではなく、キャラクターそのものの魅力さえも損なうデメリットを孕んでいた。
それを乗り越えられるのは、絵の力による世界観の一新である。
パッケージ(絵柄)を変えることにより、形骸化した笑いをファッションの部分で機能させ、幾度となく再生させることも可能なのだ。
つまり、赤塚が目指した永井作品を超える陽気なハレンチ表現は、ダーティな描写も含め、赤塚のクラシカルなギャグタッチでは、最初から成立し得ない命題だったのだ。
結局、赤塚自身、「新たな殻を破るには至らなかった」と振り返るように、『ぶッかれ*ダン』は、イマイチ読者人気が盛り上がらないまま、掲載本数三〇本をもって「サンデー」より撤退(71年11号)する。
因みに、前掲の武居俊樹著『赤塚不二夫のことを書いたのだ』によると、『ぶッかれ*ダン』の第六回目(「モテモテアイちゃん けいべつぞ」70年37号)の締め切り日に、赤塚の母・リヨが危篤状態となり、原稿を落とせないという苦肉の策から、赤塚抜きでアイデア会議を開き、長谷邦夫がネーム、古谷三敏が当たりをそれぞれ担当したほか、フジオ・プロスタッフ総掛かりで第六話を代筆したとあるが、これは武居記者の記憶違いだ。
実際に、赤塚抜きで仕上げられたというその作品は、その後、アケボノコミックス『天才バカボン』第12巻(71年発行)に採録される『ああ‼大脱獄』(「サンデー」70年38号、単行本収録時には『天才バカボン番外地』と改題)という特別読み切りで、所長のバカボンのパパと看守長のニャロメが残虐の限りを尽くす私立バカボン刑務所に、無実の罪で収監されたイヤミ、チビ太、デカパン、ココロのボスら、お馴染み赤塚漫画の名バイプレイヤーが、あの手この手の手段を講じ、脱獄を試みる大脱走劇である。
武居記者曰く「この回の代筆に気がついた読者は、誰もいなかった。」とのことだが、明確なタッチの差異だけではなく、赤塚マジックによって昇華されていない凡庸なアイデアやヒネリのない落ち、キレのないギャグの数々は、赤塚作品のヘビィユーザーたる「サンデー」愛読者にしたら、オリジナルの赤塚ギャグとは似て非なるものであることは、一目瞭然だ。
尚、残念なことに、実現化には至らなかったが、一連の赤塚アニメの成功もあり、この『ぶッかれ*ダン』も、開局初のテレビアニメ、またドラマとして、NHKより映像化の企画を打診されていたそうな。
今回、誠に遺憾ながら、NHKサイドからオファーを受けていた制作会社や監督、予定されていた俳優や声優の配役等、詳細確認が出来ず終いで終わってしまったが、出来、不出来に関係なく、パイロットフィルムでも構わないので、映像化された『ぶッかれ*ダン』を、是非この目で一度見たかったものだ。
(といってもゲスペタが目立つ程度)
だがその後はあまり知らず、最近になってようやく知る程度でした。「ア太郎」や「レッツラゴン」の間じゃ無理ないけどもね。やはり目立つのはゲスペタで、いわばイヤミやニャロメの様なキャラでした。その一方でアイちゃんはこの時期の赤塚作では珍しいチャーミング、かつてのアッコやまつげに相当するキャラでした。
去年GWの電子書籍無料配信でも拝見、目立ったのはゲスペタですが、「ダメおやじ」に掲載された「ダン+ダメおやじ」は、別の話(2話あるのだ)を初めて拝見。ダメ助がダン・アイちゃん夫婦に庇われて感動したのはよかったです。ダメ助にとっては羨ましい夫婦だったかも。
アニメ化のプランもあったがお流れというのは初めて知りました。でもアイちゃんは、アニメ「ア太郎」の「バスは出てゆく煙はのこるの巻」で、ニャロメが一目ぼれしたバスガイド・京子として出てました。
拝見すると、これは赤塚版「人生ゲーム」というもので、主人公が産まれてから老夫婦・大家族になるまでを描いたもの。その主人公がなんとダンで、ルート中盤での結婚相手はアイちゃん、そしてゲスペタ・バカボンパパ・イヤミ・ニャロメなど、赤塚キャラが至る所にワンサと登場してます。
こんなの、今の赤塚ファンが泣いて喜ぶものでしょうな。