バイブルランドin福井

安田由久が驚くべき聖書の世界をご案内します

家庭の幸福 25 しあわせな結婚生活 01 尊敬をもって互いに相手を優れた者と思うこと  

2024-04-02 04:00:00 | 聖書の家庭観
とにかく夫婦だからというので、礼儀をおろそかにしがちです。

愛していれば礼儀はいらないと考えるのは誤りです。

ちょうとした失礼な言葉で相手を怒らせてしまいます。

そういうものは気になるものです。相手にとって、

嫌な習慣や振る舞いを直しましょう。

ローマ人への手紙
12:9 愛には偽りがあってはなりません。悪を憎み、善から離れず、
 12:10 兄弟愛をもって互いに愛し、尊敬をもって互いに相手を優れた者と思いなさい。

1コリント人への手紙
13:4 愛は忍耐強い。愛は情け深い。ねたまない。愛は自慢せず、高ぶらない。
 13:5 礼を失せず、自分の利益を求めず、いらだたず、恨みを抱かない。
 13:6 不義を喜ばず、真実を喜ぶ。
 13:7 すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える。

ピリピ人への手紙
1:9 わたしは、こう祈ります。知る力と見抜く力とを身に着けて、あなたがたの愛がますます豊かになり、
 1:10 本当に重要なことを見分けられるように。そして、キリストの日に備えて、清い者、とがめられるところのない者となり、
 1:11 イエス・キリストによって与えられる義の実をあふれるほどに受けて、神の栄光と誉れとをたたえることができるように。


【解説】
特に日本の男性が失敗するのは、

結婚相手への細やかな配慮をおろそかにする

身勝手さが残存していることです。

これは信仰において結ばれているクリスチャン夫婦の場合は、

毎日、神の前に悔い改めていく必要があります。

その意味では夫婦で祈祷会を持つことです。

私は2回目の再婚から始めたのは、ローズンゲン(注・01)を読んで、

祈祷をする時間を早朝にするようになりました。(注・02)

その後、3度も目の再婚でも継続していますので30年間、続けています。

その祈祷で聖書の言葉の前にひれ伏す時があるがゆえに、

パートナーについ気分を悪くする態度、言葉などを

悔い改めて再スタートできます。

やはり神の言葉の前に心を一つにすることができるのが

クリスチャン夫婦の凄いところです。

どちらかがノンクリスチャンの場合、このようなことができず、

傷がお互いに深まっていきます。


ローズンゲン(注・01)
ローズンゲンという言葉を御存じでしょうか。それは、日毎に選び出された旧新約聖書からの短い言葉を組みあわせた小さい聖句集のことです。もともとドイツの敬虔主義に属するヘルンフート兄弟団の編集したもので、すでに250年以上の歴史があります。わが国でも『日々の聖句』と題して、ベテスダ奉仕女の家出版部から、すでに1958年いらい邦訳が出されています。ローズンゲンは、とくに聖書を愛する人々のあいだで好んで用いられています。短い聖句は、いわば日毎に親しく示される神の言葉として受け取ることもできます。じっさい、ローズンゲンの読者は、これらの日毎の聖句が、しばしば日々の生活の困難や問題に対してピッタリくるという驚くべき経験を、よく知っているのです。
(『御言葉はわたしの道の光』、宮田光雄著、新教出版社、p8)

祈祷をする時間を早朝にするようになりました。(注・02)
最初の結婚はこのような祈祷の時間を持たなかったのは大きな失敗でした。人間的には非常に妻を愛していたのですが、所属していた無教会や愛農聖書研究会では、具体的な結婚生活の指針を誰も教えてくれませんでした。また私の場合、結婚して始めた保険代理店の仕事と妻の看護師の仕事がお互いに忙しくなって、こうした信仰生活の形成ができませんでした。その大失敗を繰り返さないようにと再婚を機に始めたのがローズンゲンをお互いに読んで祈ることでした。


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