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ファイアーサイド・チャット=焚き火を囲んだとりとめない会話のかたちで、広報やPRの問題を考えて見たいと思います。

ネットPRの現在

2009年07月05日 13時54分21秒 | PR戦略
■オバマ選挙のメディア戦略

大統領選挙でネットを本格的に活用したのは、04年の予備選でジョン・ケリーに敗れた民主党のディーン候補である。彼は選挙にブログや動画サイトを活用し、草の根の支持を獲得するだけでなく多大な選挙資金の獲得につなげた。
それから4年。ネット環境は大きく変化した。
ブロードバンド化で動画の視聴は容易になり、またWEB2.0をキーワードに一般ユーザーの参加型サイトが隆盛を極めるようになっていた。
08年のオバマ陣営はこのような変化をいち早く取り入れ、ネット時代のキャンペーンの輪郭をくっきりと描き出した。
そのメディア戦略を簡単にスケッチしてみよう。
まず伝統的メディアである「マスメディア」の積極的活用は選挙戦略の基礎である。
マケインの選挙費用3億6900万ドルに対し、オバマは今回の大統領選で、倍以上の7億4500万ドル(≒715億円)を集めているが、この豊富な選挙資金を原資にテレビスポットCMを大量に投下している。
それだけではなく大統領選挙投票日の6日前には約5億円の費用を投じ、全米7局で30分のインフォマーシャル番組を放送し、勝利に向け駄目押しをしている。
特筆すべきは「マイメディア」の積極的活用である。
マイメディアとはあまり聞かれない言葉だが、ウェブサイトやメルマガなど社会と直接受発信できる、自分のメディアと定義しておこう。
候補者が自分のウェブサイトを立ち上げるのは日本でも当たり前になっている。オバマのユニークさはそれに加えて、YOUTUBEに自分のチャンネルを開設し積極的に活用したことだ。
テレビでオンエアされる前のCMがYOUTUBEにアップロードされた。オバマのさまざまな演説、選挙スタッフからの応援要請も動画にまとめられた。1800本以上が公開され、合計で1億回以上ダウンロードされたという。
その他にもメールや携帯電話のアプリなどさまざまなネット機能を使い、迅速性・透明性・参加性を重視しつつ、市民に情報を公開していったのである。
また、このマイメディアは個人献金を受け付ける窓口でもあった。
オバマサイドからの情報発信を受け、支持者の中にネット内口コミが発生し始めた。いわゆる「バイラル効果」である。
支持者の個人ブログに加え、マイスペース、フェースブック、ツイッター、ディグ、アイフォンのアプリなど、人気のネットワークサービスがフル稼働した。これらのユーザー自身が情報を発信するメディアは、ソーシャルメディアとかCGMなどと呼ばれている。
私は、ソーシャルメディアとは、『擬似当事者』を生み出す仕組みだと思っている。ソーシャルメディアに投稿したり、動画を公開したり、献金した人間はそのテーマにいやでも関心を持たざるを得ず、あたかも当事者のような意識を抱くようになるのだ。
こうしてオバマ選挙は熱狂的なエバンジェリストやネット内有名人を生み出していった。彼らは時として自分たちで動画を作り、勝手に公開する。
例えばアップルの著名なCMをパロディにしたヒラリー・クリントン中傷動画はそのクオリティの高さもあって大きな話題となったが、その作者は普通の会社員だった。「オバマガール」と呼ばれる勝手連的動画もYOUTUBEに投稿され多くのアクセスを稼いだが、歌い踊った女性はこれを足がかりにテレビタレントへの道を歩んだ。
このようにしてオバマは社会現象となり、支持を広げ、献金を積み上げ、全米に「Yes We Can!」をキーワードとした熱狂を生み出し、大統領に登りつめたのである。

■ネット時代のキャンペーンの構図
オバマの選挙戦術に、1)マスメディア、2)マイメディア、3)ソーシャルメディアがミックスして使われたことは前項で確認した。この構図は選挙に限らず、キャンペーンの一般的モデルとして捉えられる。マスメディアやマイメディアを介した情報発信が対象者に届き、その情報がソーシャルメディアにとりあげられ自己増殖し、その話題が再びマスメディアに取り上げられることでなおさらソーシャルメディアが活気付くという連鎖の構図である。
そして、わが国でもこのようなキャンペーンを行うためのインフラ整備が進み、さまざまな事例が生まれ始めている。
まず、企業のサイトなどのマイメディアの状況を見てみよう。
インターネット広告推進協議会(JIAA)は、03年以来毎年東京インタラクティブ・アド・アワードを開催しており、この受賞作品が企業のウェブサイトの時々の動向を示すショーケースとなっている。
今年のグランプリは郵便会社がミクシィと手を組んだ「ミクシィ年賀状」。相手の住所を知らなくともミクシィを通じて年賀状配送の手続きをすれば、相手が自分で住所を書き込んで紙の年賀状を受け取るという仕掛けである。70万通の年賀状がこの方式で送られた。
リアルとバーチャルをつなげ、ユーザーのすぐれたしかけである。
この特集で事例として取り上げている「ラブ・ディスタンス」も受賞している。
目を世界に転ずれば、クリオ賞、カンヌ国際広告祭、ワンショーなどにインタラクティブ部門が設けられ、それぞれ優秀サイトを審査し表彰している。日本企業の受賞も数多い。前述の「ミクシィ年賀状」はカンヌで銅賞に輝いている。
このようにして、WEBサイトのクオリティは向上し続けている。ご興味があればそれぞれの受賞作品のサイトはチェックしておくべきだろう。
最近の傾向を見ると、1)ブランドごとに個別のサイトを公開する。2)企業からの一方通行の情報提供ではなく消費者が参加でき遊べるプラットフォームを提供している。3)他人に紹介しやすく紹介したくなるシンプルな内容とする。
以上3つのポイントを指摘できよう。

■ソーシャルメディアのちから
「WOWエフェクト」という言葉がある。
もともとは低音域をくっきりと再生する音響技術を意味していたが、最近は「ワオッ!」という新鮮な驚きを与えるという意味でも使われるようになった。バイラルとはウィルスが広がるように口コミが広がるという意味だが、バイラルを生み出す必要条件の一つがWOWである。オバマは候補者そのものがWOWであったし、政党が相次いでYOUTUBEにチャンネルを開く中、ニコニコ動画を活用した小沢一郎戦略もひときわ話題となるWOWをそなえている。WOWがなければ、ソーシャルメディアではひろがらない。
そして、いち早くWOWを見つけ出し、バイラルとして話題を広げる媒体となるのが、ブログやSNSなどのソーシャルメディアである。
世界中のブログの37%が日本語で、英語の36%を上回っているという06年の調査がある。日本はブログ大国なのである。数多いブログの中から、面白く参考となるブログがアクセスを集め、メディアとしての力を持ち始めてきた。そのようなブログの執筆者は、この特集でインタビューしている徳力基彦氏によりアルファブロガーと名づけられたが、これらブロガーにさまざまな情報を提供する「ブロガーミーティング」が、記者発表と並ぶ定番PR手法として定着し始めている。

■健全なブログマーケティングの模索
しかし、ソーシャルメディアが情報伝播力を備えるにつれ、メディアとしての信頼性をどう担保するかが問題として浮上してきた。
企業が個人ブロガーを装ってやらせ記事を書いたりライバル企業を誹謗中傷する懸念。個人ブロガーが企業から金銭を含めた対価を得つつちょうちん記事を書くケース。メディアとしての力を持てば持つほどジャーナリズムの倫理が求められることになる。
この問題を解決しようと、バイラルを仕掛ける側の企業やエージェンシー、有力ブロガー、研究者などがあつまり、ブログマーケティングを健全に進めるためのガイドラインの制定が進んでいる。
問題意識を同じくする個人同士がネットを媒介につながり、運動として形を作り始めてきたプロセスをみると、オバマ支持者が横につながりオバマ現象を生み出していく流れを想起させる。
ソーシャルメディアの活用の方策は、自律的に分散している個人が互いに協調しつつ一定の秩序を生み出して行くプロセスのマネジメントである。
ネット時代の戦略的PRとは、マスメディア、マイメディア、ソーシャルメディアの3つの領域をひとつの視野に収め、その相互作用を計算しつつブームを作るフレームを構築することといえよう。その意味で、広告と広報の垣根を超え社会心理を読みきる洞察力がより一層求められているのである。