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てっぺいの、いつも写真でさわでぃーかっぷ

日本とタイと写真が好きなてっぺいの日常を綴った日記のようなものです。

母と広島旅行9月23~25日⑨

2011年10月19日 | Japan Tour2011
10時半の公開時間に合わせ海上自衛隊呉地方総監部庁舎へ


目の前に広がる赤レンガにテンション上がる


これは大正末期っぽいね


見えてきた!旧呉鎮守府庁舎1907(明治40)年竣工


この建物は2代目で、初代は1905年の安芸灘地震の際に損傷したため取り壊されている。
初代のレンガは呉各地で使われている、歴史の見える丘公園の旧呉海軍工廠礎石記念塔もそう




馬留め




戦時中は墨で塗って爆撃をさけたとかなんとか。。。
思うんだけどたかだか60数年前の事が何でわからないんだろう。。。


海軍マークはしっかりそのままに


地方警務隊本部庁舎


補給所庁舎


海上自衛隊呉調査隊庁舎






旧呉鎮守府庁舎横手




裏側もまた、海から見れば表玄関とも言える


明治23年明治天皇の臨席のもと行われた開庁式に合わせて設えた階段。しかし明治天皇は横の坂を馬車で移動されたらしい





母と広島旅行9月23~25日⑧

2011年10月18日 | Japan Tour2011
アレイからすこじまへ向かう。
途中、IHIの工場の横を通る


赤レンガの建物など、昔からの建物が今でも沢山残っていそうだ




昭和埠頭へやってきた


この辺りはアレイからすこじまという公園になっていて国内で唯一、潜水艦を間近で見ることができる公園だ


潜水艦が何隻も停泊している図は初めて見た


昔ながらの








旧呉海軍工廠(こうしょう)電気部関係建造物


現役の民間倉庫です


ひびき型音響測定艦が2隻停泊中


はりま


旧魚雷揚げ下しクレーン






坂道だったため、バスに乗り来た道を少し戻る。
同じ停留所でおじいちゃんが一緒に降りる。この先の建物でボランティアガイドをお昼からやっているらしい。
今はその前に家でお昼ご飯をとる為に下車したとの事。
色々とお話を伺うことが出来た。

そして、歴史の見える丘より車道を越えた歩道から見える景色


左手の上屋は戦艦大和を作ったドック跡。骨組みは戦前からそのまま、軍事機密だった大和製造を隠すための上屋。ドック跡は埋め立てられている。


戦前からこの眺めはあまり変わらないらしい


しっかりと目に焼きつけ丘を下った。

母と広島旅行9月23~25日⑦

2011年10月17日 | Japan Tour2011
25日、朝食を食べ、ホテルをチェックアウトして「歴史の見える丘」を目指す。
途中で海上自衛隊呉集会所(旧下士官兵集会所)を通りかかる


1935年(昭和10年)竣工


中庭もしっかりカーブ


台湾統治時代の警察署にこういう形多かったなー


美術館の前の通り、海上自衛隊呉音楽隊の建物があるからだろうか、音楽をモチーフニしたモニュメント達がこの先並ぶ


入船山記念館はまだ開館前


歴史の見える丘へ到着。歴史的建築物などが集められた公園だ
造船船渠(せんきょ)記念碑。大和を造ったドックの壁に使われていた御影石でドックの階段を再現


旧呉海軍工廠(こうしょう)礎石記念塔


1982(昭和57)年に残存していた旧呉海軍工廠の礎石を集めて建てた。
銘板台座のレンガは旧海軍鎮守府開庁当時の庁舎建材を使用(この素材は呉各地で使われているとの事)


噫(ああ)戦艦大和之塔


第30回大和進水日(昭和44年8月8日)を記念して呉大和会が建立


右側には戦艦「大和」主砲徹甲弾、左側には戦艦「長門」主砲徹甲弾が置かれている


呉市発展に力を注いだ澤原為綱の遺徳を顕彰するために建立された銅像の台座。銅像は金属供出で撤去された。


初めて見る形の台座、かっこよい


子規句碑

母と広島旅行9月23~25日⑥

2011年10月13日 | Japan Tour2011
呉へ戻ってきたので、まずは海上自衛隊呉史料館「てつのくじら館」へ。


太陽の塔に見えた!実は潜水艦の後方


魚雷除去の掃海艇と潜水艦の事色々、に重きを置い資料館。


あまり面白くはなかったけど、掃海艇の仕事は大変だって事がよくわかったよ。




潜水艦内部に入れる。狭くてx2、ほんとここに何ヶ月も居るのは強靭な精神力の持ち主じゃないとダメだ・・・・






続きまして大和ミュージアムへ。


戦艦大和は重大機密だったから写真も殆ど残ってないし、どんな博物館なのかと思ってたら
呉の歴史から始まって、海軍で培われた技術がいかに戦後に使われたかまで、相当見ごたえあった。
特に大和乗組員の方の証言ビデオは貴重。
こうして今も大和は海底深くに眠っている・・・


零式艦上戦闘機62型


人間魚雷「回天」






全長26.3メートルもある10分の1戦艦「大和」


人と比べると大きさがわかるね。本物はこれの10倍・・・








外には「てつのくじら」が見えた。







母と広島旅行9月23~25日⑤

2011年10月12日 | Japan Tour2011
フェリーとバスを乗り継ぎ、江田島までやってきた目的地はここ!


旧江田島海軍兵学校こと、海上自衛隊第1術科学校・幹部候補生学校
ここの見学ができるということで、近代建築マニアとしてはどうしても行ってみたかった。
11時の回にエントリーして、元自衛官のおじさんの案内で進んでいく。

まずは大講堂、こちらが皇族の方がお入りになる正面口


車寄せlove


裏口へ


3つ建物が並びます


1917年(大正6年)竣工


この感じが撮りたくて魚眼もって行った


この右端は皇族専用の席だけど、唯一小沢一郎氏の息子だけが座ったことがあるらしい・・・イクナイネ!


海軍のマーク、桜にイカリが描かれてるね


旧海軍兵学校時代には生徒の入校式、卒業式および精神教育の場として使用されていた


現在は幹部候補生、自衛隊生徒等の入校式、卒業式等の儀式に使用されている様です
ちなみに進駐軍の接収中は教会として使われていた、との事。


そしてこれ!明治26年竣工の海軍兵学校生徒館(幹部候補生学校庁舎)


赤レンガがとても美しい!




教育参考館
1936年竣工の神殿造り。海軍関係資料や特攻隊員の遺書などが展示されている。


東郷平八郎と山本五十六の遺髪室などもあり、内部は撮影禁止。脱帽入館必須。
写真撮れないのが残念なくらい立派な内装だった。寄付で作ったんだから凄いよ・・・


ちなみに山本五十六の言葉
「やってみせ 言って聞かせて させて見せ ほめてやらねば 人は動かじ」

戦艦「大和」主砲弾


 特殊潜航艇「甲標的」甲型・特型格納筒 


真珠湾攻撃に参加した5隻中の1隻


億にも近代建築の幹部候補生学校講堂(旧理化学講堂)が見えるのに、見にいけないこの辛さ。。。


特殊潜航艇「海龍」試作3号艇








旧海軍駆逐艦「雪風」主錨


1時間半程度のコースは終了


お腹がすいたので海軍カレーを食堂で食べる


そしてバスとフェリーに乗り、また呉へ戻った


江田島の最後に、海軍兵学校において生徒がその日の行いを反省するために自らへ発していた5つの問いかけ「五省」
一、至誠(しせい)に悖(もと)る勿(な)かりしか
真心に反する点はなかったか
一、言行に恥づる勿かりしか
言行不一致な点はなかったか
一、気力に缺(か)くる勿かりしか
精神力は十分であったか
一、努力に憾(うら)み勿かりしか
十分に努力したか
一、不精に亘(わた)る勿かりしか
最後まで十分に取り組んだか

母と広島旅行9月23~25日④

2011年10月11日 | Japan Tour2011
24日朝、ホテルをチェックアウトして広島駅へ送迎バスで送ってもらう。
9時ごろの電車に乗り呉へ一時間の移動。


呉駅に到着するや否やロッカーに荷物をぶちこみ船着場へ。
江田島のとある場所へ行くにはフェリーとバスを乗り継いで、1日数回の見学時間に行かなければならないのだけど
10時15分のフェリーを逃すととんでもないタイムロスになるためちょい急ぎ。


この通常船に乗って20分ほどの移動。


船はいいね


呉は海軍工場で栄えた場所だけあって工場がいっぱい見える




後で近くに行くけど、戦艦大和を作ったドック








先に見えるは江田島なり


すぐバスに乗り込み、目的地へ。
つづく

母と広島旅行9月23~25日③

2011年09月29日 | Japan Tour2011
チンチン電車を原爆ドーム前で降りる


原爆ドームライトアップ


広島市レストハウス(大正屋呉服店)1929(昭和4)年竣工、爆心地なのに良く残ったよね


平和記念公園を通る




2001年宇宙の旅を思い出した




色んな言葉で「平和」が書いてある




親とホテルで別れて一人で繁華街へ




元祖へんくつやで広島焼き




旧日本銀行広島支店  


1936(昭和11)年竣工


白神社を通りホテルへ戻り就寝


母と広島旅行9月23~25日②

2011年09月28日 | Japan Tour2011
駅で降り、数分歩くとお寺があった。この山門は随分と古いらしい。


数年前に祖母が亡くなってから、初めてのお墓参り。
数年かかった事の侘びと、母と来られた事の感謝、また安息を祈った。
お墓を掃除しながら色々と想いを巡らす事も出来たし、お参りできて本当に良かった。

ここは歴史のある寺のようで石碑が立ってたり


軍人さんの墓地があったので参拝した


至誠心


一駅電車に乗り、つらつら歩いて超有名店「八昌」の支店へ


ここはじーーっくり焼き上げるので美味い


ねぎ焼き、ねぎは載せて食ったほうがうまいという結論に(笑


なのでチーズ&ねぎトッピング!ほんとうまい!ビールもキンキンで美味くて満足x2


お皿見たらOTAHUKUって書いてあった。ソースもおたふくだったし。
3年前来たらどこもかしこもカープソースだったイメージだけど、今回は一度もカープソース見なかったなぁ。

かなりの満足感に包まれて店をあとにした。


すっかり夕暮れでした


その3へ続く

母と広島旅行9月23~25日市内①

2011年09月27日 | Japan Tour2011
9月23日は秋分の日だった。
秋分の日は、国民の祝日の一つであり、祝日法で
「祖先をうやまい、なくなった人々をしのぶ」ことを趣旨としている日である。

なお、戦前は「秋季皇霊祭:しゅうきこうれいさい」と言い、
宮中の皇霊殿で歴代の天皇・皇后・皇族など、皇祖の神霊を祀る儀式を行う皇室の大祭の事を指しました。
戦後に「秋分の日」と改名して、庶民が先祖を祀る日となった。

その秋分の日に広島にある母方のお墓参りに行こうかな、
という話を両親にしたところ母も行くと言うので一緒に2泊3日で広島へ出かけた。

23日8時45分頃東京駅到着、新幹線の販売所にはかなりの人出が。
禁煙指定席が売り切れだったので喫煙指定席を買い、自由席で席が取れたらそれでいく作戦。
新幹線出発まで30分位時間があったのでカフェで朝食を取り、15分前位にホームに行くと新幹線居た。
直前にホームに入ってくるのかと思ったらそうじゃなかったのね。


無事に自由席に席を確保した。やはり席が足りず、通路にも立ち移動の方々が。
高いお金払っているのに立ちながら行く意味って・・・あと、東京ー品川/横浜間に乗る人って凄いよね、高い!

買っておいたカツサンド、全く腹減ってなかったけど食べる機会がないのでとりあえず12時に食べる。
丁度4時間位かけて13時40分に広島に到着、空気がうまい!

電車の一日券(600円、これ超使えます)を買い、チンチン電車に乗り込む。


車内がカープまみれで広島に来たことを実感(笑


あくまで数回乗って思っただけなんだけど、
広島の人は席を詰めない・老人に席を譲らない感じがした。
席詰めたらもう一人座れそうだったから母と二人で席詰めたら空間の反対側の女性がゆったり座るようになってポカーンってなった。
それはともかく、八丁堀で降りて胡桃屋へ


お腹が減ってたわけでもなかったので2人で1枚。
広島焼きは良いよね、「美味い」「凄く美味い」の二択だもん!


予約しておいたドーミーインへ。15時数分前だった。
このホテル、部屋は小さかったけど浴場が付いてて、露天風呂もあったし、立地も良いし、飯も美味かった。で、安かったから満足。

荷物を置いてチンチン電車


色分けでどの線がくるかわかる案内板


お墓参りへ、つづく

大阪タイフェスその4 ラスト

2011年06月21日 | Japan Tour2011
車取りに行く前に、いでなので新しくなる大阪駅を見に行くことに




ホーム全体をまるまる屋根で覆っちゃう!って発想がすごいわ






空港っぽい


そっち行くと飲まれるぞー




そしてタイフェス会場へ








カオソーイ


最初はLIVEを最前列で見てた


楽しそうな軍団も居て、踊りたくなったのでそっちへダッシュで移動!


前日はリハーサルか?と思う位、前日と明らかに違うノリ






パラポンはおひねりいっぱいもらってた (^o^)




その後、京都のタイ料理屋さんで〆を食べて東京へ帰りました。