須藤徹の「渚のことば」

湘南大磯の柔らかい風と光の中に醸される
渚の人(須藤徹)の静謐な珠玉エッセイ集。

俳句を書ききること─拙句集『幻奏録』について text 274

2012-02-05 00:47:58 | text
時々、拙句集『幻奏録』(1995年/邑書林刊)についての問い合わせがあったり、またこの句集からの引用(作品転載)が見られたりするので、今回は本句集について書くことにする。句集の問い合わせというのは、もちろん著者宛にこの句集の購入をしたいということである。しかし、もともと小部数刊行なので、筆者自身のところには、ほとんど持ち合わせがないし、出版社にも残部は期待できないだろう。(あるとすれば、古書店流通で、著者サイン入り等のものは、定価をかなり上回るようだ。)

筆者の場合、拙句集の制作は基本的に10年単位。第1句集『宙の家』(書肆季節社)は、したがって1985年。第3句集『荒野抄』(鳥影社)が、2005年である。10年単位の句集制作は、今の高速スピードの時代、とても遅いような気がする。実際早い人は、数年単位で、句集を次から次へと出している。だから、拙句集を出した後の10年間は、筆者の元へいろいろな出版社からお誘いを受ける。ありがたいことではあるけれど、残念ながら、お話には乗れないことになってしまう。

『幻奏録』は、12章構成である。「鉄道員」「宙の河口」「ある埋葬」「草迷宮」「飛行服」「言語生活」「遠国の蝶」「チェンチ一族」「矩形都市」「十字軍」「信濃町」「幻想の猫」が、各章のタイトルだ。その12章には、俳句がスタートする前に、次の著作からのエピグラムがある。アンドレイ・タルコフスキー『白い日』(鉄道員)、土方巽『病める舞姫』(宙の河口)、シェイマス・ヒーニー『ボグの女王』(ある埋葬)、泉鏡花『草迷宮』(草迷宮)、川田絢音『空の時間』(飛行服)、ジョルジュ・バタイユ『マダム・エドワルダ』(言語生活)、折口信夫『死者の書』(遠国の蝶)、ロラン・バルト『偶景』(チェンチ一族)、廣末保『漂泊の物語』(矩形都市)、ムツツゼリ・マツォーバ『わたしを<人間>だねんて呼ばないで』(十字軍)、松岡正剛『花鳥風月の科学』(信濃町)、ジュール・シュペルヴィエル「雨滴(神が語る)」(幻想の猫)。

各章それぞれ50句が入っているので、全部で600句収録になる。ベースになった作品は1800句で、それを3分の1に圧縮したのが、『幻奏録』の内容である。「あとがき」から、ポイントになる前半を引用してみよう。「俳句を書ききることが可能ならば、一つの明瞭な『臨界点』が鋭く意識できる。私はそのように信じて、発光する『ことば』の先端部分に、自らの『存在』を重ね合わせてきたような気がする。/いうまでもなく、俳句を書くのと、書ききるのとではまったく意味が異なるようだ。すなわち、俳句をきちんと書ききることによってのみ、『臨界』の線が強く太く初めて引かれるのであろう。」(/は、改行。二重鍵括弧は、原著では、一重鍵括弧。)ちなみに作品12句を、転写・抽出してみる。

立秋の麒麟の脚が富士を蹴り   *鉄道員
夏に入る宙の河口の濁りいて   *宙の河口
貼紙に貼紙をはる夏の暮     *ある埋葬
虎杖へ朝の伽藍の近づけり    *草迷宮
男娼と鶏走る火事の跡      *飛行服
江ノ島のガソリン臭き猫の恋   *言語生活
なにゆえに踝曇る福寿草     *遠国の蝶
口紅の断面寒星は無垢なるか   *チェンチ一族
終末の陰毛へ神の震え声     *矩形都市
両手に月をのせ戦争が倒れていた *十字軍
人体に電流通う花の下      *信濃町
幻燈にもの言う老婆冬の雨    *幻想の猫

◇須藤徹著『幻奏録』= 1995(平成7年)年8月30日、邑書林より発行/浅井愼平など4人のエッセイ(栞文)付き/価格3059円(本体+税)/ISBN978-4-89709-143-8