地震発生とともに様々な出来事が報じられたが、その中に上越新幹線の脱線事故があった。開業以来同様の事故のないことが売りの一つとなっていたが、今回の地震ではそうはいかなかった。場所は、長岡市沢渡町。線路が東京から新潟方面に向かい、最後のトンネルを出た所からすぐである。大事故に至らずにすんだのがせめてもの幸いである。
一方、復旧作業をする意味からいえば、トンネルを出た場所での脱線は幸運といえる。現場は住宅街から離れ、作業場所の確保や作業中の万一の事故があったとしてもある程度の安全が保たれよう。
写真からわかると思うが、現在も脱線した車両の中には傾いたままのものがあり、その作業が困難を極めているのがわかる。地震発生以来10日をすぎているが、大きく重い車両の姿勢を元に戻すのは大変なことである。度重なる余震も作業の妨げとなっている。
上越新幹線は新潟県民にとっては首都圏と郷土をつなぐ交通手段としては、きわめて重要である。今回の震災で、関越自動車道も長岡・小出間は不通。在来線の上越線についても皆川さん親子の事故現場となった箇所で復旧のめどが立たない状況。
現在、新潟と首都圏を結ぶルートとして、鉄道はほくほく線の復旧で越後湯沢から新幹線利用が可能となっているのみである。それ以外のものが無いわけではないが、磐越線(磐越道)経由か、信越線(上信越道)経由という迂回ルートをたどることになる(注:かっこ内は高速道路)。どちらをたどっても大きな回り道である。現在不通となっている鉄道・道路の復旧が待ち遠しい。
写真は2004.11.3撮影。今日の長岡は朝から穏やかな天候であった。しかし、この原稿を作り始めた午後4時過ぎから雷雨となった。テントや車中での避難の方々の事が案じられる。また、復興作業中の方々についても同様である。
一方、復旧作業をする意味からいえば、トンネルを出た場所での脱線は幸運といえる。現場は住宅街から離れ、作業場所の確保や作業中の万一の事故があったとしてもある程度の安全が保たれよう。
写真からわかると思うが、現在も脱線した車両の中には傾いたままのものがあり、その作業が困難を極めているのがわかる。地震発生以来10日をすぎているが、大きく重い車両の姿勢を元に戻すのは大変なことである。度重なる余震も作業の妨げとなっている。
上越新幹線は新潟県民にとっては首都圏と郷土をつなぐ交通手段としては、きわめて重要である。今回の震災で、関越自動車道も長岡・小出間は不通。在来線の上越線についても皆川さん親子の事故現場となった箇所で復旧のめどが立たない状況。
現在、新潟と首都圏を結ぶルートとして、鉄道はほくほく線の復旧で越後湯沢から新幹線利用が可能となっているのみである。それ以外のものが無いわけではないが、磐越線(磐越道)経由か、信越線(上信越道)経由という迂回ルートをたどることになる(注:かっこ内は高速道路)。どちらをたどっても大きな回り道である。現在不通となっている鉄道・道路の復旧が待ち遠しい。
写真は2004.11.3撮影。今日の長岡は朝から穏やかな天候であった。しかし、この原稿を作り始めた午後4時過ぎから雷雨となった。テントや車中での避難の方々の事が案じられる。また、復興作業中の方々についても同様である。
貴サイトの記事に、ついTBを貼らせてもらいました。
不幸中の幸い。まさにそうでした。
現場近くのトンネル出入口の高架下は地割れが..。
そして、高架のコンクリートからも破片が落ちていま
した。けっこう大変な状態でした。
しかし、なんといっても脱線したとはいえ、転倒しない
その強靱さには驚きです。
世界に冠たる高速鉄道。新幹線であります。
遠くからでも先頭車がもたれかかっているのがよくわかります。
しかし仰る通り、トンネルを抜けた場所だったことや、駅からそんなに離れていなかったこと、都市部でなかったこと、犠牲者がいなかったことは、不幸中の幸いでした。