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摂津三島からの古代史探訪

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石津太神社(いわつたじんじゃ:堺市西区)~やっさいほっさい祭の戎社と゛石津原゛の石津ヶ丘ミサンザイ古墳

2021年12月04日 | 大阪・南摂津・和泉・河内
゛泉州の奇祭゛として、堺市の指定無形民俗文化財にもなっているやっさいほっさい祭が、毎年12月14日に行われる事で有名な神社です。祭だけでなく、社殿(拝殿、南/北本殿)や境内の鳥居(一の鳥居、二の鳥居)も有形文化財に指定されていて、堺の街中にあって貴重な歴史史蹟となっています。式内論社として、石津神社(陸の戎)と並び称されますが、今回は石津太神社を参拝し、併せて日本で3番目の大きさをほこる陵墓である . . . 本文を読む

等乃伎神社(とのきじんじゃ:高石市取石)~「播磨国風土記」の異剣(あやしきつるぎ)と楠巨木の伝説

2021年11月20日 | 大阪・南摂津・和泉・河内
鎮守の森がそろそろ近づいてきたくらいの道端で、゛よそでは手に入りにくい御守゛と書かれた年季の入った看板がまず目に入り、さらに鎮守の森の道路沿いにも同じ文言の看板(下写真)で再三PRされます。参拝した時は残念ながら授与所は閉まっていたのですが、そのPR通り沢山の種類のお守りが取りそろえられてる事で有名な神社です。境内は2694坪とかなり広く、高樹の御由緒のある社叢が鬱蒼と茂っていて高石市の数少ない自 . . . 本文を読む

誉田八幡宮(こんだはちまんぐう:羽曳野市誉田)~誉田御廟山古墳(応神天皇陵)の被葬者や武家に信仰された歴史のこと

2021年10月23日 | 大阪・南摂津・和泉・河内
  2019年に百舌鳥古墳群とともに世界文化遺産となった、古市古墳群の盟主陵墓である誉田御廟山古墳(いわゆる応神天皇陵)の後円部に接して鎮座し、古くから御陵祭祀を司り続けた宗廟です。ご祭神は誉田御廟山古墳の埋葬者とされる品陀別(ほんだわけ)命こと応神天皇、そして仲哀天皇、神功皇后のご両親を主祭神とし、住吉三神を合祀します。陵墓の祭祀が付属する神社に発展した、全国でも極めて稀な神社といわ . . . 本文を読む

美具久留御魂神社(みぐくるみたまじんじゃ:富田林市宮町)~二上山を仰ぐ大国主命の荒御魂と地元の出雲伝承

2021年08月22日 | 大阪・南摂津・和泉・河内
  美具久留御魂神という聴き慣れないお名前なのですが、この神様は大国主命の荒御魂の事です。「延喜式」神名帳に載る式内社で、貴志宮、和爾宮、下水分神社とも呼ばれました。ご祭神はその美具久留御魂神、天水分神、弥都波廼売(みずはのめ)神、国水分神、須勢理比売命の五柱。(個人的には実家の近い)この南河内地域に出雲の神が祀られる社が鎮座する事にとても興味を覚えました。しかも、だいたい東方向(真東 . . . 本文を読む

堤根神社(つつみねじんじゃ;門真市宮野町)~気になる゛武蔵の人゛強頸(こわくび)の受難

2021年07月31日 | 大阪・南摂津・和泉・河内
  いわゆる河内王朝の時代に、あの仁徳天皇が土地に田圃が少ないのを憂いて「堀江」を造らせた後、北の河(今の淀川)の塵芥を防ぐために築かせたという「茨田堤(まんだのつつみ)」。神社HPによると、淀川の流れの改修で役割を終えたのちも分断されて残っていたものの、戦後の開発ラッシュにより宅地化されていったことから、神社東方に残る遺跡を守ろうと「茨田堤を守る会」を結成。そのかいあって大阪府の史跡 . . . 本文を読む