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社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

小川雅弘「階層別計量モデルの意義と限界」『統計学』第44号,1983年3月

2016-10-10 11:19:51 | 8.産業連関分析とその応用
小川雅弘「階層別計量モデルの意義と限界」『統計学』第44号,1983年3月

この論稿が執筆された少し前の頃から,日本資本主義の民主的改革がクローズアップされた。その基本性格は,(1)大多数の国民の生活の安定・向上,(2)上と下からの独占資本の規制とコントロール,(3)資本主義の基本的仕組みには手をつけない条件のもとでの改革,という3点に集約される。その運動形態は企業,産業,地域,その他の各戦線における対案提示運動を総括する運動であり,各社会層で異なる施策(階層別政策)を結集する運動である。階層別政策が必要なのは,第一に民主的改革が労働者,中小企業など特定の階層の向上を目的とするからであり,第二にそれが各種の支出性向と利潤要求の制御策としての意味をもつからである。

 政策決定には,その効果の評価が重要である。その理由は,民主的政府でも種々の制約をうけるので,その制約のなかでよりよい政策手段の組み合わせを政策評価に基づいておこなわなければならず,経済内部の諸連関によって政策が当初の意図どおりの効果をもつかを明らかにしなければならず,階層別を意図しない政策でもその各階層への影響を評価しなければならず,民主的改革の道を独占資本本位の道と政策効果を対比する必要があるからである。

 これらの政策効果の分析は単純な予測ではなく,政策の含意を担保するために行われる。またそれは本質的諸連関,長期的法則のみならず,現象的な段階での諸関係にも基づかなければならない。さらにそれは,単独の数値の記述に留まらず。諸現象間の関係にも配慮しなければならない。

 このような現象関係を考慮に入れた政策提示および効果分析には,計量モデル(連立あるいは単一の方程式,数理統計的手法によるパラメータの推定,シミュレーション)の利用が不可欠であり,ある程度の意義を期待できる。その理由は第一に,政策効果分析は具体的であるべきで,そのためには数量的評価が必要だからである。第二に,諸現象は多岐的に円環的連関しているからである。数量的関係と多岐的円環的連関の抽象の必要性は,複数の方程式体系すなわち連立方程式の利用を要請する。

 連立方程式の作成では,捨象される質と捨象されない質とがある。この過程は一方では質的差異をもつ個別の存在の異質性は捨象され,特定の要因へと等質化されるが,他方で企業,家計,政府等の各経済主体の機能の差は温存される。ただし,連立方程式が質を反映できるといっても,現実を正しく反映していることとは別である。質的諸連関と内的運動に基づく運動を方程式に表される限りでの量的関係としてのみ反映し,質的関連はもとより質的転換=構造変化,線形近似の場合の非線形の動きなどをとらえることはできない。

 連立方程式に以上のような限界があってもその作成の要請があるのは,この手法がシミュレーションによる政策効果分析に一定の意義をもつからである。シミュレーションに期待されるのは,予測ではない。反映すべき諸関係を考慮した限りでの政策効果の測定である。連立方程式が示す関係は粗くとも経済現象の量的反映が民主的改革には不可欠である。

 筆者の考察は次に,最小二乗法などの確率論を用いたパラメータの推定に移る。認識は能動的過程であるから,それは仮説やモデルの構成をとおして実現する。モデルの作成にあたっては,重要因を抽象し,そうでないものを捨象しなければならない。全ての現象は諸々の要因の結果として存在する。原因と結果は相互連鎖している。相対的に内的因果は必然的因果で,そうでない相対的因果は偶然的因果である。

 必然的因果も偶然的因果も,それぞれ量的関係として表出する。これらのうち偶然的因果では平均的にみて,量的影響は小さい。方程式のなかでこの要因を処理する方法が必要になる場合,その確率論的な処理が許される。各種の最小二乗法や最尤法の利用は,確率論の手法により小要因を誤差項とみなして処理する数理的手続きである。確率論的処理方法は,全ての未知を未知のまま放置するのではなく,抽象された要因間の関係の大きさをパラメータや決定係数等として経験的に示すという点で,認識の前進を進めるものである。

 民主的改革の政策目標・政策体系の設定の際に,他の種々の調査・研究とともに計量モデルに政策効果分析がもとめられる。計量モデルは,その際に必要とされる限りでの諸関係を反映していれば,政策決定のための研究過程全体の一部として階級矛盾を部分的に反映したモデルになりうる。

 計量モデルの方法論的諸問題を以上のように整理して,筆者は「日本経済の社会階層別計量モデルの作成」(『経済論叢』第130巻第5・6号,1983年1・2月)でとりあげた階層別モデルの内容を紹介している。モデルの第一の特徴は,「生産=需要+在庫変動(意図した在庫投資)」とみなす需要モデルになっていることである。意図しない在庫変動,すなわち短期的予測の誤りは捨象されている。それよりも要求利潤=要求価格を満たす需要,すなわち有効需要の不足による遊休設備の存在,換言すれば資本家の生産決定態度は資本主義における不均衡と捉えられている(関連して,デフレータが行動方程式として内生化されていることも指摘されている)。
 次に階層モデルは所得に分析が絞られ,流通,財政を通じた追加的収奪が考慮されている。階層別モデルで捉えられている階層別の所得分配は,資本主義分析で欠かせない。所得を中心としたモデルの利用は,他の分析による補完を受けることによって国民生活全般に関わる研究の一環となりうる。さらに,このモデルにはいくつかの不均衡が反映されている。遊休設備,利潤と賃金の拮抗,失業をとらえた方程式がその表現である。

筆者は進んでモデルの主な外生変数とその根拠を説明している。政策変数として位置づけられた外生変数(政府消費,政府投資,各種租税,公定歩合,政府から家計への移転)である。これらは最終的には政策主体によって決定され,政策効果分析が民主的改革から要請されているので,財政・金融政策を変化させたときの効果を調べることには一定の意義をもつし,政策変数の値をシミュレーションの際に決定するときには諸制約が考慮されることになっている。

 方程式の形についての根拠,シミュレーションの目的と成果についての詳しい説明がある。自身が作成したモデルにそっての説明なので,予想される疑義も織り込んで,非常に詳しく記されている。関心のある人は直接参照するのがよい。

 最後に,計量モデルが全てというのではなく,種々の分析で補完されるべきと繰り返し主張されている。民主的改革という主張の可否の検討とその理論的展開は,モデルによる政策分析とともに経済学的研究に依拠しなければならないこと,モデルの外生変数の選択の際には具体的な経済の連関の研究,政策的要請の分析を待たなければならないこと,説明変数の選択は確率論的手法のみならず経済学的根拠がなければならないこと,シミュレーションでは実態分析が必要なこと(政策手段の決定,政策変数の動かし方,外生変数の値の決め方),基礎資料の改善が独自に追及されるべきこと,以上である。

小川雅弘「社会階層別計量モデルのシミュレーション­階層別政策の効果分析-」『経済論叢』第131巻第1・2号,1983年

2016-10-10 11:18:23 | 8.産業連関分析とその応用
小川雅弘「社会階層別計量モデルのシミュレーション­階層別政策の効果分析-」『経済論叢』第131巻第1・2号,1983年

本稿は筆者が作成した(大西広との共同研究)社会階層計量モデルのシミュレーションの結果を分析したものである。社会階層計量モデルは,マクロ的経済政策が社会各層にどのような影響を及ぼすかを測ることを目的とする。企業については,大企業(資本金10億円以上),中小企業(資本金10億円未満),その他の法人企業(公企業,金融法人),個人企業が,家計については賃金所得者,財産所得者がここでいう各社会階層である。

 シミュレーションは7つのケースで行われ,その結果が表にまとめられている(pp.48-52)。「政府投資1000億円増」「大企業発注1兆円減,中小企業発注1兆円増」「大企業1兆円増税,中小企業1兆円減税」「中小企業金融2000億円増」「財産所得税1兆円増,賃金所得税1兆円減」「財産所得税1000億円増」「大企業法人税1000億円増」がその7つのケースである。

 まずモデル全体のあてはまりがどうだったのかが,要約されている。総括的にみると,生産,企業別需要,名目賃金率,雇用者数,資本ストック,減価償却は,いずれも良好である。ただこれらの変数に関して,「その他企業」関係の変数は不一致係数が大きかった。「その他企業」関係の方程式の推定が悪かったせいである。問題の第一は,在庫変動の方程式のあてはまりが悪いため,それらの不一致係数がよくなかった。生産のそれはさらに悪い。第二は,利潤(生産から各種費用を引いた残差)の行動がよくなかった。第三は,デフレータの不一係数が一見良好に見えるが,それでも全変数に影響を及ぼすので,さらに改善をはからなければならない。

 以上をおさえたうえで,各種の政策シミュレーションの効果が示されている。シミュレーションの期間は1975-79年の5期間で,標準解は同期間の最終テストの値である。

 政策投資を1000億円増額する効果は,乗数効果の働きにより生産,所得,支出の各々に増加がみられた。「標準解の偏差/標準解」でみると,中小企業の設備投資への影響が大企業のそれよりも大きくなっている。実質賃金率は,このシミュレーションでは増加を示した。政府投資の名目乗数値(名目総生産増分/名目政府投資増加分)は,種々のモデルと比べても標準的な値を示した。需要変動による波動が小さいモデルということになる。

 発注転換(政府支出の大企業から中小企業への転換政策)では,政府投資の標準解を同一に保ったまま,毎年度中小企業への発注額を名目額で1兆円増額し,大企業へのそれを同額減少させると,大企業において生産,雇用者,名目賃金率,利潤が減少するが,大企業の生産の減少は発注の減少1兆円よりも小さい。中小企業における生産,雇用者,名目賃金率,利潤は大企業における減少以上に増大している。この中小企業に有利な発注は,全体として,総生産,就業者,実質賃金率は上昇し,経済全体によい影響を与える。可処分賃金所得と可処分財産所得の増加額の比率は,政府投資増額のシミュレーション結果よりも高くなった。これは中小企業における生産に対する雇用の変化が大企業におけるよりも高いので,単なる需要拡大政策より中小企業へのそれのほうが大きい雇用効果をもち,雇用者所得を大きく増大させるからである。

 「大企業1兆円増税,中小企業1兆円減税」という法人税の転換政策では,負の効果は小さく,各年度とも大企業の生産と雇用は減少しない。中小企業の利潤は,76,77,78年に減価償却と賃金の上昇のために標準解より小さくなったが,中小企業に対して1兆円減税がなされているという仮定のもとで,利潤が標準解より高くなり,中小企業に不利な結果にはならない。
 中小企業の金融機関からの借入金変動額を毎年度名目額で2000億円増額する政策効果のシミュレーションでは,借入金額の増額により中小企業の設備投資が増加する。全般的に生産と雇用が増加する。

 役員給与を除く雇用者所得(賃金所得)に対する直接税を毎年度名目額で1兆円減額し,役員給与,利子所得,配当金,賃貸料,個人企業余剰(以上,財産所得)に対し,同額増税する政策の効果の推定では,各年度とも,住宅投資は標準解より減少するものの,消費と設備投資が増加するので総生産は増加し,雇用も各企業で大きく増加する。とくに,中小企業の生産が大企業とその他企業に比べ大きく増加する。分配関係では,総生産が増加しているので,可処分賃金所得は減税額以上に上昇し,可処分財産所得も増税額ほど低下しない。個人企業は,財産所得の各項目への増税額の配分の仕方によっては不利にならない。

 対家計直接税の転換政策は,可処分賃金所得への付加,可処分財産所得からの控除である。この転換は賃金所得と財産所得の支出性向の差にもとづく支出の影響の相違により,家計の支出を増加させ,さらに企業への需要増加を通じて設備投資を増加させ,総生産を増加させる。また,この政策によって,総支出中の消費の比率が上昇する。消費が中小企業へ及ぼす需要波及は大企業への波及より大きい。この波及の差を利用することで,対家計直接税の転換により中小企業の生産が大企業に比べ大きく増加する。      

 「財産所得税1000億円増」と「大企業法人税1000億円増」の経済効果はどうであろうか。財産所得増税は大企業法人税増税よりも総生産を大きく低下させる。雇用も同様である。消費と住宅投資の減少は,財産所得増税の場合が大きく,設備投資の減少は両者(財産所得増税と大企業法人税増税)で同様である。他の指標による効果分析の紹介もあるが,総生産の減少の回避という視点からも,労働者と中小企業への打撃が少ないという視点からも,大企業増税が財産所得増税より望ましい。

 筆者は以上の階層別モデルのシミュレーションから,中小企業に有利な政策は投資行動と雇用行動の相違にもとづき,賃金所得者に有利な政策は支出性向と需要波及先の相違にもとづき,概ね経済全体の上昇につながることが明らかになった,とする。

 筆者は最後に,①金融の内生化(とりわけ政府借入増加によるクラウヂング・アウト,財産所得増税にともなう貯蓄の減少による金融逼迫が企業の設備投資に与える影響をモデルに導入すること),②利潤減少の価格への転嫁の導入,③大企業への需要減少に対応して,大企業が中小企業分野への参入を図る過程の導入,④階層別政策の若干にともなう大企業投資の減少に関し,その長期的影響や産業構造への影響を考慮すること,を挙げている。

小川雅弘「日本経済の社会階層別計量モデルの作成」『経済論叢』第130巻第5・6号,1982年11・12月

2016-10-10 11:17:03 | 8.産業連関分析とその応用
小川雅弘「日本経済の社会階層別計量モデルの作成」『経済論叢』第130巻第5・6号,1982年11・12月

 筆者が大西広と共同で作成した社会階層別計量モデルは,経済政策が社会各層に及ぼす効果を測定することを目的とした。その内容を紹介することが,本稿のテーマである。

 階層別モデルにおける経済主体は,企業,家計,政府,海外である。企業と家計に関して階層分割がある。階層分割は,企業については,大企業(資本金10億円以上),中小企業(資本金10億円未満),その他の法人企業(公企業,金融法人),個人企業に分割され,各々が投資,在庫投資,生産,雇用,分配・再分配を行う。家計については賃金所得者,財産所得者に階層分割され,各々が消費,在宅投資,所得の取得,再分配を行うという想定である。 

 階層別モデルが使用する基礎資料は「国民経済計算」と「法人企業統計年報」である。また経済諸量間の決定関係を示すために,詳しい図示がある(p.118)。需要(民間消費,企業の設備投資,政府消費と政府投資)の説明があり,ついで企業は実質的需要に応じてそれと同額の生産をすると仮定され,いわゆる有効需要モデルの原理が働いていることを示すモデルである。
雇用はこのようにして決まった生産に応じて決定される。名目賃金率は,消費デフレータおよび労使の交渉条件の一つである一人当たり生産により決定されると想定されている。デフレータに関しては,まず国内価格デフレータを決め,それを軸に他のデフレータを国内デフレータとデフレートの対象である支出の項目により決定する。GNPデフレータは,それらの加重平均で決定される。

 階層別モデルは都合92本の方程式からなる。具体的には,「需要(19本)」「生産(6本)」「労働(10本)」「分配・再分配(名目賃金率[7本],雇用者所得[7本],配当[4本],利子所得[1本],利潤[5本],可処分所得[3本])」「ストック(資本ストック[5本],資本減耗[6本],在庫ストック[5本],家計金融資産[1本])」「デフレータ[10本]」「その他(利子率,家計の貯蓄,生産能力[合計3本])」である。
それらの主なものにコメントが付されている。なお,モデルを形成する方程式の内容は,本稿の後に公にされた,小川雅弘「階層別計量モデルの意義と限界」(『統計学』第44号,1983年3月)にも説明があるので,それを援用する。 

 消費は可処分所得に影響される[1式]。消費はまた賃金と財産所得の分配によって規定される。消費への両者の影響の大きさは,具体的数値で推定されている。
可処分所得は,住宅投資デフレータによってではなく,消費デフレータによって実質化される[2式]。実質可処分賃金所得,実質可処分財産所得の係数は,[1式]消費では前者が,[2式]住宅投資では後者が高くなっているが,これは家計の各階層の支出性向が異なることの現れである。

大企業投資関数では実質金利のt値が低いが,重要な要因なので説明変数に加えられた。各企業の投資関数では([3式]~[6式]),税引き後は配当前利潤と需要が正の方向へ,金利が負の方向へ,借入金が正の方向へ影響していることが表現されている。それらが実数,変化量,変化率等のどの形で影響するのかを判断するには,何らかの経験的適合を見ざるをえないので,計量経済学の手法が使われた。

[16式]~[19式]のコンバータは,支出項目を企業別需要に転換するもので,各企業層に消費財・投資財等の生産構成,政府支出への依存度,輸出依存度が異なることを抽象している。これらの係数は産業連関表をもとにもとめられた。雇用関数のうち大企業雇用者[26式]はダービン・ワトソン比が低かったので,誤差項に一階の系列相関を仮定した一般化最小二乗法で推定した。[26式]の大企業雇用と[27式]の中小企業雇用を比べると,生産の変化に対する雇用の変化は,中小企業において大企業におけるより大きい。    

 階層モデルは,いくつかの不均衡を含んでいる。遊休設備(生産能力[92式]-生産[257式]),利潤と賃金の対抗([5式]~[59式]),失業[35式]がそれである。デフレータ[80式]は賃金上昇→価格上昇という「賃金­物価悪循環論」になっているが,この関係の実在性を承認しつつ,労働者の賃金要求と資本家の利潤要求との対抗関係を方程式で示した。

 政策変数は,外生変数として位置づけられている。外生変数は,政府消費,各種租税,公定歩合,政府から家計への移転である。これらは政策的に動かせるものではないが,最終的には政策主体によって決定されることをおさえておく必要がある。政策効果分析は民主的改革から要請されているから,財政・金融政策を変化させたときの効果を調べることは客観的根拠がある。

 以上はモデルの内容の一部を紹介したにすぎないが,政策の内容が階層ごとに与える影響をとらえうるよう,また資本主義経済の不均衡,階級対抗の要素を反映するよう,さまざまな工夫が凝らされている。

木下滋「実証的経済分析と産業連関論」『研究所報』第7号,1982年3月

2016-10-10 11:12:42 | 8.産業連関分析とその応用
木下滋「実証的経済分析と産業連関論」『研究所報』(法政大学・日本統計研究所)第7号,1982年3月

 実証的経済分析における産業連関分析の有用性を主張した論稿。同時に経済学にとって数学的手法の意義を,産業連関分析に絞って,間接的に論じている。

 筆者は産業連関論を題材として,社会科学における数学的利用を検討するとなると,その問題は次の諸側面にわたるとしている。(1)近代経済学は産業連関分析を用いて何を明らかにしてきたか,(2)社会主義の部門連関バランスの利用状況,(3)マルクス経済学の立場からの産業連関表の利用とその成果,(4)産業連関分析の理論構造と,その批判が提起した問題,(5)産業連関表と産業連関分析を利用した経済学研究の課題。このうち,本稿で取り上げられたのは(3)(4)である。(5)については行論中で部分的に触れられている。 

 産業連関表の利用は,3つの形態があるという。第一は,産業連関表そのものの読み取りと組み換えによる日本経済の構造分析への利用である。第二は,産業連関表を使った労働価値計算である。第三は,産業連関表を利用した公共投資の分析である。筆者はこれらのうち第二の形態に関わって泉弘志が行った価値レベルの剰余価値率計算の内容を,また第三の利用形態に関わって,自身が中心になって行った生活基盤重視型公共投資の波及効果分析の内容を紹介している。とくに後者については,紙幅を割いて,生活基盤重視型公共投資がその波及効果に関して,産業基盤型のそれに比べて劣るとする見解に反論している。そして小括として,他の経済的諸関係の分析(理論的,実証的)と連携することで,産業連関分析による需要波及計算の意義が高まること,産業連関分析が役立たずの代物であるとするのは誤りで,固有の限界を承知したうえで,事実の数量的分析を可能にするものであること,を確認している。

 これ以降は,産業連関分析に対する批判的見解の検討である。連関分析に対する批判的見解の原型は,山田喜志夫によって与えられた。山田の見解は,このARCHIVESの 頁で取り上げられているので詳細はそちらに譲るが,ポイントは投入係数の仮定,逆行列計算と均衡算出モデルの虚偽性,価格分析の手法としての限界である。

 筆者は投入係数の定義における一次同次式の仮定,投入係数一定の仮定の限界については山田の指摘どおりであるが,静態的条件を想定し,短期的な分析には意味をもつニュアンスで連関分析を評価している。逆行列係数を利用した均衡産出高の計算に関しては,資本主義経済では一面的な反映にとどまること,社会主義経済の下でも同様であること(関恒義,横倉弘行は社会主義経済ではこれを妥当とし,長屋政勝はこれを否定している),X=[I-A]-1Fの式は資本主義経済分析では3つの部面で利用可能であること,を結論としている。3つの部面とは,過去から現在にいたる産業構造の分析,公共投資やその他の経済効果の測定,純然たる予測(この場合には連関論の静態的性格ゆえにその有効性は限定的としている)である。筆者はこのように産業連関論を資本主義経済分析に利用可能とし,山田のような全面否定の見地とは袂を分かっている。

筆者は続いて,計量経済学あるいは社会科学における数学利用一般に対する批判に通じる見解をとりあげ,検討している。取り上げられているのは,是永純弘,山田耕之介,近昭夫の見解である。筆者によれば,是永のように産業連関分析,計量経済学が生産力的,技術的関係しか反映していないと見るのは誤りで,自身が関わった『統計 日本経済分析』ではこれらを使って日本資本主義の生産関係的構造分析を行ったと,強調している。また連関表を横方向,縦方向に読むと,そこに表記されているのは経済的諸概念に他ならず,日本経済の発展の矛盾を読み取ることもできる。重要なのは,産業連関分析から経済学的意味を引きだすことである。それは読み手の立場に深くかかわるのだ,と言う。

 産業連関論の全理論体系とそのうちの連関分析の生産技術的な連関の記述とは分離できないとする長屋の見解に対しては,この見解では泉の労働価値計算も,筆者の公共投資分析も一般均衡論にもとづく価値論を喪失したブルジョア経済学になってしまうのか,と問うている。筆者はまた,長屋の見解を貫くならば,近代経済学が開発した種々の理論や方法から取り入れるものは何もない,もしあったとしてもその背景となるイデオロギーや科学哲学から切り離してマルクス経済学がそれらを取り入れることはできないのか,と疑問を呈している。さらに「数学利用一般が意味をもつのは数学利用の全内容とそのすべての段階でそれらが質的性格と不可分であることが明示されなければならない」という是永の見解に対しては,数学的展開の一つひとつに経済学的意味づけがなされなければならないとは考えない,結果に経済学的意味があればよい,と反論している。(木下のこの叙述には,是永の主張について一部誤解がある。是永が「数学的展開の一段一段で経済学的カテゴリーの特質に則した意味づけを行うこと」と述べたとき,それは木下が言うような,計算プロセスの一つひとつに経済学的意味を与える,単位行列Iや逆行列A-1の経済学的意味をもとめる,ということを言っているのではない。念のため。)

 筆者は要するに,科学的研究方法に数理的手法を積極的に位置づける作業が必要であり,数学的利用の意義がそれほど大きなものではないことを確認する(近昭夫の叙述)のではなく,数学を利用することが必要であるか,許されるかどうかを確認することこそ大事なのであり,反対しているのは数学利用の否定に対してである,ということこそ言いたかったのである。

土居英二「公共投資の二類型と波及効果の比較-産業連関表の利用をつうじて-」『統計学』第40号,1981年3月

2016-10-10 11:11:21 | 8.産業連関分析とその応用
土居英二「公共投資の二類型と波及効果の比較-産業連関表の利用をつうじて-」『統計学』(経済統計研究会)第40号,1981年3月

 巷間,生活基盤重視型公共投資(以下,生活基盤型と略)は生産・雇用効果が小さいと言われる。この理解が正しいかどうかを検証することを目的に書かれたのが,本稿である。

 筆者はまず,上記の理解の根拠になっている諸点を列挙している。①生活基盤型は,生産・雇用の効果につながりにくい用地費・補償費の割合(用地費率)が高い。②生活基盤型は工事の段階で労務費の占める割合(労務費率)が高く,建設土木資材必要量が少ない。③工事規模が小さく,かつ細切れ発注になるために効果が小さい。④生活基盤型は。効果の小さい中小企業への発注が中心となる。⑤生活基盤型は,投資地域が地方へと分散化する。

 この見解に反論したのが,宮本憲一「公共投資はこれでよいのか」(『週刊 エコノミスト』1979年1月30日号)である。この論文では大阪府に限定し,生活基盤型は産業基盤型に対し,波及効果において優るとも劣らない効果を持つことを示した。この論文の価値は,同額の投資が行われた場合,生産・雇用の効果の面で生活基盤型は,産業基盤型に劣らないことを示したことにあったが,その試算で公共投資の中に含まれる用地費が考慮されていないとの批判がなされた。

 生活基盤型投資の波及効果の実証に関しては,木下滋「地域における公共投資の波及効果」(『岐阜経済大学論集』第14巻第3号,1980年9月)がある。筆者はこの木下論文をベースに,上記の産業基盤型が優位であるとする5つの論拠の②~⑤に説得性がないとしている(生産誘発係数の比較がポイント)。しかし,神戸市都市問題研究所『公共投資の効果による実証的分析』(1980年)は,これらとは別に次のように指摘した。その指摘は,「政府をはじめほとんどの乗数効果分析が資本形成という観点からのみ数値を算出しているが,現実の公共投資の有効性というとき,用地費が欠落していることは致命的ともいえる欠陥であろう」というものである。

 筆者はこの指摘を受けて,次のような試みを行った。すなわち,公共投資に占める用地費の割合の推計資料(建設省『建設業務統計調査』,自治省『地方財政統計年報』)は,全国の数値のみを反映している。そこで,二類型の波及効果分析を全国に拡大して行った。この分析は,これらの資料から用地費率を推計し,1978年の全国の公共投資額のうち用地費をもとめ,「Ⅰ産業基盤型」「Ⅱ生活基盤型」「Ⅲ国土保全型」のそれぞれの工事費が最終的にどれだけの生産を誘発したかを計算し,用地費を考慮した産業基盤型公共投資と生活基盤型のそれの波及効果の測定比較である。分析は2つの場合で示されている。すなわち,用地費波及がない場合と用地費波及を考慮した場合(神戸市都市問題研究所の試算に準拠)とである。

 結論は次の3点である。(1)1978年度公共投資額でみる限り,産業基盤型の用地費率は11.5%,生活基盤型のそれは20%と,後者が高い。産業基盤型の公共投資の約9割が工事費にまわるが,生活基盤型のそれは約8割と低い。(2)工事費1単位あたりでみると,生活基盤型は2.11倍の生産を誘発し,産業基盤型は1.93倍の誘発である。生活基盤型は工事金額が同額の場合,産業基盤型に比べて約10%多く生産を誘発する。中小企業を主な担い手として発注される小型工事(生活基盤型)でも,波及のすそ野は約1割,産業基盤型に比べて低い。(3)以上から,用地費に支払われた金額が住宅新築や消費・投資にまわらない場合には,産業基盤型は最初の公共投資1単位の1.71倍の生産を誘発し,生活基盤型は1.70倍誘発する。ただし,この結果は用地費からの波及が一切なく,波及は通例のように生産誘発係数を用いた原材料部分のみであること,波及の中断が生じないことなどの諸前提があって言えることである。用地費の波及を足し込むと,結果は同額の投資を行った場合,生活基盤型は最初の公共投資1単位の1.88倍の生産を誘発し,産業基盤型は1.81倍誘発し,前者が優位である。

以上から宮本が大阪府で行った分析の結論,すなわち「生活基盤型公共投資は,産業基盤型のそれに比べ,優るとも劣らない効果をもつ」は,用地費を考慮した全国対象の分析結果を考慮すると、現実妥当性をもつと実証できる。