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社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

野澤正徳「経済計画化における部門連関バランスの意義と限界」『経済論叢』第102巻第1号,1969年

2016-10-17 21:38:19 | 5.ロシアと旧ソ連の統計
野澤正徳「経済計画化における部門連関バランスの意義と限界」『経済論叢』第102巻第1号,1969年

 部門連関バランスとは,旧ソ連(以下ソ連と略)で1950年代後半に作成された西側の産業連関表と同型の統計表である。形式は酷似しているが,基礎となる経済論はマルクス再生産論であるので,表の構成に若干の違いはある(物的生産部門と不生産的部門の区別,減価償却の表示形式)。最初の全国表は,中央統計局が1962年に作成・公表した1959年社会的生産物の部門連関バランスである。ソ連では社会主義経済の計画的運営のために長く国民経済バランスを作成し,利用していたが,部門連関バランスの作成を契機に,計画方法論に新たな問題提起がなされ,議論が交わされた。筆者は経済計画化におけるその役割,意義と限界を本稿で検討している。直接検討の対象となったのは,1962年実験的連関バランスの経験,とくにその数理的側面(バランスの数学的構成,直接支出係数と総支出係数,最終生産物にもとづく社会的総生産物の決定方法など)である。

 上記に指摘した部門連関バランスと西側の産業連関表との形式的同一性は,両者の数理的側面をみると具体的に明らかである。産業連関表の需給バランス式,投入係数,逆行列係数は,部門連関バランスではそれぞれ社会的生産物の価値の方程式,直接支出係数,総支出係数と呼び換えられている。産業連関論(表形式と分析手法)に対しては,社会統計学の分野でその批判的検討が従来あり,筆者はその成果を評価の物差しとして踏襲し,部門連関バランスの問題点を点検している。部門連関バランスにもとづく数理モデルは,種々の非現実的仮定,過度の単純化,固定化が前提されているとの指摘がそれである。

 1962年実験的連関バランスは計画バランスとしての利用が予定されていたこともあり,初期の直接支出係数がもっていた難点を克服しようという意図があったとして,筆者はその紹介を行っている。現物表示の直接支出係数で部門原理として集約的部門を採用し,また係数の内容に比例的支出部分と不比例的部分を盛り込んだことがそれである(筆者は一例としてА.Н.エフィモフ,Л.Я.ベーリによる「鋼一トンに対する耐火物資の直接支出係数」の計算手続きをあげている)。また価額表示の直接支出係数では「総生産高方式」による生産物測定方式が採用されたため,自家生産され自家消費される生産物を計上しないので,計画期間の係数の変化に影響する諸要因の推定を含む幾多の工夫が施された。筆者はその意義を求めつつ,しかし価額表示の係数の時系列比較は,依然として物的生産構造の状態を正確に反映していないこと,係数の計算の基礎となる諸経済量が集計量あるいは平均値で,その正確性は保証されていないこと,部門分割が十分な詳細度をもっていないことを難点として掲げている。

 総支出係数は以上の直接支出係数をもとに計算されるので,ここでも現実の経済過程の形式化,固定化,単純化の危険性を免れていない。とくに最終生産の需要が発生すれば部門間の生産の無限の波及過程が無時間的に,中断なく即時に実現されるとする非現実的仮定,複雑な漸近的な現実の波及過程が瞬間的に完結される過程とみなされ,異なる生産諸段階の生産諸条件(技術水準と生産組織)の変化が看過され,結果的に現実の生産諸条件が固定化されていること,総支出係数でとらえられる諸部門間の波及過程が最終生産物を保証するのに直接・間接に必要な労働対象に関する波及だけに限定され,労働手段を媒介にした波及が射程に入っていないことが大きな問題点である。

 1962年連関計画バランスによる計画指標の推定は,基本的には,59年連関報告バランスの最終生産物の諸要素の大きさを,これにほぼ対応する計画の諸要素の59-62年の発展テンポを考慮して外挿する方式であり,発展計画に間接的にリンクする方式である。筆者は,このような構想に二つの問題を指摘している。第一は最終生産物の指標と構成の問題である。部門連関バランスを推奨する論者は,最終生産物指標を総生産物から経常的物的支出(中間生産物)=再び生産的に消費される労働対象を控除した部分と規定し,消費資料,蓄積用生産手段(労働対象と労働対象在庫),磨滅補填用と労働手段を構成要素とする。筆者の考え方は年間の生産活動をとらえるには,最終生産物指標でなく,社会的生産物あるいは国民所得(物的,価値的形態)で十分に把握できる,最終生産物指標の利用は部門連関バランスでは不必要である,というものである。
第二の問題は,最終生産物の量,構成の外生的決定との関わりについての問題である。筆者は最終生産物の独立的かつ外生的決定は不可能という。なぜなら,最終生産物の要素としての消費フォンド,蓄積フォンド,摩損補填あるいは償却フォンドの量と部門構成は,社会的生産物の量と構成,したがって再生産過程の生産諸条件,社会的諸条件との内的連関に規定されるからである。最終生産物の規定の正確性を保証するには,部門・品目分類,生産物評価などを調整し,発展計画,国民経済バランスと部門連関バランスの諸指標を統合することが必要である。

 筆者の結論は次のようである。連関計画バランスはいくつかの限界をもちつつ,計画化の実際に利用でき,重要な意義をもちうる方法である。同時にバランスの構成,バランスと係数の数学的表現,統計資料的基礎の不備から生じるいくつかの難点をもつ。したがって,連関計画バランスは計画化の独立した基本的方法でありえず,この論稿が執筆された時点では国民経済バランスの補助的計画用具の位置にとどまる。(注意しなければならないのは,筆者が最後にバランスの構成と数理経済モデルの改善,統計的資料的基礎の発達により,将来さらに意味のある役割を担いうるとの予想を表明していることである。)

近昭夫「A.A.チュプロフにおける帰納法と『統計的方法』」『法経研究』(静岡大学)第16巻第3・4号,1968年

2016-10-17 21:36:30 | 5.ロシアと旧ソ連の統計
近昭夫「A.A.チュプロフにおける帰納法と『統計的方法』」『法経研究』(静岡大学)第16巻第3・4号,1968年(「帰納法と統計的方法」『チュプロフの統計理論』産業統計研究社,1987年)

 筆者は冒頭で本稿の内容を提示しているので,まずそれを確認しておきたい。チュプロフによれば,統計的方法は「イデオグラフィア的」機能と「ノモグラフィア的」機能とを兼ね備えた集団を媒介に,さらに「ノモグラフィア的」科学を志向するものであった。このような統計的方法の論理的基礎は,次のように考えられる。この問題は科学的研究における帰納法と統計的方法との対立という観点から考察できる。科学的研究は多くの場合,「原因の多義性」と「結果の多義性」という事情に遭遇する。この際に帰納法は,適用不能になる。代わって使われるのが統計的方法である。この統計的方法は,ロシアの統計学者ジュラフスキーのいう「カテゴリー的計算」と一致する。より一層の研究には,確率論の導入が不可欠である。統計的方法と確率論とは,不可分な関係にある。

 以上が要約であるが,これだけでは内容がわかりにくい。筆者はこの内容を本文でパラフレーズしていく。

 チュプロフにあっては,世界に生ずる諸現象の関係には因果的連関が存在し,これを一般的公式に表すことが「ノモグラフィア的科学」の基本問題である。因果的連関を研究するには,三つの公準が前提となる。第一の公準は,「現象の反復性」(因果的連関の知覚のためにはその連関が「いつでもどこでも」繰り返されなければならないこと)である。第二,第三の公準は,「力学的複合の原理」(諸現象が要素的原因と要素的結果との因果的連関をもった諸要素から成立していること)と「因果的原子論」(それらの諸要素間の複合が当該現象の因果的連関を構成すること)である。

 従来,「ノモグラフィア的」研究に必要とされたのは,帰納の諸方法(J.S.ミルが『論理学体系』で展開した「一致法」「差異法」「一致差異併用法」「共変法」「剰余法」)であった。チュプロフは,このうち「一致法」「差異法」「共変法」にのみ言及し,その他の方法に意義を認めていない。帰納の諸方法の可能性は,原因の多義性と結果の多義性とにかかわる。ミルの帰納法は,因果関係にある2つの現象について,その諸要素が全て数え上げられることを前提とする。しかし,実際の研究では,そのような事情は稀である。原因と結果との関係は,帰納の諸方法が期待するように一義的でなく,多義的である(「原因の多数性」「結果の多数性」)。

 「原因の多数性」は,チュプロフのオリジナルではなく,すでにミルが「一致性」の不十分さを説いたくだりで言及したことであったが,ミルはそれを確率論との関連で考察することはなかった。「結果の多数性」は,それまでの論理学では無視されていた。しかしチュプロフにとって,それは重要な概念であった。「結果の多数性」は「原因の多数性」とともに確率論と密接に結びついているからである。研究にとって必要なのは,原因と結果との切り離すことのできない関係ではなく,「連関の緊密でない形態」「自由な連関」「緩い因果関係」であり,そこでは帰納の諸方法は役立たず,統計的方法が必要になる。その具体的例として,チュプロフはジュラフスキーのカテゴリー計算をあげる。統計的方法は,このカテゴリー計算と同じものである。(しかし,筆者は「カテゴリー計算」といっても,ジュラフスキーのそれと,チュプロフのそれとでは非常に異なる,と書いている。)(p.47)

 カテゴリー計算は,ジュラフスキーが『統計情報の源泉と利用について』(1846年)で展開した。ジュラフスキーは,研究方法に必要な「操作」として,対象の内的諸性質を明らかにすること(観察,実験)と対象の量的内実との関係を明らかにすること(計算)とをあげている。「計算」は事実,現象および概念の,それらの類と種による類目的計算を必要とする。このような「カテゴリー的計数法」に基づいた純粋数学の実証科学への適用が統計学の目的である。統計学は「カテゴリー計算の学」である。

 ジュラフスキーの「カテゴリー計算の学」は次のような体系であった(国状学的な色彩が強い)。
Ⅰ.資料統計学(a.基本資料,b.年代記資料,c.比較資料),Ⅱ 合理的統計学(a.基本統計学,b.応用統計学)。そして,12の主要カテゴリーをあげている(気候,地域,人口,人々の習慣,個人財産,人々の仕事と生産性,賦役と税金,災害,道徳,教育,国家の行政,国家と経済)。

 筆者は,以上のような内容をなすチュプロフの見解の特徴について,ミルの考え方との親近性(原因と結果との因果的連関を継起的関係と捉える点,原因と結果との並列的な諸要因への分解と単純な総合,3つの公準とミル帰納法の大前提)を指摘しつつ,しかし帰納法が「要素的原因」と「要素的結果」との対応関係を確定する方法に矮小化されているとみている。また,チュプロフのもう一つの考え方の特徴として,科学的研究に帰納法が用いられないときには統計的方法が代用されること,帰納法と統計的方法が同格のものとして位置づけられていることがあるという(リューメリンの考え方の継承)。

 「チュプロフの一定の時間的規定および場所的規定をもった『集団』という抽象的な概念は,その本質は,諸現象間の連関の『非規定性』を,いわば救済するために考え出されたものであり,『非規定性』故に,直ちに確率論と結びつく,とされている。というよりむしろ,それは統計的方法の基礎づけに確率論を導入することを合理化するために,考え出されたものである,と言った方がより適切であろう」。(p.47)

野澤正徳「部門連関バランスの諸形態と固定フォンド(1)(2)(3)」『経済論叢』第101巻第2,3,4号,1968年2月

2016-10-17 21:34:16 | 5.ロシアと旧ソ連の統計
野澤正徳「部門連関バランスの諸形態と固定フォンド(1)(2)(3)」『経済論叢』第101巻第2,3,4号,1968年2月

本稿は経済統計学の分野で,ソ連の最初の部門連関バランス(中央統計局作成:1962年)とその後のバランスモデルの基本性格,特徴と意義,それらの問題点を体系的にとりあげたものである。部門連関バランスといえば西側で作成されていた産業連関表との形式的親近性がとりざたされるが,ソ連では前者の問題点を解決すべく試み(オパーリン表式,ダダヤン表式)が行われていた点に興味が惹かれる。
筆者が本当に取り組みたかったのは,部門連関バランスの数理的側面の意義と限界の解明だったようである。その解明のための基本的視座の確定が本稿の目的である。

 「まえがき」「むすび」を除く,目次は以下のとおり。一見して気づくように,1962年に中央統計局が作成した部門連関バランス(エイジェリマン表式)を基準に,その後のオパーリンとダダヤンによる表式改善の試みが対比的に検討され,その際ポイントになったのが固定フォンドの運動様式であった。

Ⅰ 中央統計局=エイジェリマン表式と固定フォンド
Ⅱ オパーリン多部門表式と固定フォンド
 1 オパーリン表式の構成
 2 オパーリン表式における社会的総生産物と固定フォンド
(1) 社会的総生産物の構成
(2) 社会的総生産物の循環と固定フォンド
(i)生産フォンドの存在量
   (ii)生産手段の価値移転と補填
   (iii)国民所得の分配,再分配,最終利用
(iv)蓄積の部門分割
Ⅲ ダダヤン5部門表式と固定フォンド
Ⅳ 国民経済バランスと固定フォンド    

 中央統計局=エイジェリマン表式は,部門連関バランスの基本形態である。表式の第Ⅰ,Ⅱ,Ⅲ象限では社会的総生産の価値的物的構成および社会的総生産物と国民所得の循環の諸局面,生産手段(労働対象)の生産と補填,国民所得の第一次分配,再分配および最終利用の諸局面が反映される。しかし,この表式は固定フォンドの存在量を全く捉えておらず,固定フォンドの価値移転,補填,蓄積の部門連関(固定フォンドの諸要素の生産部門別・配分部門別の連関)を十分に表示できていない。

 まさにこの固定フォンドの運動をどのように盛り込むかが,その後の部門連関バランス論の主要なテーマであった。産業連関表は形式的に部門連関バランスと構成が同一であるから,後者も固定資本,生産手段の運動の把握に難点があったが,これを改善する試みはほとんどなされなかった。しかし,部門連関バランス論では,バランスのこの問題点を解消する研究が続けられた。それらの詳細な紹介と検討が本稿の内容である。

 筆者はまず,部門連関バランスの基本形であった中央統計局=エイジェリマン表(1962年)を例に,固定フォンドの回転様式の特殊性を生産的固定フォンドと非生産的固定フォンドとに分けて明らかにしている。生産的固定フォンドに関しては,3つの局面(生産的消費と磨滅,減価償却フォンドの形成,このフォンドによる補填)があること,また社会的総生産物の拡大再生産には減価償却フォンド量が補填価値量を上回る(追加的生産化拡大フォンドの資金源泉)固有の問題があるとの説明がある。非生産的固定フォンドに関しては,生産的固定フォンドの回転様式を擬制し,再生産上の機能としては耐久消費財資料の漸次的消費,国民所得の貨幣形態による積立=蓄蔵,国民所得の最終利用=耐久消費財への支出の過程である。

 オパーリン表式は,素材的視点にたった多部門表式(多翼表式)を特徴とし,この表式は,マルクスの再生産表式を基礎に,社会主義経済における生産,交換,分配,再分配,消費と蓄積の過程を複合的に表すものとして構想された。それは次のような構成をもつ。(1)国民経済の閉鎖表式,(2)輸出入を含む表式,(3)貨幣流通表式,(4)拡大再生産の一般的他部門表式,(5)国民経済の動態モデル。筆者はこのうち第一の「国民経済の閉鎖表式」を検討している。以下はその要約である。

 オパーリン表式は基本行列の「左翼」に各種フォンドの期首の存在量,その流通速度,各フォンの回転額を生産種類別に表示する行列を,「右翼」に生産物の蓄積部分を生産部門別,配分部門別に表示する行列を,「上翼」に所有部門別に分類された諸フォンド(固定フォンド・流動フォンド,消費フォンド)の行列をもつ。この表式は社会的総生産物の構成と循環とともに(エイジェルマン表式に対応),生産フォンド(固定フォンドと流動フォンド)の期首の存在量および蓄積生産手段に関する詳細な生産部門別・配分部門別の部門連関を表示することでエイジェルマン表式の限界の克服を試み,部門連関バランスの具体化と拡張の理論的な定式化である。ただし,筆者によればそこにはいくつかの難点がある。第一は固定フォンド(労働手段)と流動フォンド(労働対象)の回転様式(価値移転と補填の過程)の違いを両者の流通速度の量的差異に還元したため,固定フォンドの漸次的価値移転,減価償却,補填と大修理,減価償却額と補填額との不一致を表式に反映しえていない。第二に,生産フォンドと消費フォンド,とりわけ生産的固定フォンドと非生産的固定フォンドの再生産における機能の相異を看過し,非生産的固定フォンドに生産的固定フォンドと同じ価値移転方式をあてはめる誤りを犯している。

 次に生産物の経済的使途による5部門分割(労働手段の生産,労働対象の生産,消費資料の生産,非生産的固定フォンドの諸要素の生産,国防生産物の生産の5部門)にもとづくダダヤンの部門連関バランスは,社会的総生産物の構成と循環を反映し,その限りでオパーリン表式同様,エイジェルマン表式を踏襲している。この表式はマルクス再生産表式における社会的総生産物の諸要素の規定の具体化として意図され,直接支出係数,総支出係数,直接資本支出係数,総資本支出係数および最終生産物の概念の導入により,5部門分割における再生産諸要素の量的関係を(1)各部門の総生産物の配分関係,(2)労働対象生産部門の総生産物と各部門の最終生産物との関係,(3)各部門の総生産物の増加量と労働手段の投資資源との関係,(4)各部門の最終生産物の増加量と労働手段の投資資源との関係,に関する関数関係の体系として数学的に定式化した。ダダヤン表式の特徴は,社会的総生産物の経済的使の相異による部門分割をバランス表式に導入したこと,この部門分割と生産物の素材的特性による多部門分割とを結合することで社会的総生産物の諸要素の再生産過程をより具体的かつ全面的に反映するバランス表式を構想したことである。また5部門分割にもとづいて労働手段生産部門を独自の部門として区別し,固定フォンドの特殊な回転様式をバランスに反映させる可能性を示したことも特筆すべきである。固定フォンドの存在量の部門別表示,固定フォンドの減価償却の部門別表示,固定フォンドの現物補填と蓄積の生産部門・配分部門別の部門連関表示,また現物補填価値量と減価償却額との差額の追加的生産拡大への利用表示などによって,部門連関バランスの具体化と拡張を試みたことも成果とみてよい。しかし,この表式では非生産的固定フォンドと国防生産物の消費資料としての経済的性格の見落とし,再分局面の表示における所得の再分配経路と最終利用の主体の表示の欠如,「投資」概念の不明確さなどの欠陥をもつ。

 筆者は最後に部門連関バランスにおける固定フォンドの回転の表示方式がもつ意義と限界を理解するために,伝統役な国民経済バランスでそれがどのように反映されているかを紹介している。国民経済バランス体系(7つの主要表と11の付表からなる)に組み込まれている固定フォンドバランスは,主要表,①固定フォンドバランス(摩損を控除した本源的価値)と付表,②固定フォンドバランス(全本源的価値による),③固定フォンドバランス(対比価格の全価値による),④投資バランスからなる。これらの全体で,国民経済の諸部門と社会的所有形態の両面から,固定フォンドの運動はその物的形態にそくした具体的項目によって表示されるが,補填と蓄積の区分の欠如,固定フォンドの存在量,補填,蓄積の部門連関の欠如,部門分類(大分類)のきめの粗さなどの弱点をもつ。

野澤正徳「部門連関バランスの諸形態と固定フォンド(1)(2)(3)」『経済論叢』第101巻第2,3,4号,1968年2月

2016-10-17 21:34:16 | 5.ロシアと旧ソ連の統計
野澤正徳「部門連関バランスの諸形態と固定フォンド(1)(2)(3)」『経済論叢』第101巻第2,3,4号,1968年2月

本稿は経済統計学の分野で,ソ連の最初の部門連関バランス(中央統計局作成:1962年)とその後のバランスモデルの基本性格,特徴と意義,それらの問題点を体系的にとりあげたものである。部門連関バランスといえば西側で作成されていた産業連関表との形式的親近性がとりざたされるが,ソ連では前者の問題点を解決すべく試み(オパーリン表式,ダダヤン表式)が行われていた点に興味が惹かれる。
筆者が本当に取り組みたかったのは,部門連関バランスの数理的側面の意義と限界の解明だったようである。その解明のための基本的視座の確定が本稿の目的である。

 「まえがき」「むすび」を除く,目次は以下のとおり。一見して気づくように,1962年に中央統計局が作成した部門連関バランス(エイジェリマン表式)を基準に,その後のオパーリンとダダヤンによる表式改善の試みが対比的に検討され,その際ポイントになったのが固定フォンドの運動様式であった。

Ⅰ 中央統計局=エイジェリマン表式と固定フォンド
Ⅱ オパーリン多部門表式と固定フォンド
 1 オパーリン表式の構成
 2 オパーリン表式における社会的総生産物と固定フォンド
(1) 社会的総生産物の構成
(2) 社会的総生産物の循環と固定フォンド
(i)生産フォンドの存在量
   (ii)生産手段の価値移転と補填
   (iii)国民所得の分配,再分配,最終利用
(iv)蓄積の部門分割
Ⅲ ダダヤン5部門表式と固定フォンド
Ⅳ 国民経済バランスと固定フォンド    

 中央統計局=エイジェリマン表式は,部門連関バランスの基本形態である。表式の第Ⅰ,Ⅱ,Ⅲ象限では社会的総生産の価値的物的構成および社会的総生産物と国民所得の循環の諸局面,生産手段(労働対象)の生産と補填,国民所得の第一次分配,再分配および最終利用の諸局面が反映される。しかし,この表式は固定フォンドの存在量を全く捉えておらず,固定フォンドの価値移転,補填,蓄積の部門連関(固定フォンドの諸要素の生産部門別・配分部門別の連関)を十分に表示できていない。

 まさにこの固定フォンドの運動をどのように盛り込むかが,その後の部門連関バランス論の主要なテーマであった。産業連関表は形式的に部門連関バランスと構成が同一であるから,後者も固定資本,生産手段の運動の把握に難点があったが,これを改善する試みはほとんどなされなかった。しかし,部門連関バランス論では,バランスのこの問題点を解消する研究が続けられた。それらの詳細な紹介と検討が本稿の内容である。

 筆者はまず,部門連関バランスの基本形であった中央統計局=エイジェリマン表(1962年)を例に,固定フォンドの回転様式の特殊性を生産的固定フォンドと非生産的固定フォンドとに分けて明らかにしている。生産的固定フォンドに関しては,3つの局面(生産的消費と磨滅,減価償却フォンドの形成,このフォンドによる補填)があること,また社会的総生産物の拡大再生産には減価償却フォンド量が補填価値量を上回る(追加的生産化拡大フォンドの資金源泉)固有の問題があるとの説明がある。非生産的固定フォンドに関しては,生産的固定フォンドの回転様式を擬制し,再生産上の機能としては耐久消費財資料の漸次的消費,国民所得の貨幣形態による積立=蓄蔵,国民所得の最終利用=耐久消費財への支出の過程である。

 オパーリン表式は,素材的視点にたった多部門表式(多翼表式)を特徴とし,この表式は,マルクスの再生産表式を基礎に,社会主義経済における生産,交換,分配,再分配,消費と蓄積の過程を複合的に表すものとして構想された。それは次のような構成をもつ。(1)国民経済の閉鎖表式,(2)輸出入を含む表式,(3)貨幣流通表式,(4)拡大再生産の一般的他部門表式,(5)国民経済の動態モデル。筆者はこのうち第一の「国民経済の閉鎖表式」を検討している。以下はその要約である。

 オパーリン表式は基本行列の「左翼」に各種フォンドの期首の存在量,その流通速度,各フォンの回転額を生産種類別に表示する行列を,「右翼」に生産物の蓄積部分を生産部門別,配分部門別に表示する行列を,「上翼」に所有部門別に分類された諸フォンド(固定フォンド・流動フォンド,消費フォンド)の行列をもつ。この表式は社会的総生産物の構成と循環とともに(エイジェルマン表式に対応),生産フォンド(固定フォンドと流動フォンド)の期首の存在量および蓄積生産手段に関する詳細な生産部門別・配分部門別の部門連関を表示することでエイジェルマン表式の限界の克服を試み,部門連関バランスの具体化と拡張の理論的な定式化である。ただし,筆者によればそこにはいくつかの難点がある。第一は固定フォンド(労働手段)と流動フォンド(労働対象)の回転様式(価値移転と補填の過程)の違いを両者の流通速度の量的差異に還元したため,固定フォンドの漸次的価値移転,減価償却,補填と大修理,減価償却額と補填額との不一致を表式に反映しえていない。第二に,生産フォンドと消費フォンド,とりわけ生産的固定フォンドと非生産的固定フォンドの再生産における機能の相異を看過し,非生産的固定フォンドに生産的固定フォンドと同じ価値移転方式をあてはめる誤りを犯している。

 次に生産物の経済的使途による5部門分割(労働手段の生産,労働対象の生産,消費資料の生産,非生産的固定フォンドの諸要素の生産,国防生産物の生産の5部門)にもとづくダダヤンの部門連関バランスは,社会的総生産物の構成と循環を反映し,その限りでオパーリン表式同様,エイジェルマン表式を踏襲している。この表式はマルクス再生産表式における社会的総生産物の諸要素の規定の具体化として意図され,直接支出係数,総支出係数,直接資本支出係数,総資本支出係数および最終生産物の概念の導入により,5部門分割における再生産諸要素の量的関係を(1)各部門の総生産物の配分関係,(2)労働対象生産部門の総生産物と各部門の最終生産物との関係,(3)各部門の総生産物の増加量と労働手段の投資資源との関係,(4)各部門の最終生産物の増加量と労働手段の投資資源との関係,に関する関数関係の体系として数学的に定式化した。ダダヤン表式の特徴は,社会的総生産物の経済的使の相異による部門分割をバランス表式に導入したこと,この部門分割と生産物の素材的特性による多部門分割とを結合することで社会的総生産物の諸要素の再生産過程をより具体的かつ全面的に反映するバランス表式を構想したことである。また5部門分割にもとづいて労働手段生産部門を独自の部門として区別し,固定フォンドの特殊な回転様式をバランスに反映させる可能性を示したことも特筆すべきである。固定フォンドの存在量の部門別表示,固定フォンドの減価償却の部門別表示,固定フォンドの現物補填と蓄積の生産部門・配分部門別の部門連関表示,また現物補填価値量と減価償却額との差額の追加的生産拡大への利用表示などによって,部門連関バランスの具体化と拡張を試みたことも成果とみてよい。しかし,この表式では非生産的固定フォンドと国防生産物の消費資料としての経済的性格の見落とし,再分局面の表示における所得の再分配経路と最終利用の主体の表示の欠如,「投資」概念の不明確さなどの欠陥をもつ。

 筆者は最後に部門連関バランスにおける固定フォンドの回転の表示方式がもつ意義と限界を理解するために,伝統役な国民経済バランスでそれがどのように反映されているかを紹介している。国民経済バランス体系(7つの主要表と11の付表からなる)に組み込まれている固定フォンドバランスは,主要表,①固定フォンドバランス(摩損を控除した本源的価値)と付表,②固定フォンドバランス(全本源的価値による),③固定フォンドバランス(対比価格の全価値による),④投資バランスからなる。これらの全体で,国民経済の諸部門と社会的所有形態の両面から,固定フォンドの運動はその物的形態にそくした具体的項目によって表示されるが,補填と蓄積の区分の欠如,固定フォンドの存在量,補填,蓄積の部門連関の欠如,部門分類(大分類)のきめの粗さなどの弱点をもつ。

野澤正徳「部門連関バランスと社会的生産物」『経済論叢』第100巻第4号,1967年10月

2016-10-17 21:32:44 | 5.ロシアと旧ソ連の統計
野澤正徳「部門連関バランスと社会的生産物」『経済論叢』第100巻第4号,1967年10月

 中央統計局は,1962年,「1959年ソ連国民経済における社会的生産物の部門連関バランス」を作成した。これ以前から,同バランスの研究は続けられていた。決定的だったのは,1960年4月ソ連科学アカデミー主催「経済研究と計画化における数学的方法の適用に関する学術会議」での部門連関バランスの価値の確認で,その後中央統計局はその実際的作成にまい進することとなった。その背景には,第一にソ連経済の生産構造の高度化,複雑化が顕著となり,各種の生産物の生産と消費を中心とした連関と釣合をきめ細かく計画化する必要に迫られたこと,第二に国民経済の効率的合理的運営が強調され,生産力の合理的配置,投資の効率化,諸資源の最適配分といった課題が日程にのぼっていたことがある。

 本稿の課題は,当時脚光を浴びるにいたった部門連関バランスの意義と限度を考察することである。筆者はこうした課題には問題点が2つあるとし,一つは部門連関バランスとマルクス再生産の関連を究明すること,もう一つは部門連関バランスの数理的側面の経済的意味を明らかにし,連関バランスの経済学と計画化への導入についてその意義と限度をさぐることであると述べている。本稿ではそのうちの前者が扱われている。

 構成は,「部門連関バランスの基本構成」「部門連関バランスにおける社会的総生産物の構成と循環の表示」「部門連関バランスと再生産表式」「部門連関バランスと国民経済バランス」となっている。「部門連関バランスの基本構成」では価額表示バランス(もう一つ現物表示バランス)を例に,その内容を紹介している。部門連関バランスは4象限の碁盤縞の行列形式の表示をした統計表である。第Ⅰ象限は,社会的生産物の生産的消費への配分,物的生産の全部門(83部門)の間の生産的連関を反映する。第Ⅱ象限は,国民所得の物的構成,国民所得の消費と蓄積への利用,第Ⅲ象限は国民所得の価値構成,純生産物の基本的要素,第Ⅳ象限は国民所得の再分配の若干の要素を表示する。

 このバランスは,社会主義的生産における社会的総生産物の価値構成,物的構成を捉える統計表である。この観点からとらえるならば,第Ⅰ象限は生産手段の補填部分の物的構成と価値構成を,第Ⅱ象限は国民所得の物的構成を,第Ⅲ象限は国民所得の価値構成を反映している。同時に,それは社会的総生産物の循環を,すなわち第Ⅰ象限は生産手段(労働手段)の生産と補填の過程を,第Ⅲ象限は国民所得の分配,再分配を,第Ⅳ象限は国民所得の再分配局面,再分配の結果の最終所得の形成とその個人的,社会的フォンドへの利用を,第Ⅱ象限は国民所得の支出,利用局面,国民所得の消費,蓄積フォンドの支出,利用による国民所得の物的諸要素の消費と蓄積を反映している。労働手段の貨幣補填と現物補填は,このバランスでは第Ⅰ象限の下の横行と第Ⅱ象限の縦列に示される。部門連関バランスは,社会的総生産物の構成と循環とを同時に反映していることになる。

 次いで筆者は部門連関バランスとマルクス再生産表式を対比,検討している。この検討をとおして,バラン的表示が均衡を前提としていること,またそれが直接には社会的総生産物の構成を示しながら,同時に国民所得の分配と最終利用をも反映していることが明らかにされている。再生産表式と部門連関バランスとの対比によって,後者の特徴は物的部門の分割が他部門化されていること,本源的所得の具体的諸形態が表示されていること,国民所得の利用の社会主義的形態が表示されていること,国民所得の再分配過程を一定の限界内(再分配の経路を欠いた状態で再分配の結果のみ)で反映していること,である。
 それではこの部門連関バランスの登場は,伝統的な国民経済バラン体系といかなる関係をもつのであろうか。国民経済バラン体系は,次のような構成をもつ。(1)国民経済バランス総括表,(2)国民経済の労働資源バランス,(3)社会的生産物の生産,消費および蓄積のバランス=総合物財バランス,(4)社会的生産物の分配,(5)国民経済における社会的生産物と国民所得の生産,分配および再分配バランス=財務バランス,(6)社会的生産物の国民経済二大部門再生産,(7)国民経済の固定フォンドバランス。

 このうち社会的生産物の生産,消費および蓄積のバランス=総合物財バランスと連関バランスの第Ⅰ,Ⅱ象限は基本的に同じ内容である。しかし,総合物財バランスの物的支出欄に示される生産的連関の表示は生産部門の大分類に依拠し粗いものであるが,連関バランスのそれは詳細な生産的連関表示となっている。国民経済における社会的生産物と国民所得の生産,分配および再分配バランス=財務バランスにおける国民所得の循環の三局面(第一次分配,再分配,最終利用)は,連関バランスの第Ⅲ,Ⅳ,Ⅱ象限にほぼ対応している。このような対応関係をもちながら,連関バランスは詳細な部門分類により社会的総生産物と国民所得の構成,循環の部門構成をより具体的に表示し,この意味で国民経済バランスの具体的展開という意義をもつが,他方では社会形態の表示の欠如,再分配局面の表示の不完全さという限界に直面している。部門連関バランスは伝統的なバランス方法に代位する方法をとるものではなく,国民経済バランス体系の一環として位置づけられ,基本表の補助的役割を果たすものである。

 最後に筆者は,部門連関バランスにおける社会的総生産物の反映を評価するうえで,固定フォンドの回転の表示が重要であるとして(固定フォンドの価値補填[減価償却]と現物表示,「最終生産物」概念と減価償却,固定フォンドの存在と部門連関の表示など),爾後の課題として確認している。