私の好きな時間

大好きなお花達と手仕事と日々の暮らしの記録です

大切にしたいマフラー

2012年02月08日 | 日記

今日は私の父の18回目の命日です。

毎年、どんなことがあっても必ずお墓参りに行くのですが、

今年は母の都合で取り止めになりました。

 

父との一番の思い出は、

私の短大の入試の日のことです。

 

まだ外は真っ暗でお星様が輝いている時間、父と家を出発しました。

父の弟が車で遠く離れた駅まで送ってくれました。

 

「北越谷」から「秋葉原」まで。。。

乗り換えて「市ヶ谷」まで。。。

 

寒かったはずなのに、あまり感じなかったのを覚えています。

 

試験が終わり大学の入り口まで戻ってきた時、

父が一番前で待っていてくれたのです。

あの時、何故かふわぁ~とした気分になったのです。

嬉しかったというか?安心したというか?

 

九段坂を下りながら、

父が「小論文は誰の事を書いた?」と、聞いたのです。

 

講堂で待っていた父兄にも試験の内容や時間配分は知らされていたようです。

 

小論文のタイトルは「私の尊敬する女性」だったのです。

 

「本当はね、樺 美智子さんのことを書こうと思ったけど。。。」と言いかけた時、

父の足が止まったのです。

 

樺 美智子さんは東大の大学生の時、60年安保紛争の時、警官と揉み合いの中、亡くなった方なのです。

私は当時、本ばかり読んでいて、偏った考えをしているように思われていたみたいなのです。

 

「書いたんじゃないね?」って、父の声が厳しく聞こえました。

「うん、おかちゃんのことを書いた。」

注  おかちゃんとは?私が呼ぶ母の事です。

 

どんなふうに書いたか?とかも聞かず、ただ歩いていました。

 

「腹も減ったな?お昼を食べようか?」と、聞いてくれて、

レストランに入りました。

田舎者の父と二人でレストランに入ったのなんて、あの日だけでした。

 

窓際のテーブルで「海老フライ」を頼んでくれました。

フォークとナイフ。。。

父はとても上手に食べていました。

どこで覚えたんだ?と思いながら、

使いずらいフォークとナイフで必死に食べた記憶があります。

 

食べ終わったら、「お茶を頼もうか?」と言うので、「うん。」と返事をしたら、

気取っちゃって、「お茶を!」なんて。。。

 

ステキなカップで紅茶が運ばれてきました。

 

「お茶」って、いつも家で飲んでるお茶かと思ったら、

「紅茶」でした!

 

今思い出しても可笑しいくらいです。。。

今、お父さんが生きていたら笑って話せたね。。。

 

その後、地下鉄に乗って日本橋へ。

電車の中で「銀行に寄って三越にも寄るよ。」って言われたことを何故か強く覚えているのです。

銀行はどこの銀行だったのか?覚えてないのです。。。

 

三越に入って、

「何か欲しい物があったら買いなさい。」って言ってくれたのです。

 

三越って、その時、初めてでした。

 

一番に目に入ったのが、沢山のマフラー。

とってもあったかそうで、ステキで。。。キレイで。。。

 

「マフラーが欲しい。」って言ったら、

「好きなのを選びなさい。」って。

 

そこで買って貰ったマフラーがこれです。

高校三年生の時買って貰ったマフラーです。

当時、「チェック」が大好きだったのです。

で、今も好きですけどね。

コレって紳士物だったのかな?って、今になって思います。

既に40年以上前のマフラー。

まだまだ何ともありません。

毛 100% MITSUKOSHI

このタグが私にはとっても大切なんです。。。

 

厳しかったけど、優しかった父。

このマフラーは私の大切な父との思い出が詰まったマフラーなのです。

 

今生きていたら、

いろ~んな事、聞いてもらいたい。

 

今日のブログをどこかで見ていて、一緒に思い出してくれたかな?

「あの時のマフラー、まだ持っていたのか?」って笑っているかもね?

「お父さん、まだまだ大切にします。」

くらり

コメント (6)
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