古い話になりますが昔「
まんまる」と呼んでいたノラがいました。別におデブちゃんではなく出会ったのが夜でおめめが「まんまる」だったからです。ワイフを見ると尻尾をギンギン立てて擦り寄りまどろみ、何かを確信すると距離を置くようなノラでした。
「まんまる」が姿を消して、猫おばさんから何があったのかを聞きました。何を聞いたのかは書きません。猫おばさんと別れて歩き始めるとワイフは声を出して泣いていました。
「まんまる」とはとても短い期間しか会えませんでしたが、今でも夜寝る前に必ず思い出すノラたちの一人で、妙なはなし。。どこかで再会するのではないかと思っていました。
先週中頃から、喉の痛みと酷い頭痛に見舞われました。職場で蔓延している風邪をもらってしまったようです。会社帰りに病院によって薬をもらいます。もう。大丈夫と思ったら、体内でいろんなものが一斉に戦い始め頭痛はさらに悪化。。もう寝るしかありません。
そして夢を見ました。場所は
夜光雲の上。
森のなかまが夜光雲の虜になったのは「
雲を愛でる会」の創設者
Gavin Pretor-Pinneyさんの『
「雲」のコレクターズ・ガイド』に載っていた写真でした。
Bill Valentineさんのこのページにある1枚目の写真です。高度12500メートル上空の航空機から撮影されたそうです。
普通の雲は
対流圏と呼ばれる高度11kmまでにできます。雲の王者「
積乱雲」が上に成長できず横に広がるところから成層圏がはじまります。
成層圏のさらに上空の高度50Kmから80Kmの
中間圏。そして
国際宇宙ステーションなどの
低軌道衛星がある80Kmから800Kmの
熱圏の間に発生する地球上で最も高い場所にできる雲。あまりに高い位置にあるので夜でもお日様の光を受けて青白く輝く雲は一度でも見てみたい雲でした。
気がおかしくなるくらいの数の星の光。足元には下から太陽の光を受けて青白く光を拡散させる氷晶の草原が広がります。そして遠くには朝焼けのオレンジ色が見えています。
地球上で最も低い大気温の世界はマイナス92℃。歩くたびに氷晶がぶつかり鈴のようにリンリンと音を立てます。夢の世界ならではの光景です。
「ごめんよ。今日はワイフは一緒じゃないんだ」と森のなかま。
「ワイフさんは高いところが苦手にゃ」と「まんまる」。
「ぼくもそんなに得意じゃないんだけどね」
「みんな得意じゃないにゃ。ぼくも帰られないんだにゃ」
「まんまる」によれば無我夢中でジャンプして登っていったら夜光雲にまできてしまったそうです。戻ろうとしても足場がなくて降りられないそうなのです。猫らしいですよね。
「今笑ったにゃ?失敬にゃ」と尻尾をビリビリさせる「まんまる」
「ごめごめん。。すごいまっしぐらなんで(笑)。。でどうしたんだい?」
「まんまる」が前足で顔を洗うと毛先についていた氷晶がキラキラと弾けます。
「帰るには翼が必要なんだ」
語尾に「にゃ」を付けずに喋ることもあるのだと妙に関心しながらも、自分が手に持っている昔つくった競技用の紙ヒーコキの意味が分かりつつありました。
「うん。でも本当にこれで大丈夫なのかい?」と森のなかま。
「だいじょーぶにゃ。試しに飛ばしてみてにゃ」
森のなかまは普段ゴムパチンコで飛ばすのですがハンドランチも少しだけ熱中した時期がありました。主翼後縁の左側に人差し指をかけてやや右にバンクを切りながら腕の振りがもっとも早くなったところで機体をリリース。
紙ヒコーキは右螺旋上昇し死点でピッチングすることなく左旋回で滑空を始めます。満天の星空と足元から立ち上る青白い光の草原。紙ヒコーキは旋回するたびに朝焼けを浴びて主翼がピカッと光ります。
「誰がそんなにマジメに飛ばせといったにゃ!なくなったら大変にゃ!」と紙ヒコーキを追いかける「まんまる」
「ダイジョウブ。。上昇気流もないからなくなんないよ。ただ滑空するだけだよ」
バタバタと二人で青白い氷晶を散らしながら朝焼けの中を飛ぶ紙ヒコーキを追いかけます。
中間圏のような大気が希薄なところでも紙ヒコーキが滑空するだなんて、きっと何かの加護を受けているんだろうなぁと思うわけです。でも少しずつ寒さを感じてきます。早くしたほうが良いようです。
「ハァハァ。。チャンスは一度きりなんだにゃ。旋回させずまっすぐ飛ぶようにして雲の端から朝日に向かって紙ヒコーキをゆっくりと飛ばしてくれにゃ。」
真剣な顔をする「まんまる」。語尾が気になるんですがとても真剣なの顔つきに押されてうなづく森のなかま。機体をまっすぐ飛ぶように調整します。
「できたよ」と森のなかま。
二人で朝日に向かって夜光雲の端を目指して歩きます。だんだんと氷晶の量が減って青白い光が弱くなっていきます。
「にゃぁ、投げてくれにゃ。そしたらいいというまで目をつぶっていてにゃ」
「いくよっ!」と紙ヒコーキを静かに投げ出す森のなかま。目をつぶります。
お腹のあたりを柔らかく噛まれるような感触と加速。そして体験したこともないような跳躍を感じたかと思うとしなやかに着地を感じました。
「もう目を開けてよいにゃ」と「まんまる」
機体が大きくなったのか、僕たちが小さくなったのかわかりませんが僕らは紙ヒコーキの主翼の上にのっていました。「まんまるは」左前足で森のなかまを抱えなおすと右前足で主翼前縁を握っていました。
大気を掴めない紙ヒコーキは滑空というより自由落下に近いです。今まで感じたことがないような寒さに襲われますが「まんまる」の腕のなかは不思議とぬくぬくしています。鼻のあたりに夜光雲の氷晶がカサカサと残っていてくすぐったいです。
「もう、加護は期待できないですにゃ」
「そうだね。でもさ、キレイな光景だよね。ワイフも入れて3人で見たかったなぁ」と森のなかま。
夜光雲を見上げながら中間圏からダイブする人類と猫。高度が下がるとともに朝日は急速に見えなくなっていき地上の闇へと吸い込まれていきます。
「ワイフさんは高いところが苦手にゃ(笑)でも、キレイな光景は好きなはずにゃ。あんたが見たことをうまく伝えてあげてにゃ」
「むずかしそうだけど。。やってみるよ」
寒さと風の轟音でだんだんと意識が遠くなっていきます。しばらくすると翼は大気を掴み揚力が生まれ始めました。いつも見ている雲たちが浮かぶ対流圏にまで達したようです。
「そろそろお別れにゃ。あんたには悪いけど帰るには翼が必要なんだ。この機体をもらっていくよ」
「うん。元気でな」と朦朧とする森のなかま。
「ありがとにゃ。ワイフさんにもよろしくにゃ」
「うん。。」
「まんまる」は森のなかまが尾翼にぶつからないように機体を背面にし、そっと腕から森のなかまを空中に泳がせました。辺りは真っ暗なはずなのに「まんまる」を乗せた紙ヒコーキは一瞬キラッと輝いたように見えました。夜光雲の氷晶に含まれる流星煙粒子にそういったものがあったのかもしれません。
そして暗い部屋のなかで目が覚めました。
窓の外を見ると空は暗く朝日の気配はなく肌寒さを感じました。
水を飲みに台所へ。頭はひどく痛く、体のあちこっちも痛かったので再び寝てしまいました。
結局1日会社をお休みしました。布団のなかで「まんまる」と過ごした不思議な時間を振り返り整理してはまどろむのでありました。
翌日は出社しましたがボーッとしているとカラダ的に辛いので細かい力仕事を一気に引き受け片っ端から片付けていきます。仕事がひと段落つくと青白く光る氷晶の草原の上で、朝日を浴びて時折光る紙ヒコーキのイメージが浮かび上がり離れず、稚拙ながらも「夢でみたお話し」風にまとめてみました。
「まんまる」はきっとどこかに帰り着いたんだと思います。今度はもうちょっと暖かいところがいいかな。
それでは!