ある司法書士の修行時代

司法書士の修行の日々に思う徒然事

いつか晴れた日に

2005-06-30 13:54:42 | 司法書士
手術は終わった。

今は左目も見える。
軟膏が入った状態なので、
3年近く右目に頼りっきりの状態だったので、
焦点が合いづらくてなんだか変な感じ。

左目の変調に気づいたのは、司法書士の受験生時代のことだ。
医者に行ったが、決定的な解決策はない、といわれ、
まだ手術の時ではない、という言葉と共に左目と向かい合うのを延引してきた。

どうしようもない辛さ、を感じ始めたのは、
1年くらい前からか?
就職して、金をためて、その金で…というのがなんだかんだといって、
僕のこれからの目標の中では大きな位置を占めていった。
親に縋るのは、絶対に避けたかったから…

今手術が終わって、今まで酷使していた右目を休ませるかのように閉じてみる。
微妙に波打つ左目の視界に満ちる光は澄み切っていて、新しい。
まぶしさを避けるためにグラサンでもかけるか、とすら思う。
グラサン司法書士
それもまた良いではないか。

試験は三日後。
差し迫った今この時期にこのブログを覗いてくれている奇特な受験生はいるのだろうか。
僕は司法書士合格者の8割くらいは運のお陰だと思ってる。
それくらい上位の受験生のレベルが高いってこと。
紙一重の運の世界では、クリーンヒットの数よりボテボテの内野安打の数が
最終的にものを言うのでははないのだろうか。

人前で頑張るのは、かっこ悪い?
今年は五回目です、と口にするのは恥ずかしい?
くだらないね

自分が悔いのないように頑張れば良い。
人の思惑なんかどうだって良い。
受験会場に行く時は、前を歩くやつらを追い抜いていけば良い。
ライバルを見るたびに、「ああ、あいつは落ちるのか、可哀想に」と思っておけば良い。
この教室の中で受かるのは自分だけなんだ、と確信していれば良い。

試験が始まったら、落ち着いて解ける問題から解けば良い。
ボテボテの内野安打でもヒットには違いない。

とりあえず

2005-06-19 22:07:31 | 司法書士
ビール…

じゃなくて、とりあえず目の手術が終わってから、
ブログも読み応えあるものにしたいなぁ、と思ってる。
その能力があれば、だけど…

そういえば折角コメントくださった皆さまに対して、
随分長い間レスしてないのだが、それもきっちりし対処ていくので、
なにとぞご寛恕の程をお願い申し上げます。

特にみうら先生には、いつもお世話になっているのに…ね。

ところで、競馬だが、重賞は完敗だが、
福島の新馬と最終の万馬券馬単を2本ゲットしたので、
2万円の勝ちとなり冷え切った懐も若干暖まったというもの。
これでドトールに我慢できない時はスタバに行けるかな。
個人的にはチェーン店ではベローチェ・珈琲館・サンマルクカフェ
が安くてややゆったりしているから好きなのだが、どれも近くにない。

しかし競馬で儲けた金はマン管の登録費に充てることにしている。
名刺交換した時に司法書士とマンション管理士が並んでたら、
まず僕と思ってもらってもあながち的外れではないのではないのだろうか。
しかし肩書きにバルセロニスタと書きたい気も多分にあるのだが…

プロキオンステークス展望

2005-06-19 02:15:43 | 競馬
プロキオンステークスは昔は皐月賞の次の週だったような…

思い出すのはテンパイ。
条件戦時代は派手な逃げ馬だったが、
鞍上横山の逃げ嫌いのせいもあって、
重馬場のプロキオンステークスでは好位差しでレコード勝ち。
ジェイドロバリー産駒が重馬場に強いところをまざまざと見せ付けた。
ただ次走に選ばれたのが芝の京王杯スプリングステークス。
そこでボロ負けした後は、調子を崩して復活しなかった。

ブロードアピールも印象深い。
強烈な末脚の持ち主で芝・ダート兼用だったが、
ダート戦のほうが印象に残ってる。
武豊が乗ってゴール前きっちり差しきった根岸ステークス。
これぞ武豊という感じの美しい騎乗だったが、
僕は強い馬には強い勝ち方をして欲しい、と思ってるので、
デザーモが乗ってぶっちぎりで勝ったプロキオンの方が印象深い。

さて明日のプロキオンステークスは、思いっきり穴狙いで、
10番人気のスリージェムから行く。
実力の割りに人気がなさ過ぎるのがそそる。
重賞を楽勝したアドマイヤベッカムに楽勝しているのだから、
重賞の実力もそんなに遜色ないはず。
中山で好走しているのなら阪神の坂も苦にならないはず。

早くも勝ったような気分だ。

一瞬の夏 part2

2005-06-12 19:40:01 | 司法書士
自分の戸籍をつらつらと眺めていて…驚いた。

僕の苗字は旧字体だったのか…

字体に関しては、この仕事、拘らなくちゃならない。
もちろん法務局によっては、高とは同じとみなしたりしてくれるので、
表示更正をしなくていい場合もあるし、芦屋とか葛城なんてのは、
「芦」や「葛」の字が本当の表記の字と違ってても、申請は通る。

しかし自分の戸籍を見て、初めて自分の苗字の中に今まで見たこともない
ような変な旧字体が混じっているのを発見するのは、
カセットテープに吹き込んだ自分の声を初めて聞いたときのような、
変な違和感に通ずる感覚を覚える。

IMEパッドの手書きで書いてみても見つからないような旧字体。
久々に…
わが人生に、幸多かれ!
と叫びたくなる日曜の夜だった。

一瞬の夏

2005-06-12 17:09:26 | 司法書士
全部事項証明書をつらつら眺めていて、ふと、思った。

権利部(甲区)

1番 所有権移転
   年月日売買
   共有者
    大阪市北区楽天球団100敗目
    持分2分の1黒 木 香
    大阪市北区楽天球団100敗目
    2分の1黒 木 瞳

2番 黒木香持分全部移転
   年月日相続
   所有者
    神戸市長田区堀江門100敗目
    持分2分の1黒 木 瞳 

1番と2番の間に抵当権の設定があったとして、今度それを抹消する時、
黒木瞳の名義人住所移転の登記をしなければいけないが、
こういうときに法務省が推奨している○番所有権登記名義人、の目的表示が、
役に立つのだろうなー。

この場合、黒木瞳さんが京都市中京区孫正義独勝 に引っ越しても、
所有権登記名義人住所変更 年月日住所移転 変更後の事項 住所○○
でいけるのだろうな、やったことないが。

スローターハウス①

2005-06-12 14:24:23 | 司法書士
保証会社に登記済証(たいてい設定契約書)を届ける。
担当の人は様々だが、まあ、忙しいのだろう。
もちろん女性も結構いる、ローンのアドバイスなんてのは女性方が向いてそうだしね。

さて、保証会社ってのはメインの銀行の外れにあることが多いみたいだ。
その微妙な位置関係と距離感が、メインバンクを離れて保証会社に向かう
僕の心理に微妙な歪みにも似た違和感を与える。

入り口で名乗り、保証会社に入って、担当の人を呼んでもらい、
(名刺交換済みなら)椅子に座って、一応登記の完了を説明して、
届け物の確認をしてもらい、受領の印鑑を貰う。

その時、そのテキパキとした対応に、その隙のない化粧具合に、
その無駄のない言動に、机を隔てた以上の距離を感じつつ、僕はこう思う。

嗚呼、僕は処理されているのだ…

それは白日に突然訪れた精神的倒錯に似た感覚であり、
プライドが軽く踏み躙られて砕けるジャリッという音が聞こえるようでもあり、
性とは無関係にところで性とは無関係な秘められたるSMプレーが交錯したようなものだ。

時よ止まれ、君は美しい

2005-06-10 22:43:23 | 徒然
といっても僕が転んだだけだ。

左目が殆ど見えないので、気はつけているのだが、限界はあるらしい。
朝、電車に乗り遅れないようにマンションの階段を注意深く駆け下りた、
つもりだったのに…

見事に転んだ。
排水溝の掛かっている金属製の柵(網?)のようなやつで、
滑って転んで、吹っ飛んだ。
たまたまと通りかかった小学生がじっとこちらを見ていたが、無視。
手をアスファルトで思いっきりすりむいてひりひりしていたが、
手の惨状を見るのが怖くて結局昼過ぎまで見なかった。

僕が足を滑らせたとき、三流映画監督なら、一流でもジョン・ウーなら
スローモーションを採用するだろう。
デビッド・クローネンバーグなら採用しないだろう。
一瞬の出来事だったが、今思えば、スローモーションに値するとも思えるのだ。

クロード・ルルーシュなら吹っ飛ぶ僕を見て、映画化したいと思うだろうか?
僕は「思わない」と思う。絶対に。

小は大を兼ねるのか?

2005-06-10 22:26:54 | 司法書士
「大は小を兼ねる」に関しては、登記の世界では間々あるようだ。

例えば、A土地があって、bcdefの五筆に分筆した場合において、
bの所有権移転の登記済証はA土地を獲得して時の登記済証となり、
分筆の登記済証ではない。

所有権の甲単有から甲乙共有への更正の場合で、
甲の持分への抵当権設定登記の場合の登記済証は、
甲が当初所有権全部を取得した際の登記済証となるが、
この場合も実質はともかくなくとなくそれっぽく感じる…

さて、太郎、次郎、三郎共有の土地があって、
それぞれ別々の持分移転(所有権一部移転)登記で権利を取得。
今度、抵当権を設定しようと思ってるが、
うっかり者の次郎氏は権利証を紛失している。

この場合で、司法書士津田四蔵がこのたび本人確認情報を添付して、
抵当権設定の登記を代理申請することになった。
さて、昔の保証書制度の下では、保証書に登記済証の判が押されて、
登記済保証書となり、後々の抵当権設定登記などの登記済証として、
使えたものだが、改正後は保証書制度が廃止されたので、
登記済保証書自体がなくなった。

しかし通達によると、規則附則第15条第2項書面を添付しておけば、
それに登記済の判が押されて義務者に還付されことになり、
その書面は以前の登記済保証書と同様の役割を果たすらしい。

司法書士津田四蔵は次郎氏に還付される登記済証のために、
「申請書の写し」を添付し、登記原因証明情報は抵当権設定契約書の写しを添付し、
権利者への登記済証作成の素材としてその原本を使用することにしたのだ。

無事登記は完了し、設定契約書に登記済の判、
申請書の写しにも受付番号のない、登記済の判が押されて還付された。
津田四蔵は権利証を太郎氏と三郎氏に返し、申請書の写しを次郎氏に返した。

三日後、またまた別の金融機関の抵当権を設定することになったという
次郎氏からの連絡が津田四蔵に入った。
その時、次郎氏はこう言った。

「あのー、こないだの先生の説明によると僕の登記済証は今回の抵当権設定
 の際の登記済証として使えるらしいですが、なんか兄が友達の司法書士受
 験生から聞いた話によると私が貰った申請書の写しには義務者として兄と
 私と弟の三人が記載されており、この申請書の写しがどの義務者に還付さ
 れたのか書面上では特定されてないので、この写しだけで兄と私と弟の3
 人分の権利証を兼ねるから権利証を渡す必要がないと入れ知恵されたらし
 くって、今回は兄と弟は権利証を渡さないといってますが…」

さて、この件では実際のところ小(次郎の登記済証)が、
大(太郎と次郎と三郎の登記済証)を兼ねることになるのだろうか。
登記所で書面を調べれば判明するが、調べなければいけそうだけど…

nameless

2005-06-08 23:47:14 | 徒然
が僕のブログの主義らしきものだ。
地名を散々挙げているからバレバレの可能性もあるが…

世の中に対する得体の知れぬ居心地の悪さを表現するのに、
匿名の隠れ蓑がないとできないのはある意味卑怯かもしれないが、
別に誹謗中傷するような卑劣なことは書いてないし、
匿名というそれなりに厚いフィルターで表現を透過しないと、
僕自身が自分の表現で傷ついてしまう可能性があるし、
何よりももう傷つくのにはうんざりしているので、
萎縮してしまう可能性が極めて高い…

というわけで、士業とブログの関係からいえば、
全く〝所謂〟定石を無視していると思うけど、
別に今のところ独立を考えているわけじゃないし、
表現は表現、仕事は仕事と現在はきっぱり割り切れる環境にいるので、
このブログとまもなく登録する司法書士の関係が
〝ねじれの位置〟関係であっても全く構わない、
というかそのほうが表現に脂が乗るというものだ。

というわけで、このブログを読んで、仮にそうだと思っても、
「もしかしてマッティー・ペロンパー(仮名)先生、ブログを書いてます?」
とか聞かないで下さいね。

〝ねじれの位置〟があからさまに交わった時が、
このブログの終わりのときだな。

НОСТАРГИЯ

2005-06-05 23:15:37 | 徒然
 オセールのギー・ルー監督(66)が5日、退任を表明した。
 同国のテレビ局に明らかにしたもので、4日に、
 フランス杯で4度目の優勝を果たしたばかり。(日刊スポーツ)

僕はサッカーでの監督の役割は非常に重いと思ってる。
日本代表を論じる人たちは「FWの決定力不足」や「得点機不足」を
論じてFWや中盤の選手を批判してもジーコを批判することは殆どないようだ。

僕にとってジーコは岡田監督やトルシエが築き上げた3-5-2の遺産を
食いつぶしているだけとしか思えない。

ジーコが持ち込もうとした4バックが全く機能してないことは、
ジーコが日本代表に加味し、貢献したものが皆無に等しいことの証左だと思う。

ギー・ルーは面白い監督だった、というか爺さんだった。
オセールというちっさなクラブで個性的なサッカーを展開できたところに
ヨーロッパのサッカーの懐の深さを感じるし、
彼が引退したことは僕らのノスタルジアに彩を加えるに違いない。

Que Sera Sera

2005-06-04 18:13:24 | 司法書士
実は事務所の上層部に登録するように言われた、というより頼まれた。
費用は登録費も会費も保険料も事務所持ちで…
こっちはそのつもりで行く。

はっきり言って破産は少しだけ手伝ったが、
クレサラや再生は全くやったこともないし、
成年後見に至っては切っ掛けすらないので、
そうとう偏った司法書士になりそうだが、
仕事の内容が99%不動産登記なので、別に構わないか…

今は視力のことで頭がいっぱいなので、
なかなかビジョンも思いつかないが、まあ、
〝Que Sera Sera〟
が僕の生き様を根底で支えているんじゃないのか、
と思ってるので司法書士といったって詰まるところそうやね。

光あるうちに光の中を歩め

2005-06-04 18:01:41 | 徒然
昔読んだがどんな内容だったのか、全く覚えてない。

さて懸念の左眼の具合だが、一時は失明を覚悟したけど、
なんとか手術で視力は回復するとのことだ。
安心といえば安心なのだが人事のような気すらしている。

片目の状態で何が辛いかと言えば、異様に疲れることだ。
遠近感のことをとやかく言われるが、それも確かにある。
物を手渡される時に空をきってしまうことがままあるからだ。
しかし何より疲れる。

されど手術で回復するといっても、眼の手術自体が怖い。
手術時も怖いが手術後の傷が完全に治癒するまでも怖い。

しかし悩みは一個解決しそうだ。
あまり重い悩みに苛まれていると、
周囲の人の〝悩み事〟とやらに全く共感できなくなってしまい、
決して縮まることのない隔絶感を埋めるために〝軽蔑〟の念が
ムクムクと沸き起こってしまうから不思議なものだ。

もともとから虚無主義要素の強いニヒリストなのに…ね。