てっぺいの、いつも写真でさわでぃーかっぷ

日本とタイと写真が好きなてっぺいの日常を綴った日記のようなものです。

母方祖母のお別れ会

2007年09月04日 | 独り、戯れ言
今日は、先週の金曜(2007年8月31日18時26分)に亡くなった母方祖母のお別れ会に参加した。

色々な事情があり葬式やお通夜等はやらずに内々で火葬とお別れ会のみが行われた。
火葬場に行き、棺の中に横たわる祖母の顔を覗くとどことなく安らかな顔の様に思えた。

棺おけの中に、祖母がまた行きたがってたハワイの本や、歌の本、メモ帳とともに沢山のキレイな花を敷き詰めた。

祖母の顔を何度もさする母が印象的だった。
母の祖母への愛をすごく感じる瞬間だった。

僕は泣かないようにしてたんだけど、棺おけが竃に入っていく時に我慢が出来なくなって泣いた。

焼香に今までの後悔と謝りをこめた。
今まであまり会いに行かなかった事を深く詫びた。

火葬が終わり、骨だけになった姿を見て人間てなんだろうなと、また思った。
火葬に立ち会うのは3度目だけど、毎回同じ事を思う。
さっきまで「姿」として存在していた祖母の姿は、もう骨壷に納めら得た「骨」になってしまっていた。
その「姿」の中に魂があった訳ではないが、これで本当に今を同時に生きる人ではなく、記憶に残り続ける人になったんだな、と思った。
一瞬一瞬時間はながれ、0.1秒前のことすら過去になっていく訳で、
祖母の存在が「過去」の1ページになってしまった瞬間だった。
もう新しい記憶・記録は作れないんだね・・・・

火葬が済み、オペラシティー54階にある「海燕亭」でお別れ会をした。

母が持ってきた、祖母の昔の写真をみると母は祖母に瓜二つだったことがよくわかった。
叔父の持ってきた写真からは、祖母が相当「モガ(モダンガール)」だった事が伺えた。

実際、祖母はとてもモダンで、僕が小学生の頃祖母の家に行くと
「尾崎豊っていいのよ~」って言いながら尾崎豊の卒業なんかを聴いていた。
かつてはJAZZやブルースなどを踊ったり、戦前なのにスキーをしたりする人だったらしい。

僕は祖母の記憶があまりないのだけれど、面白いお婆ちゃんだった事は覚えてる。

母親や叔父さん達が昔話に花を咲かせて、あまり知らなかった祖母の事を色々知れてとても良かった。

僕の「感性」なんかは祖母から来ている部分が多いのかなと思った。

病気のデパートの様な人だったのに、色々な家庭の事情があったにせよあまり会いに行かなくて祖母不幸な孫だったと思う。

苦しみのない天国で好きな音楽を聴いて、またどこか好きな国に旅に旅行しながら暮らして欲しいと思う。


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