今日はトゥールーズ郊外にあるONERA(Office National d'Études et de Recherches Aérospatiales)を訪問してきた。Wind Tunnel(風洞)で世界的にも有名な研究機関だ。一応、フランス国防省の管轄下にある組織で、元ドイツ軍の基地の跡地を利用して設立されたらしい。
念のため風洞(Wind Tunnel)がどんなものか知らない人のために説明すると、風洞とはその名のとおり“風のトンネル”だ。そのトンネルの中に航空機などの小さな模型を設置し、そこに人工的に発生させた高速の風を吹かせる。そうして機体の周りの空気の流れなどを検証し、機体のデザイン改良などに反映させていくのだ。模型の側を固定してそこに高速の風を当てるという、まさに航空機を実際に空で飛ばすのとは全く逆の発想だ。
そしてこのONERAには、小規模な実験用の小型風洞から世界最大の直径8mの風洞まで、実験の目的に合わせて大小様々な風洞が備わっている。マッハ20のスピードさえ再現できる極超音速風洞もある。
興味深いのは、ONERAはフランス国防省の管轄下にある研究機関にも関わらず、これらの風洞を使った試験が広く一般に開放され、民間航空機や自動車の開発などにも利用されていることだ。訪問したこの日もエアバスA380の模型を使った風洞試験が行われていた。実物はすでに空を飛んでいるのだけど、きっとまだシミュレーションしておきたい何かが残っているのだろう。
この日説明をしてくれたのは風洞技術エンジニアのJaque。彼はONERAのエンジニアであると同時に、実はAerospaceMBAでの僕のクラスメートでもある。とても気のいいフランス人だ。
そのJaqueが説明の中で何度も口にした言葉が“Client”(クライアント)だ。風洞設備はいくら性能が良くても存在するだけでは何の価値もない。何か新しいものを開発することに貢献してはじめて価値が出るのだと言っていた。
この世界最高水準の風洞を使って新しい何かを開発したいと希望するクライアントを、フランス国内だけでなく、世界各国から探して連れてこなければいけないのだそうだ。彼がMBAで学ぶことを決心した理由も、そのあたりにあるのかも知れない。
最後にJaqueに今まで風洞技術のエンジニアとして働いてきて一番嬉しかった瞬間を聞いてみた。彼の答えはこうだった。
『それはもちろんエアバスA380が初めて空を飛んだ日だよ!実はA380の開発にあたっては、ここONERAの風洞試験設備を使って何度も試験が行われて、そこで取得されたデータを使ってパイロット訓練用のフライトシミュレータが作られたんだ。A380初飛行の時のパイロット達ももちろんこのフライトシミュレータを使って訓練を受けたんだけど、そのパイロット達が初フライトの後にこう言ったらしいんだ。“あのシミュレータと全く一緒だった”と。風洞技術のエンジニアとしては、まさにそれ以上の喜びはなかったね。』
自分の仕事に誇りを持っている人は、本当にいつ見ても輝いている。
(写真はONERAのホームページより)