世界初の原子炉が米国のシカゴで産声を上げたのは、1942年のこと。
その20年前、チェコの作家カレル・チャペックは小説「絶対製造工場」を世に問うた。
カルブラートルという発明品をめぐる不思議な物語である。
それはわずかな燃料で街中を照らし、暖房を行き渡らせることができる画期的な機械。
原子の中に閉じ込められた膨大なエネルギーを放出させる装置だ。
カルブラートルを考案した技師は、この発明を買い取ろうという実業家に警告する。
「あれは何十億も何千億もの金をもたらすぞ。でもその代わり、良心に対する恐ろしい害毒を引き受けなきゃならない。覚悟しろよ!」
そんな覚悟があるのか、どうか。
原子力規制委員会はきのう、運転開始から40年を超えた関西電力の高浜原発1・2号機の運転延長に道を開いた。
福島の事故を教訓に、原発依頼度を減らす。そのために原発の寿命は40年に限る。
そう決めたはずなのに、教訓はもう、かすんだのか。
「絶対製造工場」のカルブラートルは、実業家の手で大量に造られ世界を席巻する。
だが、それは人間の制御を離れ動き始め、人の心を変質させる恐ろしい副産物「絶対」をあふれさせる。
「絶対安全」と宣言された原発が事故を起こし、恐ろしい害毒を目にしたのに、原発は「絶対必要」との主張が通る。
そんな不思議な物語が現実に続いている。