どんぴ帳

チョモランマな内容

はくりんちゅ407

2009-03-10 03:02:09 | 剥離人
 照りつける太陽、噎せ返る湿気、赤茶色の甲板…。

「木田さん、見事に赤茶色だねぇ」
 ハルが甲板を眺めて呟く。
 夜半の雨のお蔭で、昨日剥がした銀色の鉄板は、見事に赤茶色に錆びていた。赤茶色といっても、あまりに鮮やかなその色合いは、どちらかと言うとオレンジ色に近かった。
「さ、リブラ(Reブラスト)だよ」
 本来なら、今日は午前中にクリーニングブラスト(塗装直前の清掃ブラスト)を行って、次の工程に移行するはずだったのだが、目の前に広がる赤茶色の鉄板を綺麗にしなければ先に進めない。
「木田さん、ハルさんがウェス(ボロ布)が欲しいって」
 私は堂本にウェスを渡すと、ついでにシューズカバーも手渡した。
「すぐにこれも要るでしょ?」
「はい」
 堂本はウェスとシューズカバーを受け取ると、ハルの下に走って行く。
 シューズカバーは、主に建築工事で使われる場合が多く、布や不織布で作られていて、安全靴にカバーとして被せて使用する。工事中、建物の外や中を行ったり来たりすることが多い時は、いちいち安全靴を脱ぐのが面倒なので、シューズカバーを靴の上に被せて、出入りを行うのだ。
 空母の甲板では、塗装直前のエリアに入る場合、このシューズカバーを安全靴に被せる事で、鉄板素地を汚したりする事を防いでいる。

「木田さん、一応ウェスでタイヤを拭いているんだけど、どうしても車輪に付いた赤錆が、鉄板に付いちゃうんだけど…」
 ハルは赤錆をクリーニングした後の、車輪の通過場所に薄い汚れが付着するのを、非常に気にしている。きっちりと仕事をするハルの性格だ。
「うーん、こればっかりはねぇ、とりあえず一通り剥がして、気になる部分は後からもう一回走りますかねぇ」
「そうだね、そうしないと完全に綺麗にならないよね」
「ええ、それで行きましょう」
 甲板では、S社の三台のキャットも、赤錆の除去を行っている。他の三台とも作業の歩調を合わせなければ、午後のプライマー(下塗り塗料)の塗装が一気に出来なくなる。
「パラメーターはどうですか?」
 ハルに赤錆の剥離スピードを確認する。
「うーん、やっぱりクリーニングと同じスピードにはならないねぇ、いいとこ18Hz(ヘルツ)から19Hzかなぁ」
「なんとか昼過ぎには終わらせたいですよね」
「そうだねぇ」
 ハルは須藤と堂本を従え、黙々と作業を続けた。

 午後二時、一面赤茶色だった甲板の剥離部分は、再び元の銀色の鉄板に戻っていた。
「さ、段取換えをすんべぇ!」
 幸四郎が音頭を取り、ホース類をばらした機材を、どんどんフォークリフトで甲板前方に移動させる。

 午後三時、我々が移動させた機材をセッティングしている間に、塗装部隊が甲板にタコ星人(エアレス塗装機の愛称)をセットし、プライマーを吹き付け始める。

 午後四時、空が曇り始め、一瞬、ほんの僅かにパラっとだけ水滴が空から落ちて来るが、それっきり雨は降らなかった。 


最新の画像もっと見る

コメントを投稿