昭和40年代の前半だと思う。大阪の心斎橋に中村屋が初進出してきた。その時の新聞インタビューで中村屋の社長は「大阪の食べ物はどうしてこんなに不味いんだ」という趣旨の発言をした。生粋の大阪人であった私はいたく自尊心を傷つけられた気がした。
でも程なく心斎橋のその店に親に連れられて行きいたく気に入ってしまう羽目になる。当時特製のカレー粉の瓶詰めを売っていたのを買い求めて我が家で中村屋風カレー(カリー)を度々作ることになる。私が料理に興味を覚えた最初である。
そして40年代の半ばには民放の昼の連ドラで中村屋を題材にした「パンとあこがれ」が放映される。宇都宮雅代の実質デビュー作であり私はこのドラマにも虜になる。何故昼ドラを見れたのか不思議だが、何のことはない私は浪人生だったのだ。確か白黒ドラマだったように思う。創業者相馬愛蔵と黒光夫妻の苦労出世談、そして夫妻が亡命インド人を匿う隠れたる日本文化史であったのだが、後半には夫妻がパトロンとなった彫刻家荻原守衛と黒光の不倫も描かれる。大学生の時私は新宿の本店に食べに行き更に国鉄大糸線の穂高にある荻原守衛の美術館を訪ね展示されている裸婦像(黒光がモデル)に感動しその局部を触ってしまう。たかがカレーだが、わたしにとってはここのカリーは只のカレーではない。
10年位前に親しい女性を連れて行った。しかし彼女は新宿本店のこのカリーを美味しくないと言い放った。食い物の嗜好は似ていると思っていたので不可解であった。
私は今でも旨いと思う。骨付き軍鶏肉の旨さとご飯の旨さは格別で総合的に見て他の名店に負けないと思う。そして40年近く味が全く変わらない。一個付いてくるジャガイモはいつも固めであり角が立っている。
というより少しでも変われば私にとっては許せない。今日も付け合わせのラッキョウと福神漬けは空にして店を出た。
でも程なく心斎橋のその店に親に連れられて行きいたく気に入ってしまう羽目になる。当時特製のカレー粉の瓶詰めを売っていたのを買い求めて我が家で中村屋風カレー(カリー)を度々作ることになる。私が料理に興味を覚えた最初である。
そして40年代の半ばには民放の昼の連ドラで中村屋を題材にした「パンとあこがれ」が放映される。宇都宮雅代の実質デビュー作であり私はこのドラマにも虜になる。何故昼ドラを見れたのか不思議だが、何のことはない私は浪人生だったのだ。確か白黒ドラマだったように思う。創業者相馬愛蔵と黒光夫妻の苦労出世談、そして夫妻が亡命インド人を匿う隠れたる日本文化史であったのだが、後半には夫妻がパトロンとなった彫刻家荻原守衛と黒光の不倫も描かれる。大学生の時私は新宿の本店に食べに行き更に国鉄大糸線の穂高にある荻原守衛の美術館を訪ね展示されている裸婦像(黒光がモデル)に感動しその局部を触ってしまう。たかがカレーだが、わたしにとってはここのカリーは只のカレーではない。
10年位前に親しい女性を連れて行った。しかし彼女は新宿本店のこのカリーを美味しくないと言い放った。食い物の嗜好は似ていると思っていたので不可解であった。
私は今でも旨いと思う。骨付き軍鶏肉の旨さとご飯の旨さは格別で総合的に見て他の名店に負けないと思う。そして40年近く味が全く変わらない。一個付いてくるジャガイモはいつも固めであり角が立っている。
というより少しでも変われば私にとっては許せない。今日も付け合わせのラッキョウと福神漬けは空にして店を出た。