2月某日、財団法人角川文化振興財団より、「第47回『蛇笏賞・沼空賞』候補作品ご推薦のお願い」という文書が届く。毎年いただくものであるけれど、その年によって、「蛇笏賞」に推薦したい候補作品と作家がいない場合もあり、そのときは残念ながら推薦を見合わせる。今回は、積極的に推したい作品と作家がいたので、その旨葉書に書いて、直ちに投函した。
そのあと、角川学芸出版より、第64回読売文学賞に決定した、和田悟朗著『風車』の二次会祝宴への出席依頼の文書が届いた。場所は、帝国ホテル本館17階インペリアルラウンジ「アクア」。日時は、2013年2月18日(月)、午後8時30分から。しかし当日は所用のため、出席叶わず、失礼申し上げた。誠に残念至極……。
和田悟朗先生からは、ほとんどのご著書をご恵贈いただき、またご自身が編集発行される俳誌「風来」をも、いただいている。本来は、万難を排して、会場に赴いて祝意を表さなければならない。この場を借りて、衷心よりのお祝いを述べることで、ご海容いただければ幸いだ。
ぶるうまりん25号(2013年3月23日発行予定)の入稿が、このほど完了した。特集はⅠ「多田裕計」とⅡ「ぶるうまりんライブ句会の醍醐味②」の2本。いつもよりやや早いペースでの入稿完了だ。特集Ⅰの「多田裕計」は、外部から梶山千鶴子氏(きりん主宰・日本ペンクラブ会員)、高橋龍氏(面発行人・元れもん及び俳句評論等同人)、瀬戸正洋氏(里同人・元ぶるうまりん同人)、内部からは山田千里・村木まゆみ・須藤徹の3氏が執筆担当した。編集後記にも、多田裕計について、筆者の思うところを書いた。それぞれの原稿のタイトルは確定しているけれど、本になるまでは非公開とする。
多田裕計は、1912(大正1)年8月18日、福井県福井市で生まれ、1980(昭和55)年7月8日に没した。67歳。早稲田大学フランス文学科卒業。同16年、「長江デルタ」で、芥川賞を受賞した。受賞時、29歳だった。俳句は、学生時代、師の横光利一の十日会に参加、石田波郷を識る。同28年、「鶴」に参加、後に同人となる。同37年、「れもん」を創刊、主宰した。句集に『浪漫抄』(大雅洞)、『多田裕計句集』(角川書店)、句文集に『ショパンの雨滴』(近藤書店)、俳句文章集に『芭蕉その生活と美学』(毎日新聞社)、『小説芭蕉』(芥川賞作家シリーズ/学習研究社)などがある。『小説芭蕉』には、多田裕計の代表作「長江デルタ」をはじめ「荒野の雲雀」「叙事詩」等の小説を収録。そのほか児童文学の著作も、数多くある。
以上は編集後記にも書いた多田裕計のおおざっぱな経歴。筆者は、1973(昭和48)年、多田裕計に入門、1980(昭和55)年に師が亡くなり、「れもん」が終刊するまで7年有余の間、同誌に在籍した。多田裕計の作品集でおすすめは、まず芥川賞受賞作の『長江デルタ』。多田裕計が敬愛するアンドレ・マルロー(1901-1976)ばりの社会的視野の豊富な作品で、上海を舞台にしている。多田裕計は、当時松竹株式会社などを経て、中華映画社上海本社に勤務中だった。芥川賞の作品が掲載されている「文藝春秋」昭和16年9月号の受賞者感想において、多田裕計は、こう語っている。
「私の『長江デルタ』が、芥川賞になつた。私は幸運だつたのである。そのかはり、私は非常に努力し、今後の期待にそはねばならぬ。新聞記者の来訪をうけ、『これからの生活は出来るかぎり地味に、小説は出来る限り大胆に書きたい』と述べた。私はさう思つてゐる。友人はそれは矛盾ではないかと云ふ。けれどもそれを矛盾でなくするのも作家の秘密だと思ふ。スケールの大きな、また藝術性の豊かな作品も書いてみたい。私の夢である。(略。)」(本文は一行ごとに改行されているが、本ブログではベタ書きにしている。)
『小説芭蕉』(芥川賞作家シリーズ/学習研究社)も一読をすすめる。また、晩年の、自伝的小説の三部作である「幼年絵葉書」(文學界・昭和51年8月号)、「城下少年譜」(同52年2月号)、「父と明笛」(同54年1月号)は、単行本未刊行で、雑誌で読むしかないけれど、多田裕計へのアプローチを試みる者にとっては、必須の小説であろう。
俳句評論では、社会性俳句の問題を扱った「社会性の美学」などが収録されている『ショパンの雨滴』(近藤書店)に目を通されたい。句集では、いうまでもなく、『浪漫抄』(大雅洞)と『多田裕計句集』(角川書店)である。
多田裕計作品30句
月光降る白き流木と錆罐に 多田裕計(以下同)
崩れ残る高きパウロが日に歩む
郷愁の流氷幻音ストーブより
緑野割れ屋根割れ人の肉も割れ
爆忌の詠歌鈴音やがて叫喚す
火の阿蘇原みどりの裾に浮く天草
枯葦に耳影のびて暾が鳴りだす
何れも俺でない枯野のガラス屋
枯野来る吾子よ汝が家他になし
風白し都市が矩形に三角に
鳥飛んで胸しぼる型澄むレモン
氷柱落つ一瞬水平線赤し
火の馬や春潮音を振り切れず
唇必ず幸のみを言へ緋のダリヤ
楡の根に錆自転車の霧二日
孤独な日々コップに歪む青樹海
薔薇幾千降れよ雪降る夜の海
紅梅の一と枝に湾の楕円あり
月に立ち芒駿馬のごと白し
天の紗を打ち抜く単音梅ひらく
スコップの斜めの深さ苜蓿
風花や公達めける蟹の色
牛をばら撒き太陽を擲げ冬火山
秋風の場末に愛とレニンの語
月夜らしテラスのうへの種袋
六月の夕日がのびて白い菓子
火の砂漠見よランボオの影十字
力撃つ法華太鼓に霧うごく
名月の無人の都市の硝子売り
いつの間に月光なりし雪柳
(多田裕計句集『浪漫抄』より須藤徹抄出)
*『浪漫抄』=昭和49年7月1日、太雅洞より発行