東北アルパインスキー日誌 ブログ

東北南部の山での山スキー、山歩き、山釣りなどと共に、田舎暮らしなどの話を交えながら綴っています。

原木ナメコの収穫

2006年10月30日 | 田舎の話

今日は今シーズン初めてのナメコの収穫を行ってみた。3年前に種駒を打ち込んだ原木は今年が最も勢いが良く、今年は豊作でで6Kgほどの収穫があった。
ナメコの栽培といっても出荷している訳でも無いので、原木に種駒を打ち込んでから仮伏せを省いて伏せっぱなし。草刈以外はまったく手を掛けていないので、形、大きさは不揃いだがそれでも立派なナメコ。あと2回くらいは収穫が出来るのでまだ楽しみは続く。
2年前までは多量に取れるスギヒラタケ(杉カノカ)に人気が集中していたが、今や毒キノコ呼ばわりされて取りにに来る人もまれ。(※特に腎臓に疾患のある方はやめたほうが良いようです。自分では今でも美味しく食していますが・・・)毒キノコをお土産にする事も出来ず、こうなると原木シイケノ、シイタケの栽培に関心が向かい、もうちょいとまじめに栽培して見ようかなどと思案中。


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間伐材の出番

2006年10月23日 | 林業

この35年位の間には国産材の価格が低迷し、以前は商品価値を認められていた間伐材も需要そのものが無くなってしまった。かつては貴重な現金収入を見込めた間伐材も、今となっては切り捨て間伐が当たり前で放置され、やがては虫食いが広がって最後は土に返る。

かつて杉の木で建てた日本家屋は寿命が長く、田舎の民家などは50~100年位が当たり前だった。例えばかつて自分の育った実家の古い家はは30年ほど前に解体したが、茅葺の家の歴史は実に150年程はあった。山間地では冬には150cm程の積雪に耐え、また夏は盆地特有の猛暑の夏を乗り越えて、長年に亘り田舎の人々の平穏な暮らしを守って来た。この過酷な自然条件を生き抜くのは豊かな人間の知恵だが、もう一つにはその土地の気候風土に合った杉の木の活用が不可欠だった。

伝統的な木造家屋の柱や梁、分厚い床板や天井板、引き戸や板襖、箪笥や棚、果ては梯子から農機具、味噌樽など、ありとあらゆる物が杉材で出来ていた。杉の木は柔らかくて加工し易くまた耐久性が有る。それだけ生活と密着した杉材は大事にされ、この土地でもおそらく150年くらい前から植林され、大事な収入源と財産形成の基盤を成して来た。

こんな不遇な間伐材の復活と活用をしようと、小さな公園造りに取り掛かった。前に間伐して杭を作ったのでこれと使い、三方を杭で土留めしてスペースを作り、テニスコート1枚分くらいの広場を作ってみた。作業はとても自分の手に負えない為、近くのパルプ材の伐採業者に頼んだが、パワーシャベルや高性能林業機械を動員して完成した。今のところ具体的な使用目的も無いが、ナメコ、シイタケのホダ木を並べたり、一面に生えるミズ畑、辺りに生えているタラノメ、コシアブラ、アイコなどの山菜取り広場などこれからが楽しみもある。つまり老後の対策とでも言うやつでしょうか。それと哀れな間伐材の供養にもなるかも?


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「朝日連峰水源の沢」

2006年10月19日 | 沢登り

先週、天童のアウトドア用品店「マウンテンゴリラさん」に立ち寄り、「朝日水源の沢」という1冊の本を買い求めた。この本の著者は日本を代表する沢屋さんの宗像兵一さんという方で、山岳雑誌「山と渓谷」や「岳人」の沢の記事によく登場する著名な方です。私は残念ながら面識が有りませんが、東京で沢登り専門の社会人山岳会「逍遥渓稜会」を立ち上げ、およそ30年に渡り朝日連峰の沢を極められた方です。現在は沢登り専門学校の「渓友塾」を経営されている様です。

本の内容は朝日連峰の沢登りの記録の集大成ですが、まず手に取ってみた時の分厚くて重い感触、そして開くとその記録数の膨大さと充実した記録、そして実に詳細な遡行図の数々に驚かされた。本は367ページに及ぶ内容で実に106本の記録が有り、豊富な写真と遡行記録には圧倒されてしまいました。今回は400部限定の自費出版という事ですが、構成も立派で流域の分類も解り易くて読み易く、全体的に実に丁寧な創りの本だと思います。頒布価格は¥3000となっていますが、この内容では某有名出版社なら8000位を付けてもおかしくはないと思います。店主に話を聞いてみたところ入荷した10部は私で完売してしまい、意外な事に沢登りをされる方以外のお客さんが多いとの事でした。

今まで朝日連峰沢登りの単行本での記録集はおそらく無く、白水社の日本登山大系の記録などを参考にしていた方も多いと思います。事実自分でもそうだったが、ただこの記録は下部本流筋の記録は無く、稜線から下降して上部の詰めの部分だけを登った記録で、本来の沢登りの記録とは言えないところが有る。しかも大雑把で正確さを欠いており、記載されていないゴルジュや滝なども出てくる。おそらくまだ雪渓の豊富な時期の遡行だったのではないだろうか?

朝日連峰、飯豊連邦は山域が実に広大で、沢登りの対象となる沢は膨大な数に及び、その主要な沢を踏破するだけでも、並外れた努力とモチベーションそして組織力が無ければ不可能だ。常に意欲的な新人を鍛え上げ、ハイレベルな遡行を実践し続ける事は、よほど多くの沢屋さんを魅了する実力と人望があったと思います。自分のようなアルパインクライミングからの転進組にはとても及ばない、スペシャリストとして沢に対する深い畏敬の念と誇りが感じられます。そういう意味では「朝日の沢の金字塔」または「朝日の沢のバイブル」といっても決して言い過ぎでは有りません。

それにしてもこれほど「記録の重要性」を感じるのも他に有りません。これほど詳細で正確な記録を残すとなると、大変な手間と膨大な時間を要します。出版まで6年余りの年月を掛けたそうですが納得です。
一般的に記録を残したりする事が不得手だったり、その発表のに抵抗感を感じる方も少なくない様です。しかし記録は単に自分自身の日記という意味だけではなく、読者に情報、感動、競争心を与え、何がしかの影響力を持つはずです。読む読まないは本人の勝手ですが、最近のネット社会では書く人より読む人の方が関心が高く、また読まれる機会も多いのではないかと思います。特にネットでの情報量の少ない東北の沢の記録はなおさらと思います。そういう意味でより多くの方の記録を期待したい。自分など遠く及びませんが、山屋としてこの様な記録の集大成を残す事は理想であり目標としたい所です。

ただ、個人的にはあまり記録が無くて人の入らない、期待と不安、そして意外性が支配する沢登りの世界が気に入っていますが・・・。


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岳人11月号 登山クロニクル

2006年10月14日 | 山スキー

昨日、帰宅してみると岳人11月号が届いていた。
今年の5月、飯豊連峰の洗濯沢~北股沢右斜面を滑った投稿記録(短縮版)が掲載さてれた。この北股沢の右斜面はドロップポイントが北股岳から高度を50mくらい下げるので、なんとなくくたびれ損のような気もするが、適度な斜度で斜面はフラットでしかも広く実に快適だ。ドロップポイントでの緊張感もあまり無く、石転び沢上部の急斜面を安定して滑れる方なら誰でも問題ないと思われ、高度感抜群のお勧めコースとして投稿した。この時期のカイラギ荘からのアプローチには多少難が有りますが、体力に自身のある方は是非トライしていただきたいと思います。

最近の岳人誌ですが内容が充実して読み応えが有り、最近の登山関連の動向や興味深い記録が掲載されていて面白い。今までは岳人、山と渓谷共に我々中高年に的を絞った編集方針なのは解るが、受け狙いの妙にワンパターンの内容が多かった気がする。確かに登山人口は中高年が増加したのは事実だが、今は尾根歩き、フリー、インドア、ドライツーリング、アルパインクライミング、沢登り、スキー、ボード、ヒマラヤなど、ジャンルが増えて専門化すると共にマルチ化も進んでいる。そういう意味で今の読者を満足させているとは思えず、特に意欲的な若い現役世代の方にとってはお呼びじゃないという雰囲気だった。今後の編集内容に期待したいと思います。

しかしこの岳人誌、最近では仙台の書店でも扱っている所は少なく、有っても2部位で売り切れると補充が無い。やはり立読みせず購入することが大事ですかね?
反省・・・。



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山と渓谷社が…

2006年10月12日 | その他
昨日の発表だが、山屋さんにとっては切っても切れない存在の山と渓谷社が、IT関連の出版事業などを手掛けるインプレスホールディングスの完全子会社となった。月刊誌「山と渓谷」は、以前は日本一のアウトドア関係雑誌であったこともあるのだが、今や落日であったことは業界では周知の事実だった様だ。特に安い原稿料とその遅配は業界でも有名だった。私の知人に山と渓谷社関連の方がおり、2年位前から何時潰れてもおかしくはないとは聞いていた。だいたい買収金額が4500万円なんだから、よほど赤字を抱えていたのではないか。

山と渓谷社は66年の歴史(雑誌、山と渓谷は創刊以来76年)を飾る出版社で、山岳界においては時代を牽引する多大な役割を担ってきた。またの名を「山と広告社」とも呼ばれていたが、自分では「山と渓谷」は殆ど購入したことは無く、書店での立読み派で通してきたが、かつての山岳雑誌「岩と雪」では思い出深い物がある。IT関連の出版社が何で食指を伸ばしたのかピンと来ないが、今後とも合理化に伴う売り上げ至上主義に走ることなく、登山、アウトドア関連の情報発信、啓蒙に勤めて頂きたい。蓄積された豊富なコンテンツなどを整備し、得意分野のデーター検索システムなどを構築してもらえるとなお素晴らしい。

ところで、もう7ヶ月くらい前に掲載されたクロニクルの僅かな原稿料はいったいどうなるの?こういう遅配も毎度の事ですが、これではプロのライターの方も困惑気味では?今後の新しい経営陣に期待をしています。



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間伐にも良い季節

2006年10月02日 | 林業

先日、久しぶりの間伐作業をやってきた。樹齢40年くらいの杉林なのだが、以前は冬になると多くの杉の木が伐採(主伐)され、伐採業者がトラックで搬出して市場へ向かって行った。柔らかくて加工がし易くまた耐久性もあるので、当時は3寸角(9cm角)、3寸5分角(10.5cm角)として住宅用の柱材、梁用材に良く使われていたが、今となっては輸入材の米松、集整材にとって替わり、市場価値は下がり価格も低迷している。

現在では価格は米松と殆ど同じくらいかむしろ安い位だが、乾燥が不十分だと曲がって狂いが出やすく、効率と価格を最優先する今の建築市場には競争力があまりない。しかも流通量が少ない為供給量が不安定で、品質の整った安定した流通システムが出来ていない為に、次第に悪循環に陥っているのが現状です。

何でこんな事になったかというと安い外材の輸入が野放しになった事も一因だが、実は設備の整った乾燥施設も無く、流通システムも複雑で旧態依然としている事にも原因がある。業界全体が零細企業で利益の出る体質ではなく、品質の良い商品を安定的に供給しようとする、ビジネスとしては当たり前の自助努力が欠如している事に大きな原因が有った。30年位この状況が進行すると次第に事態は悪化し、どうやっても利益の出ないどころか赤字が累積する、産業としては成り立たない所まで追い込まれた。つまり見捨てられた産業と言える。

そんな理由で、今は40年ほどで主伐することは少なくなり、60~80年の長期伐期を目指した山林経営が主流となっている。しかし問題はそれまでの面倒を誰がどうやってみるのかという事だ。間伐、枝打ちにも僅かばかりの補助金が交付されるが、人件費、機材、油代等などを差し引くと実質赤字が当たり前。国有林、県有林などでは森林組合などが請け負い、山間地の活性化の為行われているが、民間の林でこれをやろうとする人は稀。国の補助金をもらって自分の財産を整備する事はどこかおかしいが、ポリシーが無くまた有効に機能しない国の政策が現実なのです。

今回は気晴らしを兼ねて25本程間伐したが、これはいわゆる「切捨て間伐」と言うやつで、活用のしようがない間伐材は枝を落とし、5m位に玉切ってそのまま放置した。中には坪木の冬囲い用に使える細木を何本か確保したが、林の中は直径20~30cmくらいのスギの木がゴロゴロ転がっているとい状態となる。林道から5m程しか離れていない場所だけに、ああもったいないと思いながら汗を流しておりました。


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