社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

森博美「日本における『統計法』の成立」『オケージョナル・ペーパー』No.11,2005年6月

2016-10-08 22:01:33 | 11.日本の統計・統計学
森博美「日本における『統計法』の成立」『オケージョナル・ペーパー』(法政大学・日本統計研究所)No.11,2005年6月

筆者が掲げる本稿の課題は,2点である。第一の課題は,戦後,統計の基本法規として制定された「統計法」がどのような過程を経て成立したかを,その間の「統計法要綱案」の変遷を跡づけ,法案制定の主役であった統計委員会の狙いと。この委員会の背後にあった者の思惑との交錯を,委員会議事録などの記載内容を手掛かりに明らかにすることである。第二の課題は,統計委員会の委員でさえその意図するところを自覚しえなかった舞台裏での動きが,統計法規を当初構想されていた内容から軌道修正させたことが,その後,成立した統計法の基本性格にどのような影響を与えたかを明らかにすることである。

 筆者の見解は明確であり,論旨もとおっている。「むすび」に手際のよい要約があるので,それを拾い読みすると,以下のまとめになる。

戦後日本で制定されるべき統計法は,元来の構想から言えば,『改善案』に示された統計(統計制度)再建の基本方針を法律の条文に翻案することであった。統計委員会の各委員の共通認識は,統計行政の基本法規を制定することであった。しかし,「統計法要綱案」(原案)は,戦前の統計三法から申告義務,立入調査権,調査票の目的外使用禁止,秘密保護規定を継承しつつ,公表規定さらには統計調整に関わる種々の権限などを新規に盛り込んで構成されていた。

 統計再建を政府から要請されていた教授グループは統計制度の中核的組織であり,統計実務を超えて個々の統計の改善だけでなく,統計制度そのものの改善も視野に入れた統計委員会を設置し,その権限の行使のもとで統計の再建を果たそうと意図した。しかし,そのような基本構想は実現せず,軌道修正を余儀なくされた。統計委員会の権限にはいつのまにかタガがはめられた。このような法案のもともとの基本構想からの方向転換は,毎回の会議ごとに準備される改定案での条文修正として行われた。

方向転換は,統計委員会の権限行使のための政治的仕組みに対しても行われた。委員会の組織規程は管制に委ねることで法案から削ぎ落とされ,最終法案では組織そのものが内閣から弾きだされた。

 統計基本法規の在り方を規定する統計委員会の組織ならびにその機能の修正は,統計法をどのように変質させ,日本の統計と統計制度に何をもたらし,何を失わせたのだろうか。筆者はこのように問題をたて,その分析を行っている。まず,川島孝彦が構想し,教授グループが意図した,長期的視点からの日本の統計と統計制度の抜本的再建は,分散型統計機構を前提にした統計制度という現実路線(将来の在り方についても視野に入れつつ)の選択によって事実上,頓挫した。この選択は分散型統計システムの制度化という省庁の組織論理と整合的であった。この視点から統計法の条文構成を見ると,その内容は確かに統計委員会を分散型統計機構における調整機関として位置づけ,指定統計の調査過程を統計の真実性の確保を可能な限り担保できる体制を確保するものになっていたことがわかる。

 しかし,こうした体制は他方で,省庁の縦割り行政を温存させ,その枠を超えた政策,取り組み(統計調査の企画権限)を阻むという弊害をもつ。横並びの分散型統計システムの致命的欠陥である。これは一国の統計の全体的あり方を検討する「司令塔」機能の喪失を意味する。統計委員会の位置づけの後退,統計法の変質は,こうして制度面でその長期的,継続的最適化の仕組みを創出する機能の停止に他ならなかった。

本稿の論旨は,おおむね以上のとおりである。2節,3節は,資料にもとづく詳細な検討である。「2節:『統計法』の制定に向けた取り組み」は,「(1)『統計制度改善に関する委員会』での審議」,(2)統計制度改善に関する委員会答申『統計制度改善案』」という構成である。
戦後の統計制度改善は,内閣における「統計懇親会」の設置でスタートする(昭和21年5月)。懇親会での議論を受け,内閣審議室は「統計研究会」を設け,さらに閣議決定として「統計制度に関する委員会」が発議される(昭和21年8月)。実質審議は「統計制度に関する委員会」のなかの小委員会でなされ,この段階で既に集権的統計機構を推す川島の構想は足場を失っていた。小委員会の検討を経て,10月に『統計制度改善案』が委員会総会で決定された。『改善案』の全体は,(a)統計に関する機構の整備[①統計委員会,②中央統計局,③各省,④地方庁,⑤民間統計],(b)統計関係職員及び統計調査員の質的向上,(c)統計の公表,(d)統計に関する基本法の制定,(e)要望事項,で構成されていた。経済安定本部は「統計制度に関する委員会」の答申を受け,経済調査室を中心に「統計法要綱案」の作成に着手,作業は統計委員会(12月28日設置)に舞台を移して,行われることになった。

 「3節:統計委員会での法案審議」は,「(1)『統計法要綱案』[原案]と第1回委員会」「(2)[原案]と委員会提出文書」「(3)[原案]の条文構成」「(4)第2回委員会での法案審議と条文の修正」「(5)第3回委員会での法案審議と条文の修正」「(6)『統計法要綱案』に対するスタップのコメントとそれに基づく修正提案」「(7) 第4回委員会での法案審議による法案修正」「(8) 第5回委員会での審議結果と『統計法要綱案』の決定」「(9)委員会決定後の法案修正」という構成である。

統計委員会の最大の課題は,日本の統計再建にあたり統計行政の根拠法となる基本法規の制定,すなわち統計法の作成であった。この節では,5回にわたる委員会の審議の過程が描写されている。法案審議の具体的内容に関しては,既に資料が散逸し,追跡が不可能という。筆者はそこで会議の議題,配布資料,決定事項を記した統計委員会議事録,それに『日本統計制度再検史-統計委員会史稿』(記述編,資料編Ⅰ,Ⅱ,Ⅲ,年表)の収録資料を参考にするという手続きをとって,「統計法案」策定のプロセスを回顧している。

 内容は原案から各回委員会での案の変更,訂正の経過である(A案からK案まで)。綿密に資料整理にあたり,統計法が成立するまでの経過を追っている。資料的価値はきわめて大きい。

 末尾に次の付表がある。「付表1:統計法要綱案審議略年表」「付表2:統計法要綱案の委員会審議経過」「付表3:統計法案の変遷(付表3-1:第1回委員会から第2回委員会まで)(付表3-2:第2期-第3期委員会からスタップ氏によるコメントまでの統計法案の修正)(付表3-3:第3期-スタップ氏のコメントから第5回統計委員会結果による修正案)」

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