<米メディアによると、映画「奇跡の人」、「卒業」などで知られる米国の演技派女優アン・バンクロフトさんが6日、子宮がんのため、ニューヨークの病院で死去した。73歳だった。
イタリア移民の娘として、ニューヨークのブロンクスで生まれた。9歳から「女優になりたい」という夢を持っていたという。
演劇学校などで学んだ後、ハリウッドで映画デビューしたが、役に恵まれず、ニューヨークのブロードウエーに移って、舞台「奇跡の人」に出演。ヘレン・ケラーを献身的に指導するサリバン先生を演じて高く評価され、この作品が映画化されると同じ役を演じ、1962年、アカデミー賞主演女優賞に輝いた。
映画「卒業」(67年)では、ダスティン・ホフマン演じる主人公を誘惑する年上の女性「ミセス・ロビンソン」を好演した。本人は後年、映画ファンの間で、「卒業」の人妻役の印象が、「奇跡の人」のサリバン先生役よりはるかに強いことに、不満を漏らしていたという。
このほか、「エレファント・マン」(80年)など、多くの作品に出演した。幅広い役を演じ分け、知的な演技派スターとして、長年に渡って活躍を続けた。
夫は映画監督のメル・ブルックス氏。【サンタマリア(米カリフォルニア州)=古沢由紀子】>
(2005年6月8日11時48分 読売新聞)
<・・・・・アン・バンクロフトはニューヨークで生まれ、52年に「ノックは無用」でデビュー。ヘレン・ケラーの生涯を描いた「奇跡の人」ではサリヴァン先生を演じ、62年のアカデミー主演女優賞を受けた。同作は舞台でも演じ、優れた舞台劇に贈られるトニー賞も受賞。オスカーとトニー賞を両方受けた8人のうちの1人に数えられる名女優。(米ニューヨーク7日=夕刊フジ特電)>
(ZAKZAK 2005/06/08)
ちょっとショックなニュースが入りました。
「ノックは無用」はマリリン・モンローが出ていたことでも知られる作品ですね。
役者の記録としては“サリヴァン先生”の方が確かに輝かしいけど、製作年も少し後で興行的にも成功した「卒業」の“ミセス・ロビンソン”のイメージが強いのはしょうがないですね。真面目な役や、ちょっと怖いオバサマの雰囲気があるのに、旦那は喜劇がお得意だというのが、なんか微笑ましい感じがします。時々、旦那のコメディにも出てたみたいですが・・・。
尚、メル・ブルックスは「エレファント・マン」や「フライ(1986)」などのプロデュースもしていたようです。
私が思い出すのは、やはり「卒業」と「奇跡の人」ですね。製作年が違っていても、かたやマイク・ニコルズ、かたやアーサー・ペンというアメリカン・ニューシネマの先駆者の作品というのが感慨深いです。どちらも作品としても素晴らしいし、アン・バンクロフト無しでは考えられない映画かもしれません。まるっきり異なった人物なんですけどねぇ。
上記以外で思い出すのは、「ヒンデンブルグ(1975)」と「愛と喝采の日々(1977)」。
そして「リップスティック(1976)」「冷たい月を抱く女(1993)」「アサシン(1993)」「アンツ(1998)=声の出演」も観たけどハッキリとは覚えていません。
残念なことに、未見でこれは観なければという作品が結構ありました。「女が愛情に渇くとき(1964)」「いのちの紐(1965)」「アグネス(1985)」「キルトに綴る愛(1995)」。
アカデミー賞では、受賞した「奇跡の人」以外にも、「女が愛情に渇くとき」「卒業」「愛と喝采の日々」「アグネス」で主演女優賞にノミネートされました。それ以外のGG賞や英国アカデミー等を入れると相当な数に上るようです。やはり大女優だ。いや、彼女には“名女優”の方が似合うかな。
芸名はAnne Bancroftですが、本名はAnna Maria Louisa Italianoだそうです。そして、ネット記事の演劇学校の中にはアクターズ・スタジオも入っています。なるほどね。
“サリヴァン先生”そして“ミセス・ロビンソン”、さようなら。
イタリア移民の娘として、ニューヨークのブロンクスで生まれた。9歳から「女優になりたい」という夢を持っていたという。
演劇学校などで学んだ後、ハリウッドで映画デビューしたが、役に恵まれず、ニューヨークのブロードウエーに移って、舞台「奇跡の人」に出演。ヘレン・ケラーを献身的に指導するサリバン先生を演じて高く評価され、この作品が映画化されると同じ役を演じ、1962年、アカデミー賞主演女優賞に輝いた。
映画「卒業」(67年)では、ダスティン・ホフマン演じる主人公を誘惑する年上の女性「ミセス・ロビンソン」を好演した。本人は後年、映画ファンの間で、「卒業」の人妻役の印象が、「奇跡の人」のサリバン先生役よりはるかに強いことに、不満を漏らしていたという。
このほか、「エレファント・マン」(80年)など、多くの作品に出演した。幅広い役を演じ分け、知的な演技派スターとして、長年に渡って活躍を続けた。
夫は映画監督のメル・ブルックス氏。【サンタマリア(米カリフォルニア州)=古沢由紀子】>
(2005年6月8日11時48分 読売新聞)
<・・・・・アン・バンクロフトはニューヨークで生まれ、52年に「ノックは無用」でデビュー。ヘレン・ケラーの生涯を描いた「奇跡の人」ではサリヴァン先生を演じ、62年のアカデミー主演女優賞を受けた。同作は舞台でも演じ、優れた舞台劇に贈られるトニー賞も受賞。オスカーとトニー賞を両方受けた8人のうちの1人に数えられる名女優。(米ニューヨーク7日=夕刊フジ特電)>
(ZAKZAK 2005/06/08)
ちょっとショックなニュースが入りました。
「ノックは無用」はマリリン・モンローが出ていたことでも知られる作品ですね。
役者の記録としては“サリヴァン先生”の方が確かに輝かしいけど、製作年も少し後で興行的にも成功した「卒業」の“ミセス・ロビンソン”のイメージが強いのはしょうがないですね。真面目な役や、ちょっと怖いオバサマの雰囲気があるのに、旦那は喜劇がお得意だというのが、なんか微笑ましい感じがします。時々、旦那のコメディにも出てたみたいですが・・・。
尚、メル・ブルックスは「エレファント・マン」や「フライ(1986)」などのプロデュースもしていたようです。
私が思い出すのは、やはり「卒業」と「奇跡の人」ですね。製作年が違っていても、かたやマイク・ニコルズ、かたやアーサー・ペンというアメリカン・ニューシネマの先駆者の作品というのが感慨深いです。どちらも作品としても素晴らしいし、アン・バンクロフト無しでは考えられない映画かもしれません。まるっきり異なった人物なんですけどねぇ。
上記以外で思い出すのは、「ヒンデンブルグ(1975)」と「愛と喝采の日々(1977)」。
そして「リップスティック(1976)」「冷たい月を抱く女(1993)」「アサシン(1993)」「アンツ(1998)=声の出演」も観たけどハッキリとは覚えていません。
残念なことに、未見でこれは観なければという作品が結構ありました。「女が愛情に渇くとき(1964)」「いのちの紐(1965)」「アグネス(1985)」「キルトに綴る愛(1995)」。
アカデミー賞では、受賞した「奇跡の人」以外にも、「女が愛情に渇くとき」「卒業」「愛と喝采の日々」「アグネス」で主演女優賞にノミネートされました。それ以外のGG賞や英国アカデミー等を入れると相当な数に上るようです。やはり大女優だ。いや、彼女には“名女優”の方が似合うかな。
芸名はAnne Bancroftですが、本名はAnna Maria Louisa Italianoだそうです。そして、ネット記事の演劇学校の中にはアクターズ・スタジオも入っています。なるほどね。
“サリヴァン先生”そして“ミセス・ロビンソン”、さようなら。
追悼の意味でも、彼の作品で彼女を観てみたいです。
初めて知りましたが、エディ・アルバートも亡くなったんですか・・・。寂しいなあ。
「卒業」の時は35、6歳だったんですよね。で、大学生の子持ちの役。あの落ち着きぶりは40代には見えました。しかし、あの色気は・・・。
お茶目な役のも観てみたいです。
>TAROさん
記事中のポートレイト、娘役のK・ロスに似てるなあと思いました。まさか似てるというだけでキャスティングするわけないでしょうが。
コチラからもTBいたしました。
やはりどうしても「卒業」ですねぇ。一番最初にくるのは。ミセス・ロビンソン役には、もっと一般に色っぽいとされる女優を起用することもあり得たと思うんですが、バンクロフトを選んだプロデューサー(か監督か?)の慧眼!
デリケートな心理描写も、スケールの大きな演技も、ともに出来る人でした。
ご冥福をお祈りします。
p.s. TBさせていただきました。
確かにこれってインパクトあるけど、彼女の顔も映っていないし・・大女優なのに気の毒な扱いですよね。
旦那さんの映画で黒目を面白く移動させる珍芸を披露したこともあったりして、本当はお茶目な人だったのかも・・