今回も結局同じ店で2度の旅路の夕餉を頂くことになった。
夕刻に弘前に着き街を一歩き。弘南電鉄の弘前駅の裏には川があり、鯉が泳いでいる。その対岸にこぎれいな店を発見。橋を渡って店の前を確かめるとしメニューの案内も無く、電話番号の表示も無く盛塩で営業中であることが分かるのみ。
躊躇することなくドアを空けてみるかと暫し思案したが、値段も分からないし、店内の雰囲気も見当が付かない。まだ汗も流していないし、タウン誌で確かめてからと一旦引き返した。
今回宿泊したパークホテルは紀伊国屋書店と同じビル、紀伊国屋で郷土の本乃至ガイド雑誌のあるコーナーのいずれかにタウン誌はある筈と探してみる。
郷土の本のコーナーには青森、そして弘前藩のお膝元として最も歴史のある弘前に関する書籍はことのほか多い。ついつい目的を忘れてあれこれと手にとって見るがタウン誌は見当たらず、紀伊国屋は7時閉店と分かりもう時間がないといささか慌てて雑誌のコーナーにもタウン誌は見当たらず困ったがレジ前に小さな冊子を発見。パラパラとめくってみると先ほどの店の紹介と電話番号を発見。番号を携帯に転記すればとも思ったが210円と高いものでなし購入して、同じビルのホテルの部屋に戻ってもう一度紹介分を読んでみる。「和服の女性がもてなす郷土の食材を使った和食店」・・・和服ねえ・・・殊更求めるものではないが、値段は適当だし空いていればと思って思い切って電話してみる。和服を召しているにしては元気の良過ぎる声。カウンターがありますかとは聞きそびれたが是非お越し下さいとの応答に「では30分位したら行きます」と予約。シャワーを使ってテレビの天気予報を見てから再び徒歩5分店に着く。

和服の若い女性、そしてそこから少しずつ年齢の上がった女性たちがカウンター向うで割烹着姿で出迎えてくれまずは一安心。
「お任せにします、4000円で組んでいただいて結構ですが昼に肉を食べましたので魚介にしてください」とだけ頼んでお通しを生ビールで頂きながら最初に出てきたのがモズク、でも深浦で取れた「岩もずく 」だという。
普通のもずくと比べて随分歯ごたえがあり昆布を彷彿させる食感。中々に素晴らしい。その次に出てきたのはホヤと蕗と思われる一品。蕗ですかと聞くと「いいえミズという山菜です」と仰る。確かに蕗の薫りではない。ふきよりもう少しぬるっと下感じがあるが癖のない食べやすいものだ。ホヤは好物なのでこれもおいしく頂いた。

その次出てきたのが写真のサザエと鰯の刺身。久六島のサザエですといわれても分からないのだが後で調べてみると深浦沖の無人島でサザエ、アワビの宝庫らしい。
鰯はまずまずだったのだがサザエは歯ごたえ最高の逸品であった。
魚はその後、キンメ蒸しも出されておいしくいただいたが、盆の最中で活けの魚は苦労したのだろう。貝類は数日は生かせて置けるのでその次の男鹿の岩牡蠣も含め貝類はどれも食感と旨さを堪能できた。

生ビールの後は地酒を頂くことにして弘前の地酒の2合目位から私の舌も滑らかに鳴り出し、店も忙しそうではなかったので少しずつ話を始めた。
牡蠣の薀蓄の話から初めて、一番気になっていた「電気正宗」のことを聞いてみた。女将は興味示しくれたのか、一見だが少々うるさそうな客の機嫌を損じてはいけないと責任感を感じたのか定かでないが「二階に地元の飲食店に詳しい方が見えていますから聞いてみましょう。」といってくれた。私の投げた捜索情報は「表通りに面した雑居ビルの一階か地下です。老女がやっており、鍵型のカウンターがあります。壁の棚に陶器の徳利が多数並んでいます。料理は炙りものだったとおもいます」である。
暫くして彼女は「そのお客さんはこの近くの鍛冶橋通りにある店ではないかと仰ってます。通りのどちら側か分からないけど立ちんぼがいるから聞いてみたらとのことです。」と教えてくれた。・・・・早速店を出てから捜索したのだが通りの雰囲気が違う、私は7年前にはもう客引きの居るネオン街は近づくことすらいやだったので旅路とはいえそのような中の店に入ったとは考えにくいからである。・・・・
お任せが一通り終わってご飯にしますかと聞かれて、まだ少々腹に入ると思ったので「久六島のアワビがあれば御願いします」と言ってみたがアワビは入荷が無いとのことで変わりにメニューの中で気になっていた『黒岩の豆腐」を頼むことにした。私は鹿児島の蒲生の豆腐や石川県の白山の豆腐のような堅い豆腐が出てくるのかと地名からの想像で思い込んだのだが単に普通の豆腐だが滅法味のある旨い豆腐を頂くことが出来た。生ビールと冷酒3号と旅の食事の平均的な酒量で満足して引き上げた。

翌日は私なりに記憶を辿って「電気正宗」の店を探してみたが見当たらない。どうもゲームセンターになっている場所がくさいとは思ったものの目的を達せず、どこか昨日とは別の店と思ってタウン誌も参考にしながら何軒か店の前にたたずんでみたが、どうも食指が動かない。少なくとも昨日の店なら快適な会話と旨い飯が食える。芸はないがもう一度「結き」にたどり着いた。
「今日は肉も入れてお任せを組んでください」と頼んで、昨日の店探しの首尾の報告などして昨日とは基本的に重ならないレパートリーの料理を頂いた。座った場所は昨日とは反対の左端で前に色紙が立ててある。「世の中は不条理なことばかり」というような不正直な人間が得をして正直な人間が思わぬ重荷を背負わされることしばしばなどと書き出しているのだが含蓄のある文章で癖のある字だが、字の配列からほとばしるメッセージを感じる色紙である。岩木山の島崎云々と作者名が書いてあるのが気になって聞いてみた。「どれ位の年齢の方で、どんな素性の方ですか?」「私どものお客様で60歳くらいの方で昨年頂きました。岩木山にある宿で縄文の宿というのを経営されている方です」メッセージは大変共感できるのだが未だ私には思いの至らない部分がある。やはり年齢の差だなあ、俺は最後の神仏にすがりたくなるという心境には未だ至らんなあと少し酔いの回った頭で考えた。
今回も行き当たりばったりだが店を探す吾が眼力は衰えざりと自己満足した店選びであった。