今回の品は、変わった盆です。
古い桐箱に入っていました。
箱には、「笠翁埋物盆」とあります。
横 25.6㎝、縦 23.4㎝、高 3.4㎝。江戸後期ー明治。
木の厚さは、0.4㎝、周囲に2.8㎝の縁がついています。
華奢な造りの盆で、軽い(170g)です。
この品の見どころは、盛り上がった百合の花。
漆黒(実際は濃茶)の海に、一輪の百合が浮かんでいるかのようです。
花弁は盛り上がっています。一方、おしべ、めしべは漆絵で描かれ、平たんです。
葉や茎も盛り上がっています。
葉には穴が開いていて、病葉が表されています。
葉を拡大すると、表面にジカンが多数見られます。また、大嵌入が葉脈が彫られた方向に走っています。これは、どうやら焼き物のようですね。磁器ではなく軟陶です。
病葉の穴の付近を拡大すると周囲が融けていて、焼成時にできた穴であることがわかります。が、意図的なものか偶然にできた穴かはわかりません。いずれにしろ、良い味をだしています。
茎の先には、茶色の部分がのぞいています。茎の他の部分にも所々に同じような茶色部が見えます。どうやら、茎は、盆を彫って、別の木を埋め込んであるようです。木象嵌ですね。
この盆は、百合の形に木を彫り、そこへ彩色した陶器の花弁や葉、そして木の茎を埋め込んだ物だったのです。
漆器に、陶片、貝、牙、鉛、堆朱などを象嵌したこのような品は、芭蕉の弟子であった小川破笠(寛文三(1663)年ー 延享四(1747)年)創案による工芸品で、笠翁細工、あるいは、破笠細工と呼ばれています。小川破笠は、俳句だけでなく、絵画、そして、工芸品作りにも才能を発揮したのです。彼は、江戸中期以降、キラ星のように現れたマルチ人間(世にいう奇人変人)の一人だったのですね。
また、彼は、作品に自分の印を象嵌で入れました。工芸品に作者の銘を入れるのは、当時としては非常に珍しく、尾形光琳を思わせます。しかし、印のある品を含め、破笠の作品は非常に少なく、その品が私の所へ来ることなどはあり得ません(^^;
幕末から明治初期にかけて、日本の工芸品が高く評価されるようになりました。柴田是真や小川破笠は、日本より海外で先に人気が急騰したのです。当然、破笠風の品が国内で多く作られるようになりました。
今回の品は、そのような物の一つと考えるのが順当でしょう(^.^)
【追記】
くりまんじゅうさんから、この花は、土佐の夏を彩るタキユリ(滝百合)ではないか、とのコメントをいただきました。早速ネットで調べてみると、絶滅が危惧されるタキユリにそっくりです。花弁に赤い点がちりばめられた鹿の子ユリから派生し、崖に下向きに咲く珍しい百合とのことです。
鹿の子百合(Wikipediaより)
盆を180度回転させて、上下を逆にするとまさにタキユリ(滝百合)。
私も、最初にこの盆の写真を撮るときは、この向きにしました。自然とそうなりました。この向きの方が、盆全体としてなぜか落ち着きがあるからです。ところが、その後、これでは生えている百合の逆向きではないかと思い、写真を取り直してブログにアップしました。それがなんと、最初の向きが正解だったのですね。ファーストインスピレーションを大切にしなければいけないという教訓をまた得ました。
くりまんじゅうさん、ありがとうございました。