蝸牛の歩み

「お話」を作ってみたくなりました。理由はそれだけです。やってみたら結構面白く、「やりたいこと」の一つになっています。

流れ星

2015-09-26 19:31:47 | 日記
 まさか、宇宙に行けるとは思ってもいなかった。
 それも、90になってから。
 打ち上げ時の人体への負荷が大幅に軽減されるという画期的なシステムのおかげで、少し厚めの布団を三枚掛けたのと同じくらいの負荷で済むようになった。
 これまでテレビの画面でしか見たことがなかった青い地球を眺めることができた。地球上に存在しているどんな絶景よりも素晴らしいと思った。といっても、精々、万里の長城とか、カッパドキアしか行ったことがないのだけれど。あ、あと、新潟の海に沈む夕陽は忘れられない。

 地図帳でしか見たことのない地形が、分る。地理も少しだけかじっていてよかったと思った。アラビア半島、シナイ半島、はっきり分かる。

 地球を周回するステーションには、一週間の滞在が許される。その間に、美しいもの、奇妙なもの、なんだかわからないものをたくさん見ることができた。食事も充実していて、ここが宇宙空間であるという事を忘れさせてくれる。新鮮な野菜も栽培されているし、様々な食材のストックも半端な量ではない。エビも食べたし、蟹も食べた。辛塩の鮭も食べた、お茶づけにして。

 個室で生活することが基本になっているが、四人部屋も八人部屋もある。夜遅くまでかたり明かそうとすれば、そんなわがままも許される。

 一週間が夢のように過ぎた。いよいよ旅立つ日だ。思い出の品をバッグに詰める。『史記』、写真、ビートルズのCDは「サージェント・ペッパー」を選んだ。あと、みんなからの寄せ書き。

 カプセルの中に入る。指示に従ってベルトを締める。

 「何か言い残すことはありますか?」と訊ねられた。

 何となく考えていたことはあったのだが、改めて口に出すのが恥ずかしくなったので、「楽しい人生でした」と月並みな事を言う。

 カプセルは地球の大気圏に向かって発射される。それと同時に、腕に巻いてあるバンドから睡眠剤が体の中に注入される。夢見心地から、昏睡状態に移行する。

 そして、カプセルは燃え尽きる。

 地上からは流れ星が一つ見えるという事になる。誰かの夢がかなうのだ。