濱砂敬郎「統計環境の地域分析(第2章)」『統計調査環境の実証的研究』産業統計研究社,1990年(『研究所報』[法政大学日本統計研究所]第4号,1979年3月;『経済学研究』[九州大学]第46巻第1・2号,1981年)
統計環境の悪化という事態の詳細を研究する目的で,九州大学経済学部統計学研究室は
1978年に「統計環境にかんする実態調査」を行った。この調査は,資本主義の発展が都市と農村との矛盾を顕在化させたことを反映し,都市化の波こそが統計調査に対する非協力を進行させたという認識の下に設計された。したがって,調査にあたって,地域類型が考慮され,調査対象地点に大都市団地(町田市山崎団地),地方都市(北九州市八幡地区と福岡市全域),農山村(熊本県矢部町と鹿児島県知覧町),遠隔地離島(長崎県五島富江町)が選抜された。本稿はその調査結果である。構成は以下のとおり。
1.統計環境の悪化傾向
2.統計環境の比較分析:大都市:町田と遠隔離島:富江
3.統計環境の比較分析:都市福岡と農村矢部
4.小括
最初に大都市(町田)と遠隔離島(富江)との対比で統計調査環境の悪化状況を観察している。筆者は町田と富江との対比の結論を,次のようにまとめている。
1.調査協力意識は富江では血縁・地縁共同体の要因が残存し,住民のなかにはプライバシー意識の薄い層,申告義務を共同体規制として意識する層が少なからず存在する。統計調査員の選択志向も公的権威主義や共同体意識によるところがかなりある。町田はプライバシー意識の滲透が飽和状態にあり,私的市民意識が調査における非協力心理となって表出し,調査拒否意識が頭をもたげている。
2.政治と統計の関連でみると,富江では両者の関連性が「わからない」とする不明層が少なくない。町田では統計の政治的役割を意識する層がある。
3.住民の統計心象に関して,富江では無連想回答の比率が高いが,町田では政府統計および統計調査とは無縁な計数思考型(「統計という言葉を聞いたとき」に「計算・数学」「図・表」のように数量的データを合理的に処理する方法とみなす考え方)の比重が大きい。
4.富江では統計調査が従来,統計調査員と被調査者の日常的な地縁・血縁関係を足掛かりとして実施されてきたが,町田では共同体意識は不毛化しているので,統計調査のなり手の確保が不安定である。統計調査に対する住民の関心は否定的批判的である。
もう少し詳しく,筆者の説明を聞いてみよう。
調査拒否の3つの要因(「個人の秘密を知られたくないから」「調査の結果が悪用されるから」「めんどうくさいから」)では,回答比率がほとんどの属性別階層で傾斜的地点差を示す。調査拒否のこれらの要因は,住民の意識に表出している。とくに町田では若年齢,高学歴および長期居住の各層で「個人の秘密」をあげる割合が大きい。富江では調査環境問題はそれほど表面化していない。しかし,環境の悪化傾向が進行していることは,「個人の秘密」について回答比率の年齢差および学歴差が町田より大きいことから知ることができる。
統計と政治の関連性では,属性別階層について一様な規則性はみられないものの,4つの質問(「世論調査の結果は総理の政治的態度に影響しない」「物価統計の結果は物価に影響しない」「統計は政府の都合ためのみに作成される」「政治は統計がなくてもやっていける」)についての回答比率を分析すると,富江の高年齢,低学歴および長期居住層から,町田の若年齢および高学歴へ,統計と政治の関連性ついての住民の心象が,「無理解」→「統計が国民のために政治に生かされていない」→「国民不在の一般の政治にとって,統計が必要である」と,重層的に変容する対応関係がある。
住民の統計意識では,離島住民の統計心象は鮮明でない。調査申告の義務意識は希薄でないが,前近代的日常意識に規定されたもので統計教育にもとづく統計精神に裏打ちされたものではない。社会経済的条件が変化するなかで,若年齢層の統計心象は「計数型」に傾斜しつつあり,申告意識は希薄化し,調査拒否意識が芽生えつつある。町田市においては,住民の統計心象は国の統計調査を軽視する「計数思考型」である。プライバシー意識や政治不信に刺激され,統計調査に対する住民の関心は,拒否意識の顕在化にみられるように,批判的否定的方向に向かっている。
統計調査におけるプライバシーの具体的中身は,住民の経済的地位,政治的利害および社会的感情に深く関係する。富江では,回答比率の順はプライバシー保持の高い項目から「収入額」→「支持政党」→「初婚か再婚か」→「年齢」→「学歴」→「職歴」→「勤め先の名前」である。町田では「収入額」→「支持政党」→「学歴」→「初婚か再婚か」→「勤め先の名前」=「年齢」→「職歴」の順で微妙に異なる。
統計調査における守秘義務にいたっては,それが守られていないと考えている住民は非常に多い。この感覚は戦前から根強くあったが,戦後の統計法の施行のもとでも和らぐことがない感情である。統計公務員の守秘義務行為に対する不信感が強いことは,調査全体にかかわる重大な問題である。
筆者は次に統計調査における調査員と被調査者との関係にメスを入れている。分析のために住民サイドからみた調査員の類型を「公的権威型(市町村役場の人)」「地縁型(町内会・自治会の世話人)」「近隣型(近所の主婦)」「未知型(学生・アルバイト)」に分類している。分析の結果,確認できたことは富江と町田の両地域での統計調査は旧来の共同体的意識や公的権威主義のもとで,いわば前近代的社会土壌のなかで行われていた。とくに富江の状況は,それが色濃い。しかし,社会経済の発展とともに,このような関係は消滅の方向に向かう。富江にそれが萌芽的に,町田ではそれが際立った様相で露呈している。
次に都市(福岡)と農山村(矢部)の統計調査環境を対比している。上記の調査では福岡と富江という対立的差異性をもつ地域が選択されたが,福岡と矢部は地域特性(統計環境変容の中間地帯)の連続性が配慮されて選ばれた。町田と富江との分析結果と重なる部分もあるが,それと異なる部分もある。筆者はそれらを「調査拒否の要因」「政治と統計の関連性」「住民の統計心象」「調査項目に対する懸念」「被調査者の調査員に対する姿勢」について詳しく結果説明を示している。福岡と矢部の分析結果は,統計環境の悪化が連続的に変容する社会的現象であること,またプライバシー意識が徐々に高まる傾向にあることが観察される,としている。
筆者は最後に,分析全体を次のように総括している。「これまでの分析から,(1)統計調査環境問題が,局部的な突発事象ではなく,全体的現象であって,歴史的必然性をもっていること,(2)現代的な統計環境は,基本的には,統計精神の育成,守秘義務の広報,および統計の政治的活用によって保全されるが,わが国においては,環境の悪化が進行するままに放置されてきたこと,(3)これまでの政府統計調査は,前近代的な社会的土壌を足場として行われてきたが,それは急速に崩壊しつつあること,および(4)統計環境の悪化が進行するなかで,政府統計にたいする住民の関心は,プライバシー問題や政治不信に触発されて,消極的批判的にではあるが高まっている」と(p.61)。
政府はこのような事態に直面して手を拱いているわけではなく,施策を講じているが,対症療法的で,長期的根治策になっていない。現代的な統計環境は統計調査者,被調査者および統計利用者が三者三様に環境づくりに取り組まなければならない。
統計環境の悪化という事態の詳細を研究する目的で,九州大学経済学部統計学研究室は
1978年に「統計環境にかんする実態調査」を行った。この調査は,資本主義の発展が都市と農村との矛盾を顕在化させたことを反映し,都市化の波こそが統計調査に対する非協力を進行させたという認識の下に設計された。したがって,調査にあたって,地域類型が考慮され,調査対象地点に大都市団地(町田市山崎団地),地方都市(北九州市八幡地区と福岡市全域),農山村(熊本県矢部町と鹿児島県知覧町),遠隔地離島(長崎県五島富江町)が選抜された。本稿はその調査結果である。構成は以下のとおり。
1.統計環境の悪化傾向
2.統計環境の比較分析:大都市:町田と遠隔離島:富江
3.統計環境の比較分析:都市福岡と農村矢部
4.小括
最初に大都市(町田)と遠隔離島(富江)との対比で統計調査環境の悪化状況を観察している。筆者は町田と富江との対比の結論を,次のようにまとめている。
1.調査協力意識は富江では血縁・地縁共同体の要因が残存し,住民のなかにはプライバシー意識の薄い層,申告義務を共同体規制として意識する層が少なからず存在する。統計調査員の選択志向も公的権威主義や共同体意識によるところがかなりある。町田はプライバシー意識の滲透が飽和状態にあり,私的市民意識が調査における非協力心理となって表出し,調査拒否意識が頭をもたげている。
2.政治と統計の関連でみると,富江では両者の関連性が「わからない」とする不明層が少なくない。町田では統計の政治的役割を意識する層がある。
3.住民の統計心象に関して,富江では無連想回答の比率が高いが,町田では政府統計および統計調査とは無縁な計数思考型(「統計という言葉を聞いたとき」に「計算・数学」「図・表」のように数量的データを合理的に処理する方法とみなす考え方)の比重が大きい。
4.富江では統計調査が従来,統計調査員と被調査者の日常的な地縁・血縁関係を足掛かりとして実施されてきたが,町田では共同体意識は不毛化しているので,統計調査のなり手の確保が不安定である。統計調査に対する住民の関心は否定的批判的である。
もう少し詳しく,筆者の説明を聞いてみよう。
調査拒否の3つの要因(「個人の秘密を知られたくないから」「調査の結果が悪用されるから」「めんどうくさいから」)では,回答比率がほとんどの属性別階層で傾斜的地点差を示す。調査拒否のこれらの要因は,住民の意識に表出している。とくに町田では若年齢,高学歴および長期居住の各層で「個人の秘密」をあげる割合が大きい。富江では調査環境問題はそれほど表面化していない。しかし,環境の悪化傾向が進行していることは,「個人の秘密」について回答比率の年齢差および学歴差が町田より大きいことから知ることができる。
統計と政治の関連性では,属性別階層について一様な規則性はみられないものの,4つの質問(「世論調査の結果は総理の政治的態度に影響しない」「物価統計の結果は物価に影響しない」「統計は政府の都合ためのみに作成される」「政治は統計がなくてもやっていける」)についての回答比率を分析すると,富江の高年齢,低学歴および長期居住層から,町田の若年齢および高学歴へ,統計と政治の関連性ついての住民の心象が,「無理解」→「統計が国民のために政治に生かされていない」→「国民不在の一般の政治にとって,統計が必要である」と,重層的に変容する対応関係がある。
住民の統計意識では,離島住民の統計心象は鮮明でない。調査申告の義務意識は希薄でないが,前近代的日常意識に規定されたもので統計教育にもとづく統計精神に裏打ちされたものではない。社会経済的条件が変化するなかで,若年齢層の統計心象は「計数型」に傾斜しつつあり,申告意識は希薄化し,調査拒否意識が芽生えつつある。町田市においては,住民の統計心象は国の統計調査を軽視する「計数思考型」である。プライバシー意識や政治不信に刺激され,統計調査に対する住民の関心は,拒否意識の顕在化にみられるように,批判的否定的方向に向かっている。
統計調査におけるプライバシーの具体的中身は,住民の経済的地位,政治的利害および社会的感情に深く関係する。富江では,回答比率の順はプライバシー保持の高い項目から「収入額」→「支持政党」→「初婚か再婚か」→「年齢」→「学歴」→「職歴」→「勤め先の名前」である。町田では「収入額」→「支持政党」→「学歴」→「初婚か再婚か」→「勤め先の名前」=「年齢」→「職歴」の順で微妙に異なる。
統計調査における守秘義務にいたっては,それが守られていないと考えている住民は非常に多い。この感覚は戦前から根強くあったが,戦後の統計法の施行のもとでも和らぐことがない感情である。統計公務員の守秘義務行為に対する不信感が強いことは,調査全体にかかわる重大な問題である。
筆者は次に統計調査における調査員と被調査者との関係にメスを入れている。分析のために住民サイドからみた調査員の類型を「公的権威型(市町村役場の人)」「地縁型(町内会・自治会の世話人)」「近隣型(近所の主婦)」「未知型(学生・アルバイト)」に分類している。分析の結果,確認できたことは富江と町田の両地域での統計調査は旧来の共同体的意識や公的権威主義のもとで,いわば前近代的社会土壌のなかで行われていた。とくに富江の状況は,それが色濃い。しかし,社会経済の発展とともに,このような関係は消滅の方向に向かう。富江にそれが萌芽的に,町田ではそれが際立った様相で露呈している。
次に都市(福岡)と農山村(矢部)の統計調査環境を対比している。上記の調査では福岡と富江という対立的差異性をもつ地域が選択されたが,福岡と矢部は地域特性(統計環境変容の中間地帯)の連続性が配慮されて選ばれた。町田と富江との分析結果と重なる部分もあるが,それと異なる部分もある。筆者はそれらを「調査拒否の要因」「政治と統計の関連性」「住民の統計心象」「調査項目に対する懸念」「被調査者の調査員に対する姿勢」について詳しく結果説明を示している。福岡と矢部の分析結果は,統計環境の悪化が連続的に変容する社会的現象であること,またプライバシー意識が徐々に高まる傾向にあることが観察される,としている。
筆者は最後に,分析全体を次のように総括している。「これまでの分析から,(1)統計調査環境問題が,局部的な突発事象ではなく,全体的現象であって,歴史的必然性をもっていること,(2)現代的な統計環境は,基本的には,統計精神の育成,守秘義務の広報,および統計の政治的活用によって保全されるが,わが国においては,環境の悪化が進行するままに放置されてきたこと,(3)これまでの政府統計調査は,前近代的な社会的土壌を足場として行われてきたが,それは急速に崩壊しつつあること,および(4)統計環境の悪化が進行するなかで,政府統計にたいする住民の関心は,プライバシー問題や政治不信に触発されて,消極的批判的にではあるが高まっている」と(p.61)。
政府はこのような事態に直面して手を拱いているわけではなく,施策を講じているが,対症療法的で,長期的根治策になっていない。現代的な統計環境は統計調査者,被調査者および統計利用者が三者三様に環境づくりに取り組まなければならない。