介護する人がいる場合は何とかなると思うのですけど、いなくなって独居になったら野垂れ死にを覚悟しなければなりません。
今、同居で無い親族が面倒を見てくれる時代ではありません。
なるべくみんな関わらないように暮らしています。
もっとも介護してもらおうとも思ってもいないでしょうけど。
姥捨て山に捨てられる事はありませんが、介護で面倒をかけるようになったら他の人の重荷になるだけなのは昔も今もかわりありません。
本人もなるべく他の人の人生を自分の介護で消耗させたくないと思います。
特に団塊世代あたりからはその傾向が強く、核家族で暮らしているので子供がいても外に出て自分たちの生活をしている。
高齢期は夫婦だけの生活になりどちらかが残って独居となります。
一人で暮らし、病気になったら入退院を繰り返し、そのうちに孤独死と言うシナリオが多くなるでしょう。
腐った体を始末する迷惑をかけますけど、それはごめんなさいですね。
腐って他の生き物の栄養になったり土に戻るところでは違いますけど動物はみんなそうしています。
自分の人生、飛行機で言えば滑走路が見えて誘導灯が確認できる高度、どのような着陸が出来るのか?
膝が痛く階段を1段ずつしか上り下りできません。
そろそろハイキングも難しくなってきたのが解かります。
私以外女性の低山部に仲間が男子の参加があるかもと言う情報。
仲間の安全第一を考えてくれて楽しい人なら後を継いでもらって、私はせいぜい近郊の神社仏閣めぐりウォーキング班にまわることが出来るかも知れません。
低山部では 全員安全に家に帰す が一番の目標、そして 歩くだけでなく楽しいハイキング を心がけています。
その為には事前に次回のコースの研究を相当して、交通の計画、見られるところではストリートビューでの景色の確認、磁北線を入れて国土地理院の地図ダウンロード、GPSへの主要ポイントの入力、などをしています。
お昼は野点、マジックなどのプチイベント。
たまには山で料理。
そろそろ足が駄目になるのは自分で解かります。
そうなったらヨタヨタと単独歩きになります。
生まれる時も一人、死ぬ時も一人。
父が74歳でしたので後5年は生きなければ親不孝かなと思っています。
心配なのはニャンの将来。
ニャンが幾つなのか解かりませんが、たぶん後10年以上は生きるでしょう。
私にしか懐いていないのでちゃんと寿命を全うしてくれると良いなと思っています。