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科学的方法とは何か? 序-5 確実なことは何もない

2019-09-18 06:20:16 | 科学論
 序-4の続きです。

 100%正しい確証はありえない。でも間違いの可能性を(1/無量大数)以下に抑えるのは難しくはなさそうである。

 20世紀以降の科学では「真理が得られることはない、近づけるだけだ」という趣旨のことがよく言われます。測定値には必ず誤差が伴う、などもひとつの例です。またカラスのパラドックスで知られるように、カラスが無限にいる場合に全てのカラスが黒いか否かは有限時間内の観測により確証することはできません。

 Ref-2によれば、これをはっきり言ったのはウィリアム・スタンレー・ジェヴォンズ(William Stanley Jevons)で[*1]、"The Principles of Science" Macmillan(1874)[Ref-7]にまとめられています。Ref-2からジェヴォンズの言葉を引用します。

 -----------引用開始-----------------
  いかなる帰納的結論も確からしさを超えることはない。そして,
  わたしは,確率論が論理的方法の本質的な部分であり,すべて
  の帰納的結論の論理的価値は意識的にせよ無意識的にせよ,確
  率の逆算法の諸原理に従って決定されなければならない,とい
  う見解をとる。
 -----------引用終り-----------------
 -----------引用開始-----------------
  手持ちのデータを超えるすべての予測およびすべての推論は,
  純粋に仮説的であり,新しい事象が,過去の事象の観察によっ
  て見いだされた条件に従うという仮定に基づいて行なわれる。
  有限の長さのいかなる経験も,作用している諸々の力の完全な
  知識を与えることはできない。したがって,二重の不確実性が
  あるのである。世界が全体として変化せずに存続すると仮定し
  てさえ,われわれは全体としての世界を実は知らないのである。
 -----------引用終り-----------------

 「すべての理論は仮説である」という現代ではよくある考え方もはっきりと打ち出されています。100%確実なことが知り得ないならば、ある知識なり理論なりが正しいかどうかは0か1かではなく、その中間の確率で表されることになります。この0か1かという明確さを持たない確証の程度を蓋然性(probability)などと呼びます。

 とはいえ「明日も太陽は東から昇る」とか「ニュートン力学を破る現象(相対性理論を無視できる範囲で)など起きない」とかいうのは本当に100%確実なことにも思えます。でも例えば陽子が崩壊する現象ならどうでしょうか? 7.5x10^33個の陽子を12年以上観測し続けて崩壊が観測されなくても明日には崩壊する可能性(probability)は打ち消せません[*2]。ただし崩壊の確率は観測されない期間が長くなるほど、つまりネガティブな観測回数が増えるほど小さくなります。これは7.5x10^33個の太陽を同時に4400日連続観測してすべて東から昇ったという観測結果と同等です。

 確率(probability)の思考実験と言うとサイコロが使われますが、ニュートン力学の世界ではサイコロと言えども投げる初期条件が正確にわかれば出目は正確に予測できると考えられます。ただ人間はそれを正確に知ることができず、初期条件をバラツキのある集団として扱わざるを得ないために確率で考えるしかないという見方があります。でもラプラスの悪魔にはそんなものは必要ない、というのがピエール=シモン・ラプラス(Pierre-Simon Laplace)の考えでした。内井惣七の言葉を借りれば「確率は人間の知識に関わるのであり,世界の構造のうちにあるのではない[Ref-2の2.14節]」となります。

 しかし放射性原子核の壊変となるとそうはいきません。これは完全にランダムな現象と考えられています。半減期1日の原子1個をじーーっと観測し続けていて30日間崩壊しないこともありえるのです。シュレジンガーの猫の実験のように原子核崩壊をトリガーにしてマクロな現象が起きる仕掛けをしておけば、このマクロな現象がいつ起きるかはラプラスの悪魔も予測不可能なのです[*3]。まさしく量子力学はラプラスの悪魔を消したのです。

 なお半減期1日の原子1個をじーーっと観測し続けていて30日間崩壊しない確率は2^30≒10^9≒1兆回に1回ほどですが、さすがに10^80(観測可能な宇宙の中の原子数[*4])回に1回の想定にすると、そりゃ100%確実と同じだよと言われそうです。とはいえこれは、我々がゼロと10^(-80)とを観測的に区別できないというだけに過ぎません。10^80回に1回の確率など普通は無視するのです。ではどの程度の確率なら心配するかというと、そこは人により状況により様々です。

 帰納法から得られる真理は本質的に確率的になるのですが、するとポパーの反証可能性説にひとつの盲点が生じることがわかります。つまり「反例がひとつでも見つかれば全称命題は否定される」とはいかなくなるのです。陽子崩壊実験でも1発検出されれば色めき立ちはするでしょうが、それで決まりとはいきません。やはり何回か検出されないと確かなものとは認められないでしょう。他の科学実験にしてもそれは同じことで、何回かの追試でも同じ結果が出なければ確かなものとは認めにくいのです。

 さらに付け加えれば、ある法則を否定する現象が1度観測されたからと言って、その法則による予測を全く使わなくなるというのは利口なことではありません。N回に1回くらいは外れるかも知れないと思いながら使えばよいだけのことです。

 まあもう少しややこしい話もありそうですが、実用的にはこれで十分でしょう。


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*1) wikipedia日本版の「論理学」の項は英語版「Logic」の直訳のようだ。
*2)
 *2a) 陽子崩壊探索[ハイパーカミオカンド]
 *2b) [カブリ数物連携宇宙研究機構](2018/04/27)
*3) ちなみにバーサーカーが行動を決定するのは放射性壊変によるランダム性が使われているとの設定である。次にどの惑星が襲われるのかはラプラスの悪魔も予測不可能なのだ。
*4)
 *4a) wikipedia「観測可能な宇宙#内容物質」
 *4b) 宇宙の原子の数は10^80程度(2013/10/17)


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Ref-1) 戸田山和久『科学哲学の冒険 サイエンスの目的と方法をさぐる (NHKブックス) 』(2005/01)
Ref-2) 内井惣七『科学哲学入門―科学の方法・科学の目的』世界思想社 (1995/04)
Ref-3) 内井惣七『シャーロック・ホームズの推理学 (講談社現代新書)』(1988/11)
Ref-4) 伊勢田哲治『疑似科学と科学の哲学』名古屋大学出版会(2003/01)
Ref-5) ロビン・ダンバー『科学が嫌われる理由』青土社(1997)
Ref-6) ロジャー・G・ニュートン『科学が正しい理由』青土社(1999/11)
Ref-7) Jevons,W.S. "The Principles of Science" Macmillan(1874)
  英語版wikiにも引用あり

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