春を探しに。

2012年01月18日 10時38分55秒 | 日記

昨日の続きです。

そのリーダーだった男の子のことは もう一つ かっこよかったな~って思う思い出があります。

冬の終わりで 太陽がつららにあたってきらきら輝いてとてもきれいな日でした。

もうすぐ春がやってくると予感させるような穏やかな日でした。

いつものように1グループが集まって日向ぼっこのようなことやってるとき

その年長の男の子が、「よし、春を探しに行こう』と言ったのです。

(よし、といったかどうかは分かりませんが・・・。)

で、みんなも「行こう、行こう」ということになり

7,8人のグループが、特別の用意もなく、その男の子について行ったのです。

確か一番下の子は、おそらく3歳くらいの子もいたと思うのです。

意気揚々と一個団体、その男の子について、出かけました。

最初のうちは、田んぼの畦が日の光に照らされて、雪の溶けてる所から緑の草が生えていたりすると

見つけた子が、大声で、「春見つけた~」って叫ぶとみんなが寄ってきて

「本当だ」ってたくさんの目がその緑を見つめ、

緑色が照れて赤くなってしまうくらいに、覗き込むのです。

そうこうしてるうちに、年少の子が疲れてきて、半ベソをかきます。

するとその年長の男の子は、当然のようにその子をおぶって先に進みます。

昔ですから、今のように防寒靴なんてありません。

みんな長靴です。

小さい子は、短い長靴の中に雪が入ったりして、ぐしょぐしょになってしまうのです。

でもみんな満足でした。

その年長の男の子についてきたこと だ~れも後悔なんてしなかった。

春の息吹を感じ、雪解け水の冷たさを味わい、山の頂に見えた、粘土質の断崖に

春の近いことを感じ、疲れも感じずに、出かけたときと同じに

意気揚々と帰ってきたのです。

どのくらいの時間だったのか、何も食べるもの(飴とか)も持たずに、

今の親なら、その男の子を無謀と責めたかも知れませんが、

そんなこと、なんとも思わずに、容認してくれる寛容さが昔の親にはありました。

それがいいとは思いません。

でも子ども心に仲間と一緒に『春を見つけた』という達成感というか、征服感が残りました。

今でもふっと雪解けの春を待ちわびる気持ちと一緒にあの時の

あの顔も思い出さないかっこよかった男の子を思いだします。

 

 

 

実はその男の子には、中学生になったとき、呼び止められたことがあるのです…。

「○○さん」って。

お祭りの日でした。

田舎にも香具師のお店が出るんです。

その子はその香具師の一つで、店番をやってました。

怖かったのと、悲しさと、恥ずかしさで、逃げ帰ってきてしまいました。

確か私より3歳くらい上だったと思います。

 

昔はみんな、貧しかったから、中学以上の学校に進むことは かなわなかったのかも知れません。

せっかくの責任感の強さと、リーダーシップを、

発揮できなかった環境だったのかもと 今は思います。