毎日見ていたこの殺風景な景色も今日で見納めか
宇宙線を遮断する特殊な窓ガラスの向こうに見えるのは砂と石と岩の世界
ここは最後の月面基地
かつて月面には大小含めて数百の数のコロニーや基地があって数万の人々が暮らしていた
だが現在残っているのはここ第302号基地のみとなっている
そしてここも数時間後には閉鎖される
今、私は自分に与えられた個室の窓から見える荒涼たる灰色の風景を眺めている
私の足元を黒猫の「R」がすり抜ける
「R」は熱心に部屋の中をあちこちを調べている
私の部屋の中の私物で必要なものはすでにシャトルの貨物室の中に移してある
「R」はいつもと違う乱雑に散らかったままの部屋の様子に落ち着かないのだろう
ウロウロしながら時おり私の顔を不審げな眼差しで見つめる
妻も子もいない私にとって「R」はただひとりの家族と言っていい
毎朝出勤する私をドアの内側で見送ってくれて
疲れて帰宅し私室のドアを開けると私の胸に飛びついて迎えてくれた「R」
毎晩同じベッドで私の腕枕で寝て
いたずらしては私に怒られて部屋の隅でしょげて小さくなってた「R」
君と一緒に過ごした年月はけっして忘れられるものじゃない
私は昔風の紙巻きの煙草をくわえレーザーライターで火をつける
本来は個室内での喫煙は禁じられてる
基地内の空調は厳密に管理されており、喫煙者(煙草を趣味にしてる人はごくまれなのだが)は指定された喫煙所以外での喫煙は認められてはいない
とはいえ、ほとんどの人がすでに退去してる今なら誰にも咎められることもないだろう
リクライニングの椅子に深く腰掛け胸の奥まで吸い込んだ煙をゆっくりと吐き出す
目の前を紫色の煙がたなびく
その煙の向こう側にグレ―の月面の景色が広がる
部屋の中の探索に飽きたのか、「R」が私の膝の上に飛び乗ってきた
私の腿の上で2、3回転してから丸くなって落ち着く
そんな「R」の柔らかな毛並みの背中をいつものように撫でる
「R」は気持ちよさそうに目を細める
基地内に残っている職員は2時間以内に第4シャトルデッキに集合してください
今回のシャトルが最終便となります
最終シャトルの出発時間は18030です
シャトル出発後には当基地の機能は全て完全に停止します
繰り返します
基地内に残っている職員は2時間以内に第4シャトルデッキに集合してください
今回のシャトルが最終便となります
最終シャトルの出発時間は18030です
シャトル出発後には当基地の機能は全て完全に停止します
アナウンスを聞きながら煙草をテーブルの上でもみ消す
私もそろそろ行かねばならない
そう思いながらも私の手は「R」を撫でるのをやめない
シャトルに積める荷物には重量制限があり、特に私物は必要最小限の物しか認められていない
当然のように私の申請した私物の中の「R」が認められることはなかった
「R」とはここで別れなければならない
安心し切って私の足の上で寝てる「R」を置いて行くことを思うと耐えられないくらいの胸の痛みを感じる
しかしそれはどうしようもないことなのだ
もう1本だけ煙草を吸ってから出発しよう
そう決心して新たな煙草に火をつける
ゆらゆらと揺れる紫煙越し
窓ガラスの向こうの風景に変化があった
地平線から地球が顔をのぞかせている
かつて人類が住んでいた頃の地球は青い星だったと聞く
私も映像では何度も青い地球の姿を見たことがある
今の地球は灰色の星
灰色の地球が灰色の月の大地から昇っていく
二本目の煙草をやはり机の上でもみ消し
「R」を抱き上げ頬ずりする
お別れだよ
そう言葉に出すとさらに胸が締め付けられる
柔らかな体を抱いたまま「R」の首のあたりのしなやかな毛の間を指先で探る
顎の下の小さなスイッチを見つけ出し意を決して指で押す
このスイッチを5秒間押し続けるとロボット猫である「R」は機能を完全停止することになる
5
4
3
2
「R」は金色の瞳で私を見つめて
にゃぁと鳴いた
カレーの日々 6/19更新~
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掲示板 なんぞ一言
源五郎日記 お休み中
宇宙線を遮断する特殊な窓ガラスの向こうに見えるのは砂と石と岩の世界
ここは最後の月面基地
かつて月面には大小含めて数百の数のコロニーや基地があって数万の人々が暮らしていた
だが現在残っているのはここ第302号基地のみとなっている
そしてここも数時間後には閉鎖される
今、私は自分に与えられた個室の窓から見える荒涼たる灰色の風景を眺めている
私の足元を黒猫の「R」がすり抜ける
「R」は熱心に部屋の中をあちこちを調べている
私の部屋の中の私物で必要なものはすでにシャトルの貨物室の中に移してある
「R」はいつもと違う乱雑に散らかったままの部屋の様子に落ち着かないのだろう
ウロウロしながら時おり私の顔を不審げな眼差しで見つめる
妻も子もいない私にとって「R」はただひとりの家族と言っていい
毎朝出勤する私をドアの内側で見送ってくれて
疲れて帰宅し私室のドアを開けると私の胸に飛びついて迎えてくれた「R」
毎晩同じベッドで私の腕枕で寝て
いたずらしては私に怒られて部屋の隅でしょげて小さくなってた「R」
君と一緒に過ごした年月はけっして忘れられるものじゃない
私は昔風の紙巻きの煙草をくわえレーザーライターで火をつける
本来は個室内での喫煙は禁じられてる
基地内の空調は厳密に管理されており、喫煙者(煙草を趣味にしてる人はごくまれなのだが)は指定された喫煙所以外での喫煙は認められてはいない
とはいえ、ほとんどの人がすでに退去してる今なら誰にも咎められることもないだろう
リクライニングの椅子に深く腰掛け胸の奥まで吸い込んだ煙をゆっくりと吐き出す
目の前を紫色の煙がたなびく
その煙の向こう側にグレ―の月面の景色が広がる
部屋の中の探索に飽きたのか、「R」が私の膝の上に飛び乗ってきた
私の腿の上で2、3回転してから丸くなって落ち着く
そんな「R」の柔らかな毛並みの背中をいつものように撫でる
「R」は気持ちよさそうに目を細める
基地内に残っている職員は2時間以内に第4シャトルデッキに集合してください
今回のシャトルが最終便となります
最終シャトルの出発時間は18030です
シャトル出発後には当基地の機能は全て完全に停止します
繰り返します
基地内に残っている職員は2時間以内に第4シャトルデッキに集合してください
今回のシャトルが最終便となります
最終シャトルの出発時間は18030です
シャトル出発後には当基地の機能は全て完全に停止します
アナウンスを聞きながら煙草をテーブルの上でもみ消す
私もそろそろ行かねばならない
そう思いながらも私の手は「R」を撫でるのをやめない
シャトルに積める荷物には重量制限があり、特に私物は必要最小限の物しか認められていない
当然のように私の申請した私物の中の「R」が認められることはなかった
「R」とはここで別れなければならない
安心し切って私の足の上で寝てる「R」を置いて行くことを思うと耐えられないくらいの胸の痛みを感じる
しかしそれはどうしようもないことなのだ
もう1本だけ煙草を吸ってから出発しよう
そう決心して新たな煙草に火をつける
ゆらゆらと揺れる紫煙越し
窓ガラスの向こうの風景に変化があった
地平線から地球が顔をのぞかせている
かつて人類が住んでいた頃の地球は青い星だったと聞く
私も映像では何度も青い地球の姿を見たことがある
今の地球は灰色の星
灰色の地球が灰色の月の大地から昇っていく
二本目の煙草をやはり机の上でもみ消し
「R」を抱き上げ頬ずりする
お別れだよ
そう言葉に出すとさらに胸が締め付けられる
柔らかな体を抱いたまま「R」の首のあたりのしなやかな毛の間を指先で探る
顎の下の小さなスイッチを見つけ出し意を決して指で押す
このスイッチを5秒間押し続けるとロボット猫である「R」は機能を完全停止することになる
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「R」は金色の瞳で私を見つめて
にゃぁと鳴いた
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