「仏道は自己なり」とは、浜松市半田山の龍泉寺参禅道場の門にある、道元禅師の言葉です。仏教も、非常に心理学的だと感じさせる言葉ですね。
以前に、ここの道場の師家、井上哲玄さんのインタヴューを伺ったことがあります。それはほとんど、カウンセリングだと感じました。それは、井上さんが、ありのままを受け止めることが、自己を知ることになる、と述べていたからです。
私どもは、自分の考えの枠組みに従って、自分や相手、其れに様々な環境についてあれやこれやと考えます。しかし、その自分の枠組みで受け取ることが、自分や相手だけではなく、環境を正しく受け止めることの邪魔になっていることが良くありますよね。
それに対して、禅では、「人我の見を離れること」だと言います。この、「人我の見」とは、自分の考えの枠組み、自我だ、という訳ですね。これから自由になることが、リフレーミング(改めて、枠組みを広くとること)でありますから、自分を相手を、環境をありのままに見ることに通じるという訳です。
自分の身勝手な見方を捨てることができれば、それは自由でしょ。井上さんによれば、禅はその自由を目指しているわけですから、これまもう、カウンセリングそのものだと言えるでしょうね。
ことほど左様に、仏教も、自己の修練として、誠に臨床心理学だと言えると思います。面白いですね。
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