昨年の大晦日には
野麦峠へスキーへ行った
夜は 紅白と
ゆく年くる年を見て
近所の神社まで2年参りをした
夜の神社の雰囲気は
子供の頃を思い出す
羽村の稲荷神社
大人が酒に酔い賑わっている雰囲気
・・懐かしい
さて 今日は1月6日
今年になって既に6日が経過した
色々思うことがあった
○右ふくらはぎの肉離れはなかなか治らない
年をとると傷みやすく治りづらい 実感する
昨年は運動はほとんどランニングだけだったが
今年はジムなどにも通って体を整えながら
マラソンに挑もうと思う
○スキーについてだが
技術でカバーできる部分もあるから老体でも続けられそうだな
そう思うのである
○娘は間も無く受験 家族の協力が必要
でも大騒ぎでテレビを見ている毎日
昭和の空気で現代を生きる一家庭を自覚
○年末年始に撮っているカメラは
富士フイルムのカメラで最近のお気に入り
○聖高原スキー場の帰りに寄った
ホテルの日帰り入浴は誰もお客さんがいなくて
家族風呂のようで随分くつろげた
○今履いているズボンは約30年前
高校生の頃に買ったパタゴニアのズボン
長く使えるって 嬉しいし誇らしい
○昨年末に長男が自身で前髪を切って
本当に面白い髪型になっている
本人のこだわりがあり
床屋で修正する気は全くないようだ
○ブラックでも文句 ホワイトでも文句
職場環境というのは灰色の世界が適切なのか
○明日は三九郎(どんど焼き)
この行事を経験して
もう何年目になるのだろう
コロナでやれない時もあったが
毎年行われる
この風習については 正直どうでも良い と思ったりもする
僕は学生時代
高校・大学では片道2時間の通学時間を列車に揺られ
学業や部活などはやったが
毎日毎日の大体同じことの繰り返しで
大人になったらまっぴら御免だ そう強く思っていた
そんな同じことの繰り返しが
例年の行事においても 重なるような気がするのである
子供にとっては新鮮だろうから 一緒に取り組むが
正直 僕にとっては
新しいこと やったことの無いこと
そういう事に目が向く自分がいる
僕の先祖は木から降りた
僕は木にい続ける猿ではない
だから 伝統行事の繰り返しはもういい
一度きりの人生で
見たことのないものを見たいし
経験したことのないことを経験したい
そう思ったりもする
年を取ると恒例行事について
妙に落ち着くこともあるけれど
恒例行事に はまり込むことは
老いて身体が硬くなるのと同時に
頭が硬くなるのを促してしまうような・・
そんな思いになるのである
同じことを繰り返し述べているような文章だが
簡単にいうと
継承、保守は僕自身全くそぐわない
どうせ死ぬんだし
もっと自由にさせてくれ
ただそれだけである
○追伸、妻は元旦も2日も仕事だった・・・ご苦労様です