須藤徹の「渚のことば」

湘南大磯の柔らかい風と光の中に醸される
渚の人(須藤徹)の静謐な珠玉エッセイ集。

『奥の細道』は歌仙の旅だった─島居清の『芭蕉連句全註解』(全11巻)を読みつつ text 258

2011-07-27 06:25:17 | text
弟子の河合曾良を伴っての芭蕉の「奥の細道」行は、元禄2年3月27日(新暦1689年5月16日)に始まる。江戸・深川の採荼庵を出発し、全行程2400km、約150日をかけて、東北・北陸を旅した。「奥の細道」では、旧暦8月21日頃、大垣に到着するまでが書かれている。この芭蕉の「奥の細道」に関する書籍に関しては、今までに夥しい数が出版されていて、新刊書店や古書店に行けば、その賑わいぶりに圧倒されてしまう。

月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり。舟の上に生涯を浮かべ、馬の口とらへて老いを迎ふる者は、日々旅にして、旅を栖とす。古人も多く旅に死せるあり。予も、いづれの年よりか、片雲の風に誘はれて、漂泊の思ひやまず、海浜にさすらへて、去年の秋、江上の破屋に蜘蛛の古巣を払ひて、やや年も暮れ、春立てる霞の空に、白河の関越えんと、そぞろ神のものにつきて心を狂はせ、道祖神の招きにあひて取るもの手につかず、股引の破れをつづり、笠の緒付けかへて、三里に灸すうるより、松島の月まづ心にかかりて、住めるかたは人に譲り、杉風が別墅(べっしょ)に移るに、<草の戸も住み替はる世ぞ雛の家>、表八句を庵の柱に掛け置く。

1997年に岩波書店より、芭蕉自筆本の『奥の細道』が出版され、筆者もこれを所有する。切ったり貼ったりしての、相当手のこんだ芭蕉自筆本を時々取り出しては、これを眺める。すぐそばに芭蕉の息遣いが聞こえるようで、そのつど緊張感に震える思いがする。精神性の勝る芭蕉独特な文体は、『幻住庵記』にも通じるもので、さすがと思わざるをえない。とはいえ、「そぞろ神のものにつきて心を狂はせ、道祖神の招きにあひて取るもの手につかず、股引の破れをつづり、笠の緒付けかへて…」というようなところを読むと、いささか「貧乏たらしく」も求心性のある、その独自な書きぶりに苦笑せざるをえないときもあるのだ。芭蕉の起筆の冒頭のこの文章において、筆者がいつも注目するのは「<草の戸も住み替はる世ぞ雛の家>、表八句を庵の柱に掛け置く」のところ。歌仙であれば「表八句」ではなく「表六句」となる。「表八句」は100韻形式のもの。やはり芭蕉は正式の100韻形式に敬意を表していたのだろう。それにしても「発句」と書かずに、「表八句」と書いたところは、十分注意して読まなければならない。

江戸から大垣までの『奥の細道』のプロセスで行った歌仙は、未完(3句、4句、表6句、半歌仙、二十句、二十六句など)のものも含め、30回以上あり、そのうち36句が満尾したものは、15回ある。また44句(しおらしき)と50句(ぬれて行や)もあって、非常に多彩な連句興行を実施している。満尾した歌仙は「かげろふの」(江戸/2月7日)、「秣おふ」(黒羽/4月14日)、「風流の」(須賀川/4月22日~23日)、「かくれ家や」(須賀川/4月24日)、「すずしさを」(尾花沢/5月中下旬)、「おきふしの」(尾花沢/5月中下旬)、「さみだれを」(大石田/5月29日~30日)、「御尋に」(新庄/6月2日)、「有難や」(羽黒/6月4日~9日)、「めづらしや」(鶴岡/6月10日~12日)、「温海山や」(酒田/6月19日~21日)、「忘るなよ」(酒田/1692年までに完成)、「馬借りて」(山中温泉/7月末から8月上旬)、「あなむざんやな」(小松/8月上旬)、「はやう咲」(大垣/9月4日)。

15回の歌仙で芭蕉が発句を詠んだのは、<かげらふのわが肩に立かみこかな>(江戸)、<秣おふ人を枝折の夏野哉>(黒羽)、<風流の初やおくの田植歌>(須賀川)、<かくれ家や目立たぬ花を軒の栗>(須賀川)、<すずしさを我やどにしてねまる也>(尾花沢)、<さみだれをあつめてすずしもがみ川>(大石田)、<有難や雪をかをらす風の音>(羽黒)、<温海山や吹浦かけて夕涼>(酒田)、<あなむざんやな冑の下のきりぎりす>(小松)、<はやう咲九日も近し宿の菊>(大垣)の10句であった。このうち、『奥の細道』に掲載されたのは、<風流の初やおくの田植歌><すずしさを我やどにしてねまる也><さみだれを集めて早し最上川>(推敲句)<有難や雪をかをらす南谷><温海山や吹浦かけて夕涼>の5句で、きわめて厳選である。

芭蕉の『奥の細道』行は、①歌枕をたずねる②謡曲の関連地を見る③能因・西行の跡をたずねる④義経の古跡を見る─の四つが主な目的であり、そのためには各地の人の協力が必要だった。マネージャー役に曾良を任命し、芭蕉たちの二人三脚は「連句興行」を連続的(断続的)に行い、その目的を完遂した。「連句興行」を行うことにより、基本的に150日間の衣食住が保障されたのである。もちろん二人は、そのつど何がしかの「鳥目」(ちょうもく=金銭)も受け取ったはずだ。精神性のきわまる芭蕉だけれど、こうした世故に長ける合理的なソツのなさも、超一流だった。「聖人芭蕉」というイメージが世の中に構築されて久しいが、「悪党芭蕉」ほどではないにしろ、客観的総合的に芭蕉を解析する眼は必要だろう。

ところでこのほど筆者は島居(しますえ)清の『芭蕉連句全註解』(全11巻/桜楓社)を、神田の某古書店にて手に入れた。ちなみに島居清は、大正3年(1914年)広島県生まれ。京都大学国語国文学科を卒業し、のち親和女子大学教授を務めた。労作『芭蕉連句全註解』は、『芭蕉全集』(全11巻/富士見書房)の中の『芭蕉連句篇』(第3巻~第5巻)と並んでの必読書だろう。二つのシリーズを中心に、初秋(9月又は10月)に始まる「ぶるうまうんてん歌仙」(前半開催)の「芭蕉の100韻を読む①─あら何共なや(延宝5年)」の読書会(勉強会)の準備をしたい。写真は満開になった、筆者宅の白の百日紅。

二の腕と聴く一の糸百日紅  須藤 徹

*本稿では、『おくのほそ道』ではなく、『奥の細道』に統一しました。

現代俳文の可能性─第3回俳文コンテスト日本語部門授賞式並びに記念鼎談など text 257

2011-07-14 06:16:55 | text
《第3回俳文コンテスト日本語部門授賞式並びに記念鼎談・講演の集い》

日時:2011年(平成23年)7月30日(土)  
会場:東京芸大赤レンガ1号館(東京都台東区上野公園12-8/JR「上野駅」公園口下車10分)
主催:第3回俳文コンテスト実行委員会 
協力:其角学会準備会

<タイムスケジュール>
午後2:00受付 *会費千円
  2:30授賞式(前半司会・二上貴夫)
       第1席・第2席 該当作品ナシ
       第3席 「時分の花」神奈川県 松本光雄
           「白か黒か」神奈川県 柳原白眞
           「花の影」神奈川県 前田明水  
           「雷のあと」神奈川県 三好京見
  3:00 鼎談「第3回応募作品の鑑賞と批評─現代俳文の可能性」
       (鳴戸奈菜・須藤徹・星野高士)
  4:20 休憩(交流会)
  5:00 記念講演①(後半司会・其角学会準備会・竹内俊雄)
       「其角俳諧のグローバル性について(釈尊の五縕観をヒントに)」
        立正大学名誉教授・小谷幸雄
  5:45 記念講演②
       「『類柑子文集』より其角俳文「猿引」を読む」
        其角学会準備会・二上貴夫
  6:30 終了予定(閉会の辞・竹内俊雄)

*若干数、席が空いているそうです。参加ご希望の方は、次までお申し込みください。
[二上貴夫] 電話&FAX=0463-82-6315/電子メール=kikaku@ee/boo.jp

◎英語部門の受賞作品は、下記のとおり。

Grand Prix:
Memories of the Sun by Melissa Spurr (USA)

Za Prizes (Highly Commended):
Ladle by Earl R. Keener (USA)
Last Journey by Sonam Chhoki (Bhutan)
Remembrance of a Time to Come by Moira Richards (South Africa)

Honorable Mentions:
Strange Bedfellows by Margaret Chula (USA)
Return Home by John Parsons (UK)
I sigh, through all my smiling, at the thought of long ago by Gael Bage (UK)
Winter Subway by Ellis Avery (USA)
Kayo by Toshi Ida (Japan)
Coal Dust by Patricia Prime (New Zealand)
Hill Country by Peter Newton (USA)

●英語部門選考委員/湯浅信之(選考委員長)、スティーヴン・ヘンリー・ギル
●日本語部門選考委員/加藤郁平、鳴戸菜奈、須藤徹(選考委員長)、二上貴夫、星野高士

写真は東京芸大の赤レンガ1号館。1880年(明治9年)に、建てられたもの。設計は林忠恕氏。東京では珍しい明治初期の煉瓦造建築。すべての開口部に鉄扉を付設するなどの、不燃性を重視したつくりが幸いし、130年以上を経た今も、重厚な偉容を誇っている。

*写真は、次のWebサイトに掲載されていたものです。深謝申し上げます。 http://gipsypapa.exblog.jp/6225453/