B&B&B

回り道を全力疾走

ブログ更新

2014-01-20 03:13:36 | 未分類
ようやく、ざっとですが、年末年始のブログ書き終えました。もう、書きたくない。疲れた~。
http://cloxol.blog81.fc2.com



書いてみて思ったんですが、たった1日だけでも書きたいことが溢れかえって大変です。

後半は省略しましたが、海外にちょろっと行くだけで思うことが山ほど出てきます。

刺激はやっぱり海外に多いです。

特に文化や経済水準が異なる国。

個人的に一番熱が入れられるテーマ(サーカス、生きること)についてはここでも記事を書いていきたいと思います。


が、また、一ヶ月くらいは勉強専門のブログにいますので、こっちのブログはお休みすると思います。

(俺いったい今いくつアカウントもってんだろう?)

では、また戻ってくる日まで。

See you next time,BYE-BYE.


自由な迷子と束縛されたロボット

2014-01-15 08:58:28 | 未分類
子どもはじっとしてるのが苦手
黙っていることが苦手
先のことを考えて行動することが苦手
周辺環境に合わせて適した行動をとることが苦手。

監督者である大人はそれをうまく制して、促すのですが、


そうすることで、子どもの良いものまで削っているような感覚もある。


例えば、じっとさせたいときには、条件付けで行動をロックさせることがある。
「ここで暴れるんだったら、この後、アスレチックで遊ぶ時間がなくなるよ!それでもいいの?」

といったもの。


自分も監督者であれば、使わざるをえないこういった交換条件のようなやりとり一つにしても、ためらうことがある。


交換条件といっても、持てる者と持たざる者とのアンフェアな取引であって、結局は全てオトナの価値観によるオトナの勝手な都合でしかないものだから。

時間や安全や行動に関するオトナのルールの枠組みに子どもを押し込んでいるだけのことだから、いかにその団体が子どもの自由な行動や発想を尊重する等とうたっていても、結局はオトナ社会をベースに運営するしかないんでしょ、と斜めにみてしまう。

もちろんこの社会で生きている以上、子どもの安全を守ることや時間や行動を管理することは必要なんだけれど、監督者であるオトナは、心のどこかでは、そうすることでまた一つ子どもの可能性をつぶして画一的な概念を植え付けている感覚を持っていてほしいと思う。

全てのことに絶対正義はない。ただ、だからといって方向性を指し示してあげないと迷子になってしまう。常にそのバランスを自分なりに感じて接していくことかなと。



思ふ。

うまのはなむけ

2014-01-14 07:51:49 | 未分類
年末からバタバタしてようやく落ち着くことができそうです。

先月29日から半月ほとんど家に帰ってません。

新年に入ったので今年の抱負をしたいところですが、まだうまく気持ちの整理ができてないのでできそうもありません。

ただ今年は決めたことがあります。

踏み出す一歩。人生のレールから意図的に脱線し。

ぬるま湯に心を喰われないように。

まずは3月まで。
ダメなら6月まで。
遅くても8月には。

行動と結果で示す。