独りぐらしだが、誰もが最後は、ひとり

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其処に降り注ぐ     上野霄里 (令和を前にした平成末の書簡、その2)

2019-07-21 14:22:39 | 日記
  名久井様
 勝った試合や受かった試験からは、その人間の心や魂に響いたり、体の中の愛のメロディに、さほど本物の力を与えてくれないものだ———とたいていの心豊かな人物は云うものだ! 何か、ほんとうのもの、つまり、熱い愛や真白な心の言葉、赤く流れるような魂の歌がきこえてくる自分の体の中で、はっきりと何か大切なものを身に付けるはずだ! 勝ったり、会ったり、誉められたり、唯々喜ばれるだけの時、その人間は、今持っている僅かな大切な物さえ、むしろ無くすか、何処かに忘れてしまい、残念ながら、自分から手離してしまう結果となる。大切なのは、生きている自分の人生時間のまっただなかの、真実の生きた時間の中で、負け、失い、笑われ、悲し過ぎて一人泣きする時、何かしら自分にだけ必要な本物に出会う! 本当の愛、歌、力、生命の熱い力にぶつかるものだ! 老境とは、若い頃と違って、それが特別はっきりと現れることがある。私は考えている。人生ばんざい! 老境ばんざい! とにかく、人間、大万歳です! 生命よ! 負け犬の命よ! 糞だらけの馬鹿犬よ! 天の力は、其処に降り注ぐ! 人間誰しも、何時でも、何処でも、どんなに貧乏していても、負けていても、不合格でも、其処にこそ天来の魂の光が注ぎ込むのだ! 人生は、何かが弱い時、何かが弱っている時、苦しくて、悲しくて、泣いている時、雨の中でびしょびしょになりながら一人、親なし子のように佇んでいる時、天来の一発の雷鳴として、その小物の上に落ちて来る! 雨よ! 降れ! 雷鳴よ、鳴れ! 人間よ、一人、一人、大物になれ! 人間よ! 正しく生きている人間よ! どんな時にも、しっかりした自分に自信を持ち、全人類の見本となれている自分を誇れ! 人間の代表として誇れる自分自身であるために、自信を持って一番搾りの空気を吸い、一番搾りの水を飲み、一番搾りの陽の光を浴びよう! 自分の魂と骨と肉の中に、しっかりとした新軟骨成分をタップリと蓄えて毎日を生きていこう! 自分の言葉の中でロコモテーとなって働く命の力に、しっかりと頼って一分一秒を生きていこう! 文明の言葉から与えられている自分の知恵は、よく考えてみれば、もはや、自分自身ではとてもとても追跡不可能なほど、老いた自身から遠ざかっていることに気付いている。老いた私の手には、とてもとても近寄せないありとあらゆる文明の言葉よ! 老いの心が近寄れない程に、何かが違っている小知恵の文化よ! 余りにも微小で、老いた人間には、触ることも不可能な文化のあらゆる大きな、そして細かい力は、もう一度、一つ一つの微生物以下の小さい物として、まるで炭素が、土の中に完全に分解していくように溶けていき、温暖化の地球の全域を、元々の命の氷河期に戻さないと、人間は、生きていけない。文化の中で、文明の競争の中で、勝った勝ったと騒いでいる文明、文化は、その騒音の中から離れて、一人の静かな自分に戻らない限り、新しい頭と心を取り戻すことは出来ないだろう! 
 初めに、人間はじめ、けものや花が生まれ、そこから『声』が響いて来た! 声はけものから、人から、花や木から大きく響き出し、形となった。静かな木が響き出してきたのを初めて知った人間の一人が、あの老子だった。そこから声は形をつくり出して文字となった。亀甲文字などが、その中の一つだ。そこからフェニキア文字、漢字などが現れた。文字の源は、そうしてみると、もともと、漢字やその前の亀甲文字ではない。杉の木の匂いであったり、花の色とりどりの匂いであったようだ! 一人函谷関の彼方に旅立った老子は、やがて植物と会話が出来るようになった。ゾロアスターは火の中の炎と会話ができただろうし、天照大神は光の光りと話せたかも知れない。セックスなどについてもはやくに、こういう人達は大自然の中の何かと、会話が可能だったかも知れない。そのことについて、もっと詳しく、老子、荘子、ゾロアスター、天照大神などについても考えてみたい! 
 光の光りが声になるまでの長い時間が知りたい! 声が言葉になるまでの、更に長い長い時間の中で遊んでみたい! 語の源も、更には文字のそれも、それが少しでも分かれば、コダマの形や勢いも分かってくるでしょう! 野菜はたんに農家の限定品だけと云い切ってしまうのではいけないだろう! 世界中の、全人間の言葉に関する生命の研究の大切な研究材料であり、人間の生命の研究材料なのだ。漠然とした人間だけではなく、あらゆる生物の輪郭がはっきりし出したのは荘子、老子の生き方をとおしてからだろうか? 最近、写真俳句なるものを始める人が多くいるそうです! それなら、植物学的福祉とか、電気学的詩集、言葉の昆虫学などあっても良いのではないか?
 
 これも清書したら、皆さんに配ってください。   霄里  

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