独りぐらしだが、誰もが最後は、ひとり

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総理が言った“国難”という意味      公園小父さん

2017-10-25 13:29:18 | 日記
 公園を歩いていると、今回の選挙結果について様々の事が呟かれているのを耳にする。
 私の妄想(もうそう)はこうだ。三都物語が話題に出たちょうど直前頃に、何かが起きたとみている。女性知事は、都庁内で小泉さんと面談している。そこで仄めかしてはいるだろうが、それは導入部にすぎなかったはずである。原発ゼロはマスコミを煙にまく“おちゃらかし”にすぎない。そのあと与党の最重要の実行部隊と秘密裏に面談をしているはずである。そこで国難の真の意味があかされた。政権交替は現実のものとして女性知事に迫って来た。女性知事には希望にすぎなかったものが、いざ現実味をおびてみると何やら胸騒ぎがおきるような事態である事に気づかされた。政権交替の確率は与党側のAIの試算ではほぼ100㌫だった。総理及び官邸には諸外国の機関からも同様の情報が伝えられていた。
 それを防ぐには、夢心地の女性知事に国難の意味を知ってもらう事であった。まさか、本当に自分が総理大臣になって諸外国の首領たちと対峙して安倍首相以上の事が務まるかと思った時、国難の意味が理解出来たと同時に、自分がこの状況から降りる事が、國を救う事であると得心したのである。
 あのまま突き進めば与野党は逆転し、政権は野党共闘側に転げ込んだ。与党議員のどの顔も恐怖で引き攣っていた。実際に床に額を擦り付けたわけではないが、実行部隊は心の中で土下座をしていたのである。党員には決して打ち明けられない女性知事と、民進党代表の胸中は複雑だったであろう。
 “三都物語”の幕間狂言はなんだったのだろう。しかし、実行部隊に取ってはその後の女性知事の動揺と、変節が心配だった。そのため彼らは選挙中の監視役だった。そうおもえなくもない。
 女性知事にはそこまでのパースペクティブ(見取り図)はなかった。遠近はぼやけたように霧がかかっていた。このプチ・クーデターの青写真の存在は囁かれていたし、安倍首相の議会の舵取りも強引すぎたから国民の四割は拒否していた。
 安倍総理は今度ばかりは本当に“国難”と読んだ節がある。御庭番からも海外にいる間、総理のもとに情報が飛んでいた。無事に収まって今はほっと胸を撫で下ろす姿が見える。女性知事には感謝しているはずである。民進党代表、立憲民主党代表も全てを知らされていた訳ではないが、それぞれの役割で肝腎の所は知っていたはずである。政権時代のあの情けないテイタラクからみれば、再度おもて舞台に立つ事など3%も考えていなかった筈である。永田町の数合わせはしない、「下からの一般市民の支える力云々」を聞いて、安倍総理は安心したはずだ。その言葉にはなんの脅威も感じないからである。われわれ庶民から見ても、なにかを期待出来る、与党の元総理の息子のような輝きは皆無である。共産党委員長の方が確かな力も感じられるし、なにより魅力がある。
 公園をふらふら歩く。このブログの読者は12人程だが、いつも有り難うございます。妄想も仮想も頭の体操、歩行も身体の運動とおもってやっています。
 銀杏並木の下で暫し佇む。これから緑が黄金色に変わるいい季節がくる。