社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

木村和範「イェンセンの代表法-1923年ISIブリュッセル大会報告」『学園論集』(北海学園大学)第107号,2001年3月

2016-12-26 11:22:15 | 3.統計調査論
 本稿はイェンセンが1923年のISIブリュッセル大会に提出した論文「統計において労力の節約を実現させる方法」の内容を紹介したものである。筆者の整理によれば、この報告でイェンセンは任意抽出法と有意選出法とをいずれも代表法としての有効性を承認しつつ、どちらかというと後者を「一般化」にふさわしい代表法として推奨したい意向を述べている、という。構成は次のとおり。「1.代表法の必要性」「2.代表法の適用例」。

 「1.代表法の必要性」では、19世紀に入って統計へのニーズが高まり、官庁統計はそれに応えたが、国家財政の制限に直面し、それをいかに対応するかが問われるようになった。イェンセンは「利用可能な人的・経済的な補助手段」の利用を増大させることなく、この難問に直面し、その解決策として(1)統計サービスの機構改革、(2)作業方法の選別、(3)純技術的補助手段の導入を挙げた。ブリュッセル大会で、イェンセンは(2)作業方法の選別問題を考察した。イェンセン報告の趣旨は、代表法を統計調査法として導入すれば、削減された統計予算のものとでも社会的ニーズに応える統計を提供できる、という内容のものであった。具体的には「かなり急進的な方法」として、一部調査が、それもISIベルン大会でその有効性がキエールによって主張された代表法の採用が主張された。代表法の有効性を確認するための第一の方法は、誤差の計算である。この計算をイェンセンは、ボーレーを祖述したニュベレ(「一部調査による平均誤差について」)に依拠して行ている。イェンセンはニュベレの見解にもとづいて、推定値の分布の平均誤差を計算し、標本の大きさの増大が精度の向上をもたらすこと、平均誤差をある限界に抑えるために必要な標本の大きさを計算している。他方で、イェンセンは部分による推定値と全体数字との比較対照に「加重付加実験」を行っている。彼は代表法の有効性を事実(応用の結果から確認される推定値の正確さ)によって明らかにしようと試みた。この結果、イェンセンが到達した結論は上記に指摘したとおりである。

 「2.代表法の適用例」ではイェンセンが検討した3例、すなわち「(1)所得調査」「(2)土地利用調査」「(3)年齢別人口調査」をとりあげて、彼が代表法の有効性をどのように主張したかを紹介している。
「(1)所得調査」では、デンマークで実施された15税務管区を標本とする一部調査(標本調査)にもとづいて、全国の所得階級別の人口分布を調べ、これをすでに明らかになっている全国76税務管区にもとづく所得分布と比較している。この際、イェンセンは「任意抽出」と有意選出の2つの方法で標本を獲得し、それぞれの標本と全国数字を比較対照し、それらの方法の有効性を検討し、対応関係の良好さを結論として得ている。「(2)土地利用調査」で、イェンセンはそこに利用された代表法(標本調査)を取り上げ、その有効性を論じている。この際も、任意抽出と有意選出のそれぞれが検討対象として取り上げられ、どちらかというと有意選出が優れているという結論を得ている。「(3)年齢別人口調査」では、上記2例と子異なって代表標本を得るために、全数調査の結果を利用できない場合を想定した独自の推定方法を示している。結論としてはここでも有意選出法と任意抽出法の両方に等しく、その有効性が承認されているものの、後者を採る局面は限定されている。イェンセンにとっては、任意抽出法の採用に必ずしも積極的でなかった姿勢が垣間見られる。

 「むすび」で筆者は、イェンセンによる、代表法へ懐疑的な異論への反論を紹介している。第一の異論は、代表法の適用で得られた統計にもとづいて一般化が可能なのはなぜかというものであるが、イェンセンはこれに対して代表法を部分と全体との懸け橋に例え、その強度が専門技術者によって担保されていれば、それだけで十分であり、官庁統計を「シーザーの妻」(世人から疑われる一切の行為をしてはならない人)に見立てている。官庁統計業務を所管する機関や国家に対して情報を提供する国民と官庁統計家との間の「相互信頼関係」の維持が大前提とされている。第二の異論は代表法の活用によって統計部局の作業が堕落するという懸念(近似的な値でよいということになれば、統計作成の全過程で作業の質が低下するのではないかという懸念)であるが、これに対しては厳密な正確さを要求される統計とそうでない統計との峻別、投入できる労力にみあった調査の必要性を強調している。イェンセンが意図したことは、全数調査と標本調査とがともに可能なときに、あえて全数調査を実施せずに標本調査を行うということではなく、時間的制約によって標本調査しかとりえない局面での標本調査の実施という提言である。

以上に見たイェンセンの主要論点は、筆者のまとめるところ、次のとおりである。
(1)代表法は、経費、時間、労力などの制約があるとき、積極的に活用すべき「労働節約的方法」である。
(2)この方法には、有意選出法と任意抽出法の2つがある。
(3)代表標本の獲得という観点から見れば、有意選出法が優れている。
(4)しかし、全数調査によるコントロールがつねに可能であるとは限らないので、その場合には、任意抽出法が適用される。
(5)標本調査によって得られた統計は近似的なものであって、全数調査で得られるものと同様の正確さはない。しかし、近似的な統計では十分であることもあるし、また時間的制約によって標本調査しか実施できない場合もある。
(6)官庁統計は、国民がその真実性に疑義を抱くことのないように、代表性を十分に確保しなければならない。     

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